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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第十話

 第一章 第十話


「なんだそれは?」


「非常に中毒性がある……、毒ですね。いえ、薬にもなります。これ、戦争は止められるかもしれませんが、使いどころを間違うと国が滅びます。」


「いつものことだがよくわからぬ。要は薬にも毒にもなるのだろう?そういうものは多いぞ、別に問題はないのでは?言いにくい話だがな、ルーカンより北に海賊の拠点があるのだが、そこにダライ草を売っておる。あとはここの娼婦街だな。そういうものではないのか?」


「程度が違います。僕らの時代ではこの薬は厳重に禁止されていて、国によっては持っているだけで死刑です。そういうものを作ります。ああ、でもダライ草ですか?たぶんそれも禁止されてますけど。」


「それでどうやって戦争が止まるのだ?」


「これにハマると、それどころではないからです。まぁ、一度効果を見てもらえますか?。どう使うか、一応考えはありますが、僕も見たことがないですし、たぶん手に余る可能性の方が高いですね。そうするとお蔵入りです。そもそも使えないかもしれません。まぁ使いどころもあると思いますが、それは一緒に考えてもらいたいなと。」


「ますますよくわからぬ。」


「非常に、本当に危険な物質なんです。製法は僕以外に分からないようにします。作るのも僕一人です。僕も、サクシードさんも絶対に使ってはいけません。その都度必要量だけを作って、残りは作る設備ごと廃棄します。お金の問題とかではありません、本当に、文字通り、下手すると国が滅びますので。」


「ふむ、やはりよくわからぬが、そら恐ろしいな。」


「僕もね、見たことがないんですよ。これを使ったらどうなるか。ただ話としてヴィキの記事を読んだだけですよ。でも僕の世界では過去にこれで国や町が滅びたことがあります。」


「武器ではないのか?」


「はい、ただの薬です。それ自体で人が死ぬものでもありません。」


「ますます意味が分からぬ。」


「こればっかりは見て見ないと僕にも分かりません。材料を用意していただければ、作ってみます。」


「まぁ、分かった。」


「口外無用でお願いします。歴史に汚名を残したくはないでしょう?」


「うむ?本当はよくわかっていないのだがな。いう通りにしよう。」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 チハルはそれから実験室に籠った。サクシードに準備してもらったのはアームムと呼ばれる麻酔に使うという薬と、酢、そしてアルコールなどのいくつかの溶媒である。


 酢を蒸留して氷酢酸を作り、それを更に加熱して無水酢酸を得る。これにアームムから抽出して濃縮したエキスを加えた。


 室内には強烈な酢の臭いが立ち込め、建物の外にも伝わって異臭騒ぎも起きたのだが、チハルが何かを試作しているということで不問とされた。神官や護衛には薬を作っていると伝えてある。


 その後分留や抽出を経て、わずか数ミリグラムの白い粉を得た。チハルは注意深くその粉を瓶に取り分けた。


 この物質を、わずか一週間ほどで完成させてしまったチハルは、一度床に膝を付き両手の指を絡めてうなだれた。チハルに信じる神はいない。それでも祈りの形をとらなければいけない気がしたからだ。祈る神がいないというのはなんという不便なことだろう。罪を犯したとき、誰に許しを請えばよいのだろうか。


 チハルは立ち上がり、今までの実験に使ったすべての器具を一度破壊した。レシピは頭の中に入っているので道具と材料さえそろえば簡単に再現は可能であるが、一度そうしなければ気が済まなかったからだ。器具の残骸を室外にいた助手に私、深い穴の底に埋めるよう指示した。


 チハルは得た物質、水鳥の羽と豚の膀胱で作ったポンプで拵えた簡易の注射器をもって、再びサクシードを尋ねた。


 ガラス製の注射器が発明されるのは1853年、フランスのチャールズ・プラバーズとスコットランドのアレキサンダー・ウッドによってである。もちろんタライバンでガラス製の注射器を作る技術はないので、チハルが再現したのはさらにそれ以前、古代に使われていたとされる原始的な注射器である。患者の痛みや使いやすさは考慮しておらず、ただ体内に薬物を流し込むことだけを念頭に作られた原始的なものだ。針も直径が3ミリほどある。


 サクシードは事前にチハルに頼まれていた通り、3人の罪人を集めてくれていた。どれも強盗や強姦で数人の島民を殺めたもので、仲間はその場で殺害されているが、運よく生き残ったものであるらしい。


 彼らが集められたのはサクシード商会の倉庫の一角である。実験終了後には被害を受けた人やその遺族らによって拷問に処される予定の者たちで、サクシードは何度もこの者らに慈悲をかける必要はないと言っていた。


 実験に立ち会うのはチハルとサクシードの二人だけである。


 チハルはサクシードに彼らの罪状を改めて確認した。人や亜人の一家を数家族殺害し、その盗品を売りさばいていた者、亜人の少女ばかりを狙って強姦し、その半数以上を殺害、生存者にも重大な後遺症の残る障害をあたえた者、数人の妊婦の腹をさばいて胎児を食した者の三人であるという。全員鉄製の椅子に括り付けられて猿ぐつわをかまされており、目隠しをされて手枷足枷で行動の自由を封じられていた。


「それで、この者らにその薬というのを与えるのか?」


「はい、最初は多分、人として得られる最高の幸福らしいですよ。」


「あん?」


「それが本当に幸福かどうかは、見ていれば分かると思います。僕は、今日はとことん付き合いますので。一緒に観察させてください。」


 チハルは準備しておいたブタの膀胱に作っておいた物質と溶媒を流し込んだ。それをよく振り交ぜ、水鳥の羽を組み合わせた。サクシードに頼んで罪人の腕に紐を巻いてもらい、肘の内側に静脈を浮き上がらせる。表面をアルコールで消毒し、浮き出た静脈に針を突き刺した。そしてゆっくりとブタの膀胱を萎め、中の液体を流し込んでいく。


 罪人は死を覚悟していたのか終始無言で、特に抵抗はない。いかんせん不純物の多い物質である。また分量を間違っているかもしれずショックでそのまま絶命してしまうかもしれない。


 そして数秒の時間が流れた。


「む?」


 サクシードが男の様子の変化に気づいた。男は全身の力を急激に抜き、喉の奥から声ともつかぬ声を上げ始めた。椅子に縛られていることも忘れて手足を動かそうとしているらしい。


「あ、効いたみたいですね。たぶん、猿ぐつわと目隠しは外して大丈夫です。けど、もうちょっと後にしましょう。では、二人目。」

 チハルは同じ手順で、二人目の罪人にも静脈注射を行った。今度は少し抵抗があったのでサクシードが鞭で容赦なく罪人をひっぱたき、抵抗を奪ってから注射を行った。


 今度は効果の発現を見るまでもなく、すぐに三人目、最後の男に注射を行った。


 三人目は一人目と二人目のさらに倍量を投与している。


 全員へ投与が終わったら、猿ぐつわと目隠しを外して観察を続けた。サクシードが何度か問いかけを行ったが、要領を得る返答は得られなかった。


 全員恍惚の表情で、定まらぬ目線を地面に向けている。よだれを垂らし、倍量を投与されたひとりは遂に失禁した。


「むう、これはすごいな。気持ちが良さそうに見えるが?」


「そうでしょうね。たぶん人生全部の幸せを合わせても今この一瞬にかなわないほどの幸福感を味わっているはずです。」


「?それがどうして毒になるのだ?」


「薬の効果が切れてからが地獄だそうですよ。効果が切れたもう一度ずつ投与します。」


 その後チハルとサクシードは観察を続けた。


「そういえばサクシードさん。これ、印刷できますか?」


「どれどれ?これは?数独っという遊びです。いま神官さんたちに大人気でして、王のお妃も5人とも全員ハマっているのだとか。続きを催促されっぱなしなんですけど、本にすれば売れますよ。」


「印刷か?木版で良ければ設備があるが、それはどういうものなのだ?」


「一回遊んでみますか?時間は大丈夫ですかね?」


「大丈夫だ。それと電信だな、次の月にはいくつか作ったものが西に向かって出航する予定だ。言っておった学者を呼ぶ情報なら、そろそろ渡してくれると助かる。」


「分かりました。それと、攻めてくる軍というのは?その時僕たちはどうするんですか?」


「うむ、おそらくそれほど激しい戦闘にはならんだろう。もともとはな、ここで時間を稼ぎながら大陸各地の支持者に連絡を出し、将軍がそれを率いて王都を奪還する作戦だったのだ。王はこちら残ったままな。」


「へぇ。」


「しかし将軍が病に倒れるならばな、それができぬ。今ころ軍は大慌てだろう。王宮の医師ら総出で将軍の治療にあたっておるらしいが、状況は良くない。今日明日にも知れぬ命よ。息子のミンチ殿も優秀な軍人であるが、やはり父親にはまだ劣る。彼が呼びかけたところで呼応する支持者もなかろう。ということは反撃の目がなくなる。追跡軍がせめて来ればそこまでよ。」


「では僕らは?」


「俺は捕らえられるかもしれんな。」


「ダメです、困ります。」


「はは、だろうな。チハル殿のことは王とその近しい者たちしか知らぬ。秘宝は奪われるだろうが、チハル殿は無事だろう。適当なものを呼び出したことにして、病死などしたことにすればよい。それに秘宝は次は50年後にならねば使えぬ。偽物をつかませても、ばれはすまい。」


「サクシードさんは?」


「だから捕らえられるだろうな。おそらく処刑も。」


「逃げましょうよ!」


「逃げれば追手がかかる。そうするとタライバンはしばらく新王朝から干渉を受けるだろう。それでは後々困るだろう。」


「ん?あ、落ち着いてますね、って、そういうことですか?」


「うむ、そういうことよ。」


 サクシードは自分の影武者を立てて逃げるつもりである。それが処刑されてしまえば新王朝も深追いはすまい。こういった場合サクシードの家族まで捕らえられるのが常であったが、サクシードは自身の父親"本人"と影武者を捕らえさせることで、父親に息子であることを証明させるつもりであった。もちろんサクシードの父親も同意してのことである。部下から顔つきの似たものを選び、すでに影武者としての教育を始めてある。もちろん、その物の家族には後に莫大な保証が支払われる予定だ。サクシードが比較的自由に時間を使得ているのも、その影武者が代わりに商会の長の椅子に座っているからでもある。


「鬚をそれば顔も変わるしな。そのための鬚でもある。」


 どこまでも抜け目のない男である。


「では、この国で王様になるというのは考えてもらえましたか?」


「それよ。」


「チハル殿がいう国というものの形を一度教えてほしい。俺にその器があるかそれを聞いてから決めたい。」


「ああ、なるほど、簡単に言うと、僕たちの世界では国の中心は王ではなく、民にあります。」


「ほう、この時代ではなじみがないと思いますが、自然権というものがありましてね。」


「自然権?」


「人間が生まれながらにして平等に持つ権利のことです。」


「その権利とはなんなのだ?」


「たとえばこの時代は不平等がたくさんありますよね?王様は生まれながらにして王宮に住んでいますし、平民は生まれながらにして平民です。」


「それはそうだが?」


「僕らの世界ではそうではないんです。少なくとも先進国では全員が平等に、自分のなりたいものになる権利を持っています。」


「平民でも王になれるというか?」


「なれますね。まぁ、僕の国では血統や家柄の影響が根強く残ってるので、本当に平民が一国の王にまで上り詰めることは稀ですけど、例はゼロではありません。それが嫌なら制度でそういうのを禁じることもできます。ほかにも教育や移動、職業選択の自由だっけ、あとは財産を持つ権利とか、そういうのが最低限保証されています。」


「教育?移動もか?」


「はい、誰でも好きな時に好きな場所に行って住むことができますし、欲しいお思ったものが売られていれば買うことができます。もちろん他人の権利を侵害すると罪になりますけど。」


「それでは、そのお金はどこから出るんだ?」


「民は自分で欲しいものは自分で買う必要があります。教育とかの費用は税金です。ただし民が自分のお金を出して教育を行うこともできます。」


「金はすべて税で賄うというのか?足りなければどうする?」


「通貨を発行しますね。それか外国から借ります。」


「む?いや、なるほど。」


「まだまだこの時代は、王がいるから国が成立すると考えていますよね。僕らの世界では逆です。国家は民の同意によって成立します。これを社会契約論というんですが、おそらく今から200年ほど後に、西の国でこの考えが生まれ、世界中に広がっていきます。」


「民に国を持たせるのか?うむ、理解できんが、そういうことが可能ということなのか。」


「可能ですよ。というより、ここ、タライバン島はそういう規則が明文化されていないだけで、王様がいないのに国家のようなことをしてきたはずです。非常に原始的ですが、人がいる場所が国というのを体現しているんですよ。だからこそ国を作らないかと言ってみたんですけど。もちろん簡単じゃないですよ。」


「ふむ、では王はどうやって選ぶ?血縁がだめなら、そうだな、試験か?」


「いや、選挙です。」


「選挙?」


「投票ですよ。一番多く票を取った人が王になれます。まぁ、王と権力者が別でもいいので、王様は投票せずに血縁とかで決まっても問題ありません。」


「非常に興味深いが、まだわからぬことばかりだ。きちんと説明してほしいものだな。」


「いいですよ。えーっと、僕もそしたら一回イアイパッドを取ってきましょう。うろ覚えなんで、一回ちゃんと勉強しなおす必要があります。それに近代国家をつくるなら、どうしても必要なものがあるんですが、それは日本語では作れません。サクシードさんの協力が不可欠です。」


「なんだそれは?」


「戸籍と憲法です。できれば、今から準備しておいた方がいいと思います。」


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