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現代日本人が綴るタライバン島史  作者: 黄蘿蔔
第一章
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第一章 第八話

 第一章 第八話


 仮の王宮に拵えられた王の間は奇妙な緊張に包まれていた。"それ"を知るはずのないものが、"それ"について語っている。"それ"について知る者は神官や王である。彼らは驚きを呑み込み、努めて平静を装おうとしていた。そして"それ"について知らぬものは護衛の軍人たちである、彼らはまったく状況を呑み込めていない。が、緊張に包まれた王らの雰囲気を感じ取り、努めて平静を装おうとしていた。


 宝物、特に秘宝に関する記録がチハルに漏れたことは考えられない。サクシードにはチハルを呼び出した≪始王之門≫以外の秘宝については話していないし、チハルはイ神官とサクシード以外に言葉が通じないので、メルイーウのものたちとあいさつ程度以外の会話をしていない。であるならばこれはチハルの予想である。これが平時なら「そんなものはない」の一言で切って捨てられるが、王が必要なものをなんでも言えと言って、そこでチハルが要望したのだ。王の意見なく無碍に切り捨てることもできない。


 何より王の間の雰囲気が、≪始王之門≫以外の秘宝の存在を肯定していた。


 チハルは冷や汗をかきながら、内心で「やっちまった」と考えていた。チハルの予想が爆弾になることは重々承知であったが、発言は遊び半分である。まさかここまで空気が変に固まるとは思っていなかった。


「こ、この世界は僕の世界と違います、が、非常に似ています。」


 チハルは隣に平伏するイ神官に目配せして、通訳を促した。


「……。」


「おそらく、過去に僕と同じように呼び出された人が、少しずつ歴史を変えたのでしょう。」


「……。」


「その中に、おそらく僕の来た世界よりさらに未来から呼び出された人がいて、その人が、理由は知りませんが、おそらく亜人を作った。」


「……。」


「人だけの力では動物と人を合成することはできません。そうとう昔に呼び出されたとしたのなら、その時代の技術では再現が不可能な装置、機械が必要です。たぶん。」


「……。」


「そういう、人以外のものを取りよせる秘宝があるのではないでしょうか?」


「……。」


「それの使い方や記録を教えていただければ、あるいはメルイーウ王家のためになるかもしれないと思いました。それだけです。」


「……。」


 脇を出た汗が、平伏した腕を伝わって肘まで下りてきた。チハルは早鐘を打つ心臓に驚きながら、「やっべ、ミスった。これ死ぬかも。」などと考えていた。理由は何とか言い切ったが、その後の返答はない。重い空気が王の間を支配していた。


「……。」


 王が口を開いたようだ。


「カコノ、ツウモンシャニカンスルキロクヲミセル、ソウデス。」


「お!?」


「……。」


「イジョウデアル。」


 王が玉座を降りる音がした。


「ソノママウゴカナイデクダサイ。」


 王がお供を連れて部屋を出ていく音がした。それに続いて護衛の者が出ていく音がし、室内は平伏したチハルと神官ら数人ばかりが残された。


「アタマヲアゲテクダサイ。」


「お、おう。」


 チハルは深呼吸をして首を回した。


「ビックリシマシタ。マサカアンナコトヲイウトハ。」


「俺もチョービビったぜ、あんなに空気を凍らせたのは就職の面接以来だな。落ちたけど。いやぁ、しかし、本当にありそうだな、秘宝、言った俺もびっくり。」


「シカシ、イミガワカリマセン。」


「んー。予想よ、予想。仮説?まあ、記録は見せてもらえるってんだから、それで良しとするか。」


 チハルがイ神官と連れ立って部屋を出るとふいに肩をつかまれた。振り返ってみれば、青白い顔をした神官長である。


「……。」


「アー、コレ、ツウヤクムズカシイネ。タダ、ビックリイマス。」


「……。」


「ゴジツ、キロクニアンナイスルトイッテイマス。ソレト、タゴンムヨウダソウデス。」


「は、はい。」


 神官長はチハルの目をどこか恨めしそうに見ながら、チハルの両肩をバンと叩いて振り返り、すたすたと去っていった。


「シンカンチョウハ、クロウガオオイネ、ハハハ」


「ハハハ、じゃねーっしょ。」


 来た道を戻ってサクシードの待つ応接室に入ると、サクシードが数人の人と談笑していた。


「おお、戻ったか?どうであったか?」


「外出できるようになりました。」


「それはよかった。実は俺もだ。先ほど使者が来て軟禁が解かれたことを教えてくれたぞ。」


「お互いいちおう自由の身ですね。あと、秘密が増えました。」


「?何かしでかしたか?」


「そうですね。言えません。聞かないでください。」


「うむ?そうか?それとだな。息子だ。」


「お?」


「コンニチハ、チチガオセワニナッテイマス。」


「お、日本語!話せるんですか?」


「この一文だけだな、先ほど覚えさせた。」


 そういってサクシードがカラカラと笑った。


「名前はミョルドという。商船の管理をやらせておる。たしか西の国にも行ったことがある。文字や言葉も少しわかるそうだ。聞いてみるといい。」


「え?では…?……、Hello, my name is CHIHARU, can you understand this language?」


「??」


 ミョルドはチハルを見返した。どうやらあまり通じていないようだ。


「なら、こうだ!ミー ナーメ イs チハル、カn ヨー ウンデルsタnd ティs ラングアーゲ?」


 チハルは事前にウィキペディアで仕入れていた中世英語の発音をそれっぽく発音してみた。1700年以前の英語はラテン語のように母音を表記そのままの音で発音していたらしい。"Name"を"ナーメ"という風に。もちろん当時の正確な発音に関する記録は残っていないが、その辺は適当である。細かい単語や人称代名詞も異なっているようだが、大まかには伝わるだろう。


 ちなみにラテン語風の英語を話していたのは王侯貴族などの知識階級で、現代風の英語は庶民らが話す方言に近い扱いであったそうだ。数度にわたって大流行したペストによりラテン語風の英語を話す階級がほぼ全滅してしまい、当時の方言であった現代英語が生き残ったのではないかと考えられているそうだ。


「Oh, Mr.CHIHARU.Pleasure! My name is Myoldoo Juan!(オー、ミsテル チハル、pレアスュール!ミー ナーメ イs ミョルドー ジュアン)」


「うは!やべ、分かるぜ!まんま英語やん……。」


 チハルはサクシードとイ神官以外にこの南タライバンで会話ができる人を見つけた。


 ミョルドの英語はチハルの時代の中学校水準の英語であったが、それなりに意思の疎通ができた。ミョルドによると交易で西の国に向かい市場調査で数か月滞在したときに、同行した宣教師から教えてもらったのだそうだ。ほかにもスペイン語らしき言葉やラテン語らしき言葉も使えるそうだ。


 英語だけならチハルの方が流暢であったが、スペインらしきものやラテン(らしきもの)はミョルドしか話せなかった。数字な文字も確認してみたが、筆順など細かい部分が違うだけでチハルの世界のアルファベットとアラビア数字がそのまま使われているようだった。


 ミョルド曰く自分たちの船員には英語やラテン語をよりうまく話せるものもいるということだ。


 チハルとミョルドは仮王宮の応接室でしばらく会話を楽しんだ後、帰路に就いた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 チハルは帰路を少し遠回りして、サクシードに町の説明をしてもらっていた。外出が許されたこともあり、来た時よりも行動がある程度自由になっている。もちろん護衛付きであり、行動は王宮に報告されるのだが。


「やっと外出できるようになりましたね。」


「うむ、いずれ我が商会の倉庫を案内しよう。」


「そうですね、それと鍛冶と酒造の見学もさせてください。たぶん何か協力できることがあると思います。」


「うむ、それは助かる。」


 チハルはサクシードの案内で市場や食堂を見て回った。南タライバン市街の衛生は現代日本人からすれば驚くべき悪環境であった。市場で売れ残った食べ物には蠅がたかり、肉の解体場所には血液などの汚物を流す溝もなく、生ごみは穴を掘って捨てているだけであった。人々は土を触った手を洗わずに平気で食事をし、見るからに皮膚病を患った人も多数いた。糞尿も穴を掘って捨てているそうだが、穴に捨てるのを面倒くさがる人は路地裏で用を足し、その排泄物はもちろん放置である。水は井戸から汲んでいるそうだが、その周辺にも汚物が散乱していた。


 少なくない亜人も見かけたが、爪には垢か泥か知らぬものがたまり、頭髪や体毛にも泥が付着してる。衣服はみすぼらしく近寄ると異臭がした。おそらく数日以上水浴びもしていないのであろう。サクシードに尋ねたところ、雨の日に外に出て泥を流すという体の洗い方をする人も多いそうだ。


「サクシードさん、これはお願いなんですが、これからしばらくは手洗いとうがいを念入りにしてもらってよいですか?それとできるなら一度沸騰させた水で毎日行水を行ってください。生水は絶対に飲まないように。」


「うむ?疫病の対策であるか?それくらいなら我々は行っておる。」


「はい、ではそれを続けてください。それと石鹸って知ってますか?」


「せっけん?知らぬな。」


「手を洗う時は何を使っていますか?」


「ああ、灰だな。窯の灰を使っているぞ。」


「そうか、灰汁か。肉を焼いた後の窯ですか?もしかして。」


「おお、そうだな。肉を焼いた窯の炭はよいと聞く。」


「原理は合ってますね。それでもいいですが、もう少しちゃんとした石鹸を作りましょうか。売れますよ、たぶん。交易もできます。それと疫病予防も。」



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 第九話


 チハルはすぐに石鹸の試作に取り掛かった。王宮から派遣された助手を呼び、白衣を着て建物内の一室に入った。


 幸いサクシードの手配で硫黄と硝石は大量に入手でき、鉛の器で硫酸を作ることで効率も格段にアップしている。ダニエル電池もイアイパッドの電力維持には十分な量が製作できており、余剰分は電信やモーターなどその他の実験に使えている。


 サクシードに頼んで作ってもらったガラス器具の前に立ち、覚えた単語を使って助手に指示を出した。


「塩と蒸留水!そして電池をここに!」


 これから行うのは食塩、塩化ナトリウムの電気分解である。中学校の理科で行うような単純な食塩の電気分解とヴィキペディアにあった水銀を陰極に使った電気分解の方法の二つを試す予定である。通常の電気分解では塩素酸ナトリウムが発生することがあるらしく、より効率を高めるため陰極に水銀を使った方法を試してみることにした。


 得られたアルカリである水酸化ナトリウムを使って油脂を鹸化し、石鹸を作る計画だ。


 チハルは紙に化学式や分子量を書き込み、天秤で材料の重さを図っていく。もちろん現代日本のような純度の物質は得られないので、ある程度の誤差は織り込み済みである。


 ビーカーに蒸留水を加え、海水から得られた食塩を飽和するまで溶かす。これに電極を入れてダニエル電池とつないだ。陽極からは塩素が発生するので、窓際で行う。同じように水銀電極のに繋いだ溶液も作り稼働させた。電極から期待が発生しているのを確認すると、今度は窯のある部屋へ移動した。


 窯に火をくべて鍋を置き、集めてもらっておいた大量の"海藻"を灰になるまで焼く。灰ができたらこれに水を加えて灰汁を得た。


 それから数日をかけて同様の実験を繰り返し、得られた水酸化ナトリウム溶液を加熱して水酸化ナトリウムの結晶を入手した。この時代から200年ほど先の技術で得た物質である。今まで電池や電信の技術を再現してきたチハルであるが、こうして化学物質を得るのは初めてである。感慨深いものがあった。


 別に用意しておいてもらった牛脂と豚脂などの動物油脂と植物油を用意し、それぞれの鹸化値を大まかに計算しておく。


 えられた原料を分量通りに加熱しながら混ぜ合わせ、できた半固体を型に流し込んだり、高濃度の塩水で洗い流したりしていくつかの石鹸原料を得た。塩水で洗い流す方法ではグリセリンも得られる。


 そのまま固めるものは数か月の熟成を経て使用が可能な石鹸となる。


「思わずグリセリンをゲットーー!これと硫酸に硝酸があれば……、アレが作れるんだよなぁ。ロマンだが、ひとりでやるのは無理だな。危なすぎる。作るのはまだ先だな。」


 そんなことをつぶやきながら、チハルは石鹸を量産していった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 数日して神官長から連絡がきた。通門者の記録を見せてくれるらしい。


 イ神官に連れられて、仮につくられた宝物殿へと案内された。


 メルイーウ王家と共に海峡を渡った宝物は数百トンにもおよび、サクシード商会の倉庫を改築した宝物殿に厳重に保管されている。少しずつ内陸の倉庫に移されているようで、倉庫の一角で作業が行われていた。チハルはイ神官と神官長、そして見張りと記録のための宝物管理官と共に、二重三重に鍵のかけられた門をくぐった。


 倉庫に保管された宝物はすべて豪華な箱に入れられ、ラベルを付けられ棚に整然と並んでいた。箱の数から相当な数の宝物がここに運び込まれていることが分かったが、聞くとこれでも持ち出せただけのごく一部だという。倉庫に運び込まれてからは日の目を見ていないが、ほとんどが王宮の装飾品として実際に飾られていたものらしい。


「王宮ってものすごく豪華だったんでしょうねぇ。」


「チハルドノノカンイナラ、ニュウジョウガカノウデス。」


「そういえば俺の官位って結局何なの。」


「ハチバンメノシタデス。イャワトゴデナントイウカワカリマセンガ、ショクニンノエライクライデス。」


「八?サクシードさんが十位だったっけ?それより偉いってこと?」


 チハルが得ていた官位は従八位一級工芸管理官といった職である。実は今話しているイ神官よりも官職は上である。同職の者は宮廷内の装飾品の加工や配置をする職人を統括する地位にあった。同職の者はすべて占領された本国に置いてきているため、南タライバンでこの官職を持つものはチハルただ一人である。


 チハルは歩きながら神官長やイ神官にいくつかの質問をした。


「神官さんたちが信じている神ってどういう神様なんですか?」


「めるいーうデハ、シンダヒトハゼンブカミサマデス。エライヒトガシヌト、エライカミサマニナリマス。ワタシタチハオウサマノイチゾクノカミサマヲマツッテイマス。」


「先祖崇拝って奴か?じゃ、俺は?呼び出された人が死んだらやっぱり神様になるの?」


「ソレ、200ネンクライマエニ、ワレワレシンカンノアイダデ、ケンカニナッタ。ベツノセカイカラキタヒト、コノセカイノカミニナラナイ、ト、イウヒトト、ナルトイウヒトデケンカニナッタ。」


「あ、そう?そりゃ悪かったね。」


「ケッキョク、チイサナホコラタテテマツルコトニナッタ。デモホトンドノシンカンハイカナイ。」


「へー。」


 そんなことを話しながら倉庫の奥へ向かって歩いて行った。神官長からもこの国の宗教についていくつかの面白い知見が得られた。メルイーウでは仏教のような宗教と、先の先祖崇拝が合わさった独特の宗教があるようだ。


 南タライバンでは開拓初期から航海の安全と疫病からの守護をつかさどる神の人気が高く、それに移民が持ち込んだ新興宗教が混ざり合い、また独自の宗教を形成しているらしい。


 そうこうしているうちに巨大な倉庫の一角に作られた小部屋についた。入り口の前には帯剣した軍人が見張りに立っている。厳重な宝物庫の奥にある一層厳重に警備された小部屋。ここに秘宝と呼ばれるものが保管されているのだろう。


「ココデス。ハイルマエニカラダヲキヨメマス。」


 神官長が小瓶を取り出し、中の液体をチハルの頭に振りかけた。聖水のようなものなのだろう。神官長が見張りの軍人に何か言い、鍵を取り出して門を開けた。促されるまま小さな門をくぐると、中にはひときわ豪華に装飾された箱と、多くの書簡が棚に並べられていた。室内の箱一つ一つはさっき見た宝物の箱よりはずいぶん小さいが、箱そのものが宝物であるかのように装飾されていた。


「イママデノツウモンシャノキロクハ、ココニアリマス。」


 イ神官が豪華な装丁の書物を取り出し、チハルの前に置いた。許可を得て数ページめくってみるが、やはり中の字は読めない。


「ドウイウモノヲサガシテイマスカ?」


「始めて亜人が見つかったのはいつのことですか?」


 チハルの質問をイ神官が神官長に翻訳し、そのまま何やら話込んでいる。


「シオウノジダイニ、クニガヒロガッテ、ソノトキニ、ミツカリマシタ。」


「始王?それって3000年前くらいの?じゃあ、その時の通門者の記録はある?」


「アリマス。トテモユウメイデス。」


 イ神官は書籍の"中ほど"を開き、そこから数ページ戻って始王が大陸を統一するきっかけとなった通門者の記録を開いた。もちろんチハルには読めないので、概要を説明してもらった。


 イ神官の説明によると、始王は秘宝を用いて数千年未来の軍人を呼び出し、その力を借りて大陸に初の統一王朝を打ち立てたらしい。一説によると始王が通門者そのものであったとも。始王の統一王朝は一代で崩壊し、今度はその部下たちにより秘宝をめぐって争いが起こった。その後秘宝を手にした者たちにより始王と同じく数千年先の同じ方位から繰り返し人が呼び出されたが、すべて馬鹿か異常者であった。まったく役に立たなかったばかりか、呼び出したある女は王を惑わし、それで国が滅びたこともあったそうだ。そういったこともあり秘宝を使って数千年も先というはるか遠い未来から人を呼ぶことはタブーになっているらしい。せいぜい数十年、長くても数百年先から人を呼ぶ方のが秘宝の使い方として一般的らしい。


 それ以後の有名な通門者は、1200年前に音楽や服飾の文化をもたらした女、1100年前に建築技術をもたらした男、400年前に航海術と船舶の技術を伝えた西の男などがいるらしい。ほかにも呼び出されたものが健康なものであれば大小の差はあれ何らかの未来の技術をもたらしたそうで、


 チハルはそんな説明を聞き、年代や方位について統計を取ってみると面白そうだななどと考えていた。実際はチハルの言うような研究はすでにメルイーウでは行われていたのであるが。


「なるほど、では始王のその前は?」


「クワシイキロクハナイデスガ……。」


 さらに神官によると、30000-4000年ほど前に大陸に現れ、医学をもたらしたもの、文字をもたらしたもの、農耕技術をもたらしたものなどが通門者であると考えられているらしい。


「うーん、ってことは俺を呼び出した秘宝はそれ以前にもう存在してたってことか?文字ができる以前……、使い方も分からなかったろうから、適当に呼び出されたってことか。ふーむ、あんまり収穫はないな。あ、じゃあ、あれは?通門者?が手に持っていたものは?俺のイアイパッドみたいに。」


「アリマス。」


 通門者が手にしていた道具のほとんどがこの部屋の箱に保管されているらしい。手に何かを持って現れる通門者はそれほど多くなく、あってもそのほとんどが日用品であった。経年劣化で壊れてしまったものも多いため、箱の中にあるのは石や木で作ったレプリカとその記録ばかりらしい。チハルのイアイパッドはその中でもかなり異例のものらしく、後に詳細な記録が作られるらしい。

「通門者が持っていたもので、まったく使い方が分からなかったものってありますか?」


「キロクダケナラ、タクサンアリマス。」


 神官は書物をめくりながら、あるページで指を止めた。そこには球形の何らかの道具らしきもの、次のページにはロケットの形をした瓶のようなもの、多くのボタンのようなものがついた機械のようなものなど、チハルが見ても理解できない図が並んでいた。これらの道具をもたらした通門者はこの世界に来て、道具の使い方を説明する前に死んでしまったものが多いらしい。


 ページをめくっていくと一つだけ見慣れた物体の図があった。


「ああ、これはすぐ死ぬわ。」


 チハルが見た図は体に多くの管をつながれた人と、その管の詳細を記録した図であった。現代人であるチハルには点滴を打たれながら、多くの機械に体をつながれた病人に見える。数百年、数千年前の時代の人には全く未知の道具であったろう。


「うーん、てことはやっぱこの辺かぁ。」


 チハルは自分が理解できないもので、始王よりも前の時代に通門者が持っていたとされる物体の図を繰り返し眺めていた。


 チハルは亜人を作り出したのは自分と同じように未来から呼び出された人間、それもチハルの時代よりはるかに未来から呼び出された人間で、DNAや細胞を融合させる技術とそれができる装置を持ってきたものの仕業であると考えていた。始王の時代に亜人が発見されたということはそれ以前の通門者で、どれだけ未来の技術を持ってきたとしてもすでにその装置というものも壊れてしまっているだろう。もし残っていたとしてもチハルには使い方も使い道も分からない。


「しかし、うーん、やっぱりよくわからないですね。今のところ収穫ナシです。今日のところは帰りましょう。また使わせてもらうこともあるかも知れませんけど。」


「モウイイデスカ?」


 チハルは神官らに礼を言い、秘宝の小部屋を後にした。


「はい、そういえば、神官って何人いるんですか?」


「ココニキテイルノハ、ゼンブデ40ニンクライデス。」


「そんなに?!試験はあるんですか?」


「アリマス、ワタシハキュウテイデオコナワレタシケンデイチバンデシタヨ。」


 イ神官の説明によると王宮の職員になるためには地方試験、全国試験、そして宮廷で行われる三段階の試験をそれぞれ突破しなければいけないらしい。地方試験を突破したものは地方官僚に、全国試験を突破したものは王都の官僚に、そして宮廷の試験を突破したものだけが王宮に勤務することができるのだそうだ。イ神官もおそらくチハルの時代でいうとハーバード大学主席卒業というレベルで優秀なのである。


「それなら面白いものあげましょう。」


 チハルは懐から紙を取り出し、イ神官に見せた。紙には枠線がひかれ、中にはチハルが覚えたメルイーウで使われる数字がところどころ入れられている。


「イアイパッドから書き写しただけですけどね。」


「ナンデスカ?コレハ?」


「数独って言います。」


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