プロローグ1
ども!黄蘿蔔です。
長編になりそうなストーリーですが、どうなることやら。
専門的な科学知識はなるべく使わずに書いていきたいと思います。
検証できない部分もあるので間違いも多いかと思いますが、
あくまでSFファンタジーとしてお楽しみいただければ幸いです。
プロローグ1
東の大国メルイーウ。初代王ゲンジャウ・リーベルが王朝を打ち立ててから400年。大国は滅亡に瀕していた。異民族の侵攻により王宮はすでに陥落し、王族に連なるもの、貴族らは護衛や支持者を連れて王宮から逃げ出し、東の海峡を越えていた。目指すは化外の地として400年放置されてきたタライバン島、未開の地も多く、多くの亜人らが棲み、海賊が横行し、疫病も蔓延しているとしてメルイーウ王朝時代は渡航禁止を発令していた場所である。
王族の浪費と圧政を理由に一部の地方軍が一斉蜂起、それに乗じた異民族による王都占領から一年。中央軍に守られながら命からがら逃げだした現王ヒューゴー・リーベルは生き延びた王妃たち、一族と護衛を連れ、東に500km、南に700kmの陸路、200kmの海路という長大な逃避行の途上にあった。
船室にある現王ヒューゴーの豪華ではあるがくたびれた服装と、埃がかったその面貌からは逃避行の苦難が透けて見えた。そして対岸へ到着後のこれまで以上の苦難を思ってか彼の表情には苦渋の色がへばりついていた。
タライバン島とメルイーウの間にある200kmほどの海峡は常に波高く、一年の三分の一は暴風雨にさらされている。6-8月までの台風期にはそもそも出航が不可能であるとして港町では船を陸に揚げてしまうほどである。今はその時期ではないとはいえタライバン島への一週間ほどの渡航はもとより命がけであった。今回王族らがそれでも海を渡る決断を行えたのは、日増しに激しくなる追跡の手を逃れ得なくなったからでもあるが、海峡を越えてタライバン島へ渡るための優秀な案内人があったからである。
メルイーウ南部で一代にして財産を築いた大商人サクシード・ジュアンはかねてより王国南部で貴族らと強いつながりを持っていた男である。一世一代の大博打とばかりにメルイーウ王家復興の目に賭け、王族らの逃避行の案内役を買って出た。サクシードは海上交易を生業にしていた商人であり、外洋との中継点として"あの"タライバン島にも拠点を持っていた。メルイーウ王国の海域を跋扈する海賊との戦闘は日常茶飯事であり、腕っぷしも買われてのことである。もっとも実際にはその海賊とすら裏取引をしているのであるが。
ふと、シャンという鐘の音がなり船室の入り口から数人の男たちが甲板内に広がり出た。彼らは船の運行上どうしても手を放すことができない操舵手などの目を手にした扇で覆っていく。それ以外の、サクシードたち甲板員らはすぐに甲板に頭をつけて平伏した。
さらにしばらくの後、ベールに包まれた神輿が船室入り口から姿を現した。目を隠された甲板員も、平伏した甲板員も、誰も声をあげない。海の難所であるというのが嘘のように、ちゃぷちゃぷとした静かな波の音と、船体のきしむ音だけが響いていた。
神輿の脇に侍る従者が甲高い声でサクシードに声をかけた。
「従十位タライバン渡航臨時統括サクシード・ジュアン、状況を説明せよ。」
「承りました。あと半日ほどでタライバン島に到着する予定です。この度は波も極めて穏やかですゆえ、どうか船内にてごゆるりとお寛ぎくださいませ。」
「……。」
「陛下はすべて我が王朝の威光あってのことであるとおっしゃられておる。」
「おっしゃる通りでございます。」
「……。」
そもそも一商人であるサクシードは王と直接口を利ける立場にはない。しかし今回の逃亡を案内するにあたってメルイーウ王朝から形式上の官職を与えられており、平伏しての返答と従者を通じての王への進言を許されている。
船上にある王もタライバン海峡については教養として知っているだけであり、大中の商船で船団を組んでなお確実な渡航は約束できないという重臣らの進言も得ていた。五人いる王妃とその子供たちにはすでに副葬品を身に着けさせて、全員を別々の船に乗せているのだ。王自身も命を賭す旅であるというのは重々承知であったが、想像以上に波が低く、そのあっけなさに驚いて重臣を引き連れて甲板に出てきたのである。もちろん甲板、そして並走するその他の船からの危険は未然に排除してのことである。
タライバン島には渡航禁止令が発布されていたが、その理由はタライバン島自体の危険もさることながら、この海峡を越えるのがまさに命がけであったからにならない。たかだか200kmの海路であるが、潮の流れが恐ろしく速く、大型船でも単独での航海では三分の一が難破漂流し、小型船ではそもそもたどり着けるのが奇跡であると言わるほどの海の難所であった。潮は夏はメルイーウからタライバン島へ、また冬はその逆へ、そして風は潮目と逆に吹くという悪所である。経験豊富な船乗りにして航海前は必ず遺言状を作成するという習慣があるほどの場所ではあった。しかしサクシードのようにこの周辺で海に生きるものならば、夏と冬の終わりの10日ほどはこのように潮が止まることを知っており、今回はそのタイミング合わせて出航しているだけのことである。もっともあと数日もすれば、潮と風は船を引き裂くかのように暴威をふるい、雷雨が方向感覚さえ狂わせ勢いで上下左右から激しく打ち付けるいつもの海峡へと早変わりするのであるが。
「到着後はまず我々の商会の本部へ向かいそこを仮の王宮といたします。このまま入港できればそのあとはしばらくはまず危険はありません。向こうで必要なものもすべてそろえておりますので、なにとぞ船内にお戻りになりお寛ぎくださりますよう。」
「……。」
「苦しゅうないとおっしゃられておる。」
重鎮の口を通じて言葉を述べると王は豪華に装飾を施された船室へ引き戻った。サクシードは肩と首を回し、続いて船首まで歩いていき、そこに仁王立ちして前方に目を凝らす三人の男の脇に跪いた。
「将軍閣下、もうしばらくで陸地が見えてまいります。到着されましてもどうかどうか島民らの不躾なふるまいにはお目こぼしをいただくよう。」
中央の男が、振り返りサクシードを見下ろした。
「わかっておる。化外の地と呼ばれるほどの土地、このような機会がなければ話でしか知り得ぬものであったが、王都奪還のための拠点としては悪くない。到着後も存分に忠義を尽くせ。」
将軍と呼ばれた中央の初老の男とその両脇の若い軍人二人は、海で鍛えられれた筋骨隆々の船員と比べても格の違う身体をしていた。王と同船しているために帯剣こそしていないが、その眼光はまさに歴戦の猛者のものであり、慣れない船上にあって体の中央に杭を打ち立てたかのようにどしりとたたずむその姿には風格すら漂わせていた。メルイーウをして超大国たら占めた武の一角であった。もっとも彼らの同僚は先の王宮戦で敵となったのであるが。
この将軍と呼ばれた男こそメルイーウ軍従一位総将軍ミンチ・リューその人である。臨時職である主一位国軍総司令の座は基本的に空位なので、メルイーウ軍の実質上のトップである。両脇に立つのは主三位軍参謀タクト・マウとミンチの長男であり従四位南方軍統括チャンモ・リューである。
「亜人…ですか。メルイーウ南西部にはタカ族やクマ族の集落があり、朝貢もあったので数度ですが顔も見たことがあります。国内の亜人らは決して人とは交わろうとはしなかったはずです。彼らが人と同じ場所で暮らしているというのはにわかに信じられませんね。」
タクトがわざとらし気に眉をひそめてサクシードを見た。
「人里で我々とともに生活している者たちはたかだか五種族だけですが…、それ以外にも確認できているだけで八種族、おそらく奥地にはさらに多くの種族らが部落を作って生活していると思われます。人里に住まう者たち以外は人を敵視していますが、意思の疎通は可能ですのでそれなりに商売になっております。」
王に対する時より幾分かの気楽さを込めてサクシードは答えた。
「十二支はもともと彼らを元に作られたとか。一度全員並べて見て見たいものです。もとより人手はあって困るものでもなし、戦闘力があるのならわが軍に組み込んでみましょうか。」
船首をみすえて微動だにしないまま、チャンモが答えた。語尾は疑問形であったが、自分たちならいうことを聞かせられるだろうといった剛健さが感じ取れた。サクシードはチャンモと出会ってから、時々彼の発言が冗談なのか本気なのか図りきれない。この男は"モテる"だろうなと自虐的に口角を釣り上げた。
「なぁに、予備知識はきちんと入れてある。あとは儀式の成功を祈るばかりよ。」
王の姿が消えてからにわかに騒がしくなった甲板の喧騒が、戦場を想像させて逆に心地よいのか片眼を細めながら色のない笑みを浮かべてミンチが言ったその時。
「船長!迎えが見えました!」
マストの上からよく通る声で物見が叫んだ。
迎えの船が見えたということは、ひとまずの目的地であるタライバン島南部にある小都市ルーカンの港までもう20kmほど、物資を乗せたその他の船の目的地である南タライバンまで100kmといったところである。王を乗せた主船団はルーカンで下船し、陸路で南タライバンまで向かう手はずになっている。甲板は航海の無事を感謝する船員らの声で一時にぎやかになった。船内に籠る王にも報告があげられ、緊張していた王の顔からも少しだけ力が抜けたようであった。
……。
それから4時間ほどのち、サクシードらを乗せた船はルーカンの港に接舷した。迎えたのはサクシードの父シリューである。ともすれば海賊のようなサクシードと違い、いかにも商人然とした風格のある好々爺である。二人は抱き合って一言二言交わしお互いの無事を神に感謝した後、すぐにそれぞれの業務をこなすため分かれた。
ルーカンの港は商用としては手狭であり、大商船が接岸できるほどの大きさがない。港も石と木を組み合わせたみすぼらしいものである。一部の軍人などは初めての船旅だったということもあり、揺れない大地を踏みしめるようにして感慨に浸っていた。
サクシードは王ら丁重に下船させ、世話係たちとともに港内に設営した営倉にかくまった。その後ミンチ将軍らを含む重臣らと何度かの打ち合わせを行った。
「これでしばらくは追跡からは逃れられますな。」
「うむ、しかし、あれだけ波が穏やかだと本当にこれから海峡が荒れるというのはにわかには信じがたい。」
「初めてこの海を見る方は誰もがそうおっしゃられますが、そこは出立前の対岸の荒れ様を想像していただければよいかと。こちら、タライバン側ではメルイーウ側で見たあれ以上ですが。」
「うむ、わかっておる。」
サクシードによる海の様子が急変するという再三の説明に、ミンチが足の裏を地面にこすりつけながら頷いた。
実際に船を出す数日前のメルイーウ南部海は陸に住むものには恐ろしいほどの荒れ様であり、王都出身の乗客らは後方から迫る追手と前方の荒れ狂う海に肝を冷やしていた。その荒れ狂う海がサクシードの言う通りにあっという間に収まったかと思えば、手はず通りにあれよあれよという間にタライバン島に渡ってきてしまったのだ。この穏やかな海が数日後に再び牙をむくというのも、彼の言う通り本当なのだろう。今のところメルイーウ領側から追手が迫っているという連絡もないので、ひとまず半年から一年の安穏は得られたということだろうか。
「南タライバンへの出立はいつになさいますか?」
「陛下の準備が整えばいつでも。かなりご疲労の様子であったので、数日はこちらでお休みになられるかも知れぬ。南へ送った船の到着はいつほどになるか?。」
「3日以内には。軽量の荷は中間の河口から小型船と陸路で行かせるので、そちらは早ければ明日には着くかもしれません。」
「こちらの設備は上等なものではないので、陛下にもなるべく早く南タライバンへ入っていただきたいのですが、体調はいかがなのでしょうか。」
「船酔いもあろうが、追手からひとまず逃げきれたという安堵のほうが大きかろう。現在医師が看ておるので、その結果待ちである。」
「わかりました。ではいつでも出立できるよう準備しておきます。」
「こちらからは一刻おきに斥候を放つ。」
「はい、案内のものは打ち合わせ通りに。」
「うむ。」
すでに船内で打ち合わせ済みであった事柄をいくつか確認し、軍議はお開きとなった。斥候にはルーカンに待機させていたサクシードの手の内のものがつく手はずである。ルーカンから南タライバンまでは街道も整備されており、夜間に山深くに入ったりしなければ亜人による襲撃もない。王の移動を助けるようすでに途中いくつかの宿場も整備済みなので、移動には特に問題はないはずである。
サクシードは軍議を終えた天幕を出て、海峡に日が落ちるのを眺めた。