探索者シンイチ 奴隷
「おーい、シンイチくーん。麻雀じゃないけど大儲けの話あんだよ」
六畳の和室とキッチンとトイレしかない部屋に勝手に先輩が上がり込んでくる。
風呂もない小汚いアパートだが、実家と違って彼だけの城だった。たが一年前に飲み会の後に家に泊めてしまって以来、プライバシーは失われた。勝手に合い鍵作られるよりも非道い、鍵を持って行かれるという暴挙によって。返すように言ったら合い鍵を渡された。合い鍵代として3000円取られた。
この鮎喰先輩は……留年しているので学年は同じなのだが、当然の事ながらだいぶ評判が悪い。
一緒に飯や飲みに行ってしまうと、財布忘れたなどと言って払わずに逃げる。座席に置いてあるカバンを勝手にあける。人の弁当を食ってしまった事もある。本人はカバンを間違えたと言っていたが手ぶらで来ておいて何を間違えたのだろう。
勝手に一目惚れした女性助教授を俺の女だなどと言いふらして、注意されついでにこっぴどく振られたら悪口を言いふらしたあげくリベンジポルノをバラ撒いてやるなどと言ったこともある。無い物はバラ撒けないという事を本人も周囲の皆も学んだ為、遠くで見ていれば笑える奴かもしれない。
だが、カモとしてターゲットにされている側はたまったものじゃない。今もシンイチは麻雀に誘われてカモにされている。
麻雀などやりたくないのだが、「バイトやるより稼げるから」とか無茶な事言われてむりやりメンバーにいれられている。ルールを知らないと逃げようとしたら教えてやると言われ受講費まで請求された。負けてばっかりだから面白くないンスよとか言っても、今はまだ弱いからだよ、俺が鍛えてやるから!といってカモられる。金の賭けとかナシで純粋に楽しみませんか?といったみたら、そんなんじゃ真剣身がうすれるだろ!とか怒られた。なんとかバイトが忙しいとか言って断っているが、忙しいなんてだいぶ稼いでんだなwとか言われてますます財布を狙われる羽目に。
一発で現行犯逮捕になるような犯罪をしてくれたら喜んで通報してやるのに、塀の中にいくような事はしてくれない。
学内でも関わりたくない人物として有名であり、嫌われている。
一度、迷惑ですと言ったことがあるのだが、その瞬間の「オレの聞き間違いだよね?」という低い声と目つきはぞっとするほど不気味な物だった。何するかわからない人間を明確に敵に回すというのは恐ろしい。完全にビビってしまい、その直後の「俺たち仲良しだもんな?」という囁きにシンイチはただ頷くことしかできなかった。それ以降、きっぱりと縁を切るという選択肢は彼の中には無い。
就職決まったら知られないように引っ越して逃げるのに、と考えてはいるものの、内定がでない。なんかもっと割りの良いバイト見付けて引っ越すのが先なのか? 引っ越し代結構掛かるが金が無い。
鍵だけ変えたらぶっ壊されそうだしなぁ。ああ、先輩と縁切りてぇなぁ。
これが『冒険者』に就職したいとまで考えたシンイチの現状である。
先輩は平気で麻雀牌に印をつけたりしてくるので、百均でかった大きめのハンカチで牌を綺麗に拭き取り印がないことを確認する。印は無いが『白』と『五萬』が五枚づつあった事にげんなりしながらも、一番汚い座布団を押し入れからだして先輩に勧める。
「なんだよそんなに麻雀やりたかった? 悪いな、今日はメンツが集まらなくてさぁ」
そういえば麻雀じゃないとか言っていた気もする。
「お前さ、この金貨をあっちこっちの買い取ってくれる店行って換金してこいよ。それだけで分け前貰えるとか、楽だなー、お前いい先輩持って得したなー!」
「なんスかそれ」
ジャラリと一年中出しっぱなしのコタツ机に並べられたのは、日本のものではない、見たこともない数枚の金貨。
アラビア数字でも漢数字でも、アルファベットでもない文字のような物と男の横顔が描かれており、その裏には猛々しい四つ葉のクローバーのような変な植物の絵が描かれた面がある。
「どこの国の金貨なんです?」
「知らん」
盗品じゃねぇだろな。そこまでバカじゃないと願いたいが。
「それじゃ価値もわからんでしょうに」
「これ、両替はできないらしい。どこの国の通貨でもないんだ。金でできた記念品みたいな物だろ。つまりコインじゃなくてゴールドとしては売れる。な、本物の金なんだせ? 純金じゃないって話だが」
記念硬貨なども買い取ってくれる金券ショップなどはこのコインが大量に持ち込まれた為に既に買い取ってくれなくなっており、金買い取りの店でも高値は付かないらしい。
そもそも「高い価値の品物ではない」という可能性に目を背けて、金貨なんだから高いはずという思い込みでシンイチは買い取り先を探させられるようだ。
しかし、なんだこの胡散臭さ。そもそもこの金貨をどこから手に入れたんだ。薬の密売とかやらされる前に逃げなきゃ。治験のバイトとかで金作って引っ越そうかなぁ。
シンイチは、査定額がどこの店でも低くて自分が買い取らされる未来まで幻視すると、鵜飼いの鵜ってこんな気分なのだろうかと暗鬱な気持ちになった。
胸糞悪いヤツがでてくる展開だとほんとに筆が走らないです。ストーリーとか無理に動かそうとかしないで、グタグダなのんびり日常回だけにすればよかった。