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D級冒険者アツシ 学生、冒険者ギルドを訪れる

冒険者ランクD級

 ギルドの美人受付嬢に貰った地図を頼りに、木造のダークブラウンの壁とメニューの描かれた黒板を探す。

 駆け込んだ小さな喫茶店で冒険者カードを見せると、髭のマスターは丁寧に挨拶をするとお約束の台詞で出迎えてくれた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。依頼ですか、それとも登録ですか?」


 店内は三つのテーブル席とカウンターだけの、10人も入れば一杯になるほどの小さな喫茶店だった。古びた感じに加工された落ち着いた木目の家具と、小さな棚や額に入った写真が飾られた白い壁が落ち着いた印象を持たせてくれる。しかし、冒険者ギルドという言葉のイメージとはいまいち一致しないので気後れしてしまう。

 

「登録です……あの、D級の」

「そうだよね、そりゃ冒険者登録は終わってるよね。でもお約束だからゴメンね。タバコ屋のE級窓口から期待のルーキーって連絡きてるよ」

「ちょっと気恥ずかしいけど楽しいですね」


 期待のルーキーというのも冒険者登録のお約束だろう。だが言われると照れるのも事実。

 そんな風に照れながらお約束の初期イベントを着実に埋めていく。店内に一般の客がいるときと冒険者しかいないときのサインや、魔力計測器は爆発してしまった為に壊れていて使えない事、今は先輩冒険者が店内にいないが喧嘩売られるイベントを希望する場合のサインなどとごっちゃにして、基本的な二つのルールも説明してくれた。


「一般人に迷惑を掛けない事。細かい規約は用意してないが、良い事と悪い事は常識で考えればわかるはず。目に余る迷惑行為は除名する事になる」

「はい」

「ランクの上げ方や指名依頼の発生条件も詳しくは説明しない。手探りで互いに楽しもう」


 ここまできた冒険者ならわかっているはずのものだった。わからない人はE級クエストでふるい落とされるという事か。とはいえ……


「説明しないのばかりじゃないですか」

「ここまでも説明書なんかなかっただろう?」


 そう、確かにその通りなのだ。けれど、きっと薬草採取もギルド探しも、wikiを見ながら作業的にやっていたらこんなにワクワクしなかった。

 確定情報が出ていない中、試行錯誤しながら噂に振り回され、時には先達の後に続き、時には自分が人柱となってフロンティアを切り開く。そんなゲームの楽しさは格別だ。オープンβが始まったばかりのオンラインゲームの楽しさに似ているかもしれない。

 そしてこのゲームやライトノベルでもお約束のような「冒険者」活動は、小説の主人公達こそが続くべき先達なのだ。


「ところでせっかちな様ですがD級クエスト請けたいです!」

「わかってるよ。D級は、E級の採取と関連する調査任務だ」


 渡されたのは十枚の「薬草カード」だ。昨日までの納品クエストに換算すると二回分。銀貨二枚だと嬉々としておば……お姉さんの所に駆け込んでいる枚数だ。


 このカードは納品とは逆に、これから「設置」しなければならないそうだ。

 正しくは「薬草の多く生えている地域を調査する」というクエストだ。誰がカードを置いているのかという疑問には答えが出た事になる。先輩冒険者だったのだ。


「あと、森の植生調査を兼ねてマッピングもしてきて下さい。薬草のあった場所にこのシール貼ってね」

「Webの地図かなんかに印付けるのじゃダメなの?」

「かまわないけど、詰まらないよ? それに……ね」


 ホントはまだ内緒なんだけど、と言葉を切るとカウンターに身を乗り出してヒソヒソ声で教えてくれた。

 高ランク冒険者には国の許可がでるので地図が買えるようになる。その地図に使いたいから手書きの方が味がある、というのだ。


「え? 地図を買うの?」

「設定というかお約束だけど、地図は軍事物資だ。一般人は買えない。が、冒険者は『羊紙皮に描かれた地図』が買えるし、『宝の地図』をミスリル貨で買える事もあるだろうな」


 かなりロマンの無い駄目な質問をした俺に、口髭の凛々しいマスターは内緒といいつつ自慢げに教えてくれた。この自慢気な表情からすると、マスターは自分用に持っている。


「もし趣味じゃなければ手書きじゃなくても大丈夫だよ」

「いや、手書きにします。羊皮紙の地図欲しいです」


 『地図』というのはただの実用品ではない。指輪物語やゲド戦記の表紙裏に描かれた地図に見入った人は多いと思う。

 それに『羊皮紙』だ。本の中では何度も目にしてきた品物。それは剣や銃と並んで大人になった少年の心を捉えて離さない魔法のアイテムのうちの一つ。蓋付きの懐中時計、大きな方位磁石、ナイフ、アナログなタコメーターや歯車が付いたもの。

 そして、くるくる丸める地図だ。宝の地図ならなおさら言うことは無い。


 アツシは瞬時に理解した。この金貨というトークンの使い道を。この冒険者ごっこがどういう趣味の連中によって運営されているのか。


「俺、冒険者になって良かったです!」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 目を輝かせる俺に、マスターも満足そうに腕を組んでうなずいた。


「俺の冒険者生活は始まったばかりだ!」

「やめなさいよ、そういう打ち切りみたいな事言うのは。せめて『登り始めたばかりだからな、この冒険者坂をよ』とかに」


 マスターはわりと冗談もわかる方のようだった。コーヒーは微妙だったけどこの店面白いわ。

コーヒーが微妙なのはアツシが缶コーヒーに慣れているからです。

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