ベテラン冒険者トシオ 会社員
冒険者トシオは意気揚々と渋谷の街を闊歩していた。
視線を周りに巡らせてみれば、生足出して発情した目で男にしだれかかる、制服は着ているもののアウト気味な女性やら、今ホテルから出てきたばかりだろうにまだ往来でちゅっちゅらびゅらびゅする男女などが目に入る。
真っ当な紳士なら爆発しろと心の中で叫ぶところだが、トシオの心は澄んでいる。
モブなど目に入らないのだ。
なぜなら彼は主人公。彼こそがヒーロー。秘めた力を徐々に開花させ、大冒険の果てに美女にベタ惚れされる………四捨五入すれば50歳の年齢にもなってそんな妄想で頭を一杯にするのは大変だが、彼にはそんな妄想をしてしまうだけの燃料がある。
内ポケットにしまった、ラミネート加工された5枚のカード。
表にはかなり精巧にかかれた葉っぱのカードで、レタリングされた文字で「薬草」と書かれている。裏は薄く魔法陣の様な物が描かれており、下には小さくshibuya@Adventurer-Guild.comとアドレスが載っている。
パッと見た限りでは、なにかのトレーディングカードゲームの捨てられたクズカードにしか見えない。トシオも落とした10円玉を拾う為に自販機の下を覗きこんでこのカードを見つけた時はそう思った。しかし、昼休みに公園のベンチの下で同じカードを見つけた時に気がついた。
「カードゲームのタイトルが記載されていない」
これは不思議なことだった。子供の頃は当時流行っていた、天使シールや悪魔シールなどといったお菓子の付いたシールのパチモンを好き好んで集めていた彼だった。今でも萌えイラスト系のトレカは専門店で箱で買うが、カードに作品名が書かれていないという事は無い。
気がついた事は即調べる。会社の端末でアドレスを直打ちした彼が見た物は、住所の書かれていない小さな喫茶店のホームページだった。そのページとはフレームで分けられた別の窓には、不思議な文章が書かれていた。
●冒険者ギルドへの登録と、常時依頼の納品は本店舗では承っておりません。窓口は足でお探し下さい。
●常時依頼 薬草の採取 銀貨1枚
「なんだこれ」
「トシさん仕事して下さい。業務に関連しないインターネットアクセスは禁止ですよ」
思わず漏れた言葉を耳にして画面を覗きこんだ同僚につっこまれる。だが、次の言葉で耳を疑った。
「……ギルドの窓口なら後で教えてあげますから」
同僚には昼飯を一回おごる事になった。鰻かラーメンかで散々もめた後、ようやく聞きだしたギルド窓口の場所と合言葉は胸躍る物だった。
鮨屋の角を曲がって…コンビニが見えたら左折して。赤い屋根の屋台があったらそこで『ちくわぶと牛スジ』を頼んでカードをさりげなく手元に置く。他の客が居る時にカードを出すと怒られる。
「そもそも渋谷で屋台とか……あ、あった」
小汚い屋台のおでん屋の暖簾には、あの魔法陣が小さく刺繍されていた。
この日、妻に逃げられネトゲとラノベしか趣味の無いひじがテカテカになったスーツを着たくたびれたサラリーマンは消え、一人の冒険者が誕生した。
コップ酒をすすりながら、温もり一つない生活の中で、汁多めに入れて貰ったおでんのハンペンだけが温かい。
会社では一言も会話らしい会話をしなかった男の、店主との会話は「薬草を物凄い量持ちこんだりしてはダメ。ほら、目立っちゃうだろ」という会話をニヤニヤしながら行う。
そんなオッサニアR。