探索者シンイチ 『元』無職
冒険者はじめました! 無職⇒冒険者見習い
異世界にいきたい。そう思い始めてからどれくらいたつだろう。中学生くらいの頃にはうっすらと考えていた。だが、今ほど真剣に心の底から本気で熱心に思ってはいなかった。
それなら、異世界にいきたいと本気で考え始めたのは、4月からと言うことになるのかもしれない。
学校を卒業して、就職先が見つからないまま、友人からも連絡を遠慮され、親からの視線は日々冷たくなり、履歴書も何枚書いたかわからず、面接中にどこの会社の面接なのかわからなかくなり見当違いの会話をしてしまうようになって、就職よりも逃避の願望が強くなった。
「………というような貴社の事業に、私も貢献したいと」
「うん、よく研究したみたいだけど、それウチじゃないよね」
その瞬間の凍り付いた時間と空間の事は思い出したくない。ついに俺もエターナルフォースブリザードを使えるようになったか、などと考えながら残りの会話を機械的に済まし、次の会社の面接に向かったのだが、頭の中は真っ白でボロボロだった。
だから今日も気分転換と称して遠回りして帰る。金はないし時間はあるし。いや、本当は時間はないのだ。なさ過ぎてもう手遅れなのだ。突然旅にでる人の気持ちがよくわかる。どこかにいきたい。そう、異世界とかに。
「ギルド。冒険者。Fランクでもいいよな、それだって就職だろぉ」
つい、泣きそうな声で呟いてしまうと、すれ違った買い物籠下げたおばさんが不審な目をむけてくる。しまった、口に出ていたか。最近独り言が増えた。
「冒険者の人ですか? 明日はギルド定休日ですから気をつけてね」
「あ、どうも」
教えてくれたおばさんに軽く会釈して。
また時が停まる。今度は世界が灰色になって停まる感じの。
いやいや逃避するな俺。今、なんて言った?
異世界にいく。冒険者ギルドに登録する。チートなんていらない。魔法とか使えなくてもいい。薬草とか採取してFランクでいいからのんびり生きていきたい。
そんな思いが強すぎて幻聴が聞こえたのだろうか。
振り返ってみてもさっきの買い物籠の女神はもういない。
幻聴だったのか、それとも本当に聞こえていたのか。聞こえていたのなら、内容に聞き間違えはないか。
『冒険者の人ですが? 明日はギルド定休日ですから気をつけてね』
こう聞こえた。まるで、まるで冒険者ギルドがあるみたいじゃないか。
周囲を確認する。ここはどこだ、異世界か?
ジャケットの裾を翻して振り返る、そんな自分を中心にしてカメラが旋回した映像を客観的な視点で幻視する。おお、主人公みたいだ!
360度回転してみても、足下はアスファルトだし電柱が見えるし自動販売機が3台もある。間違いなく日本だ。電柱に渋谷の住所が書いてあるし。
どう言うことだ、転移失敗なのか。さっきの女神様をさがさないと、いや今すぐトラックに突っ込めば。イヤイヤ冷静になれ。その前に確認できることがある。さっきの言葉だと、この近くに冒険者ギルドが店舗を構えている用に聞こえた。探せ!
そして1時間ほど歩き回って、雑居ビルの間の細い路地を進んだ先に見つけた。
小さな、テーブル二つだけの喫茶店の店先。今日のおすすめを書いた小さな黒板。
その隅に。
【冒険者ギルド 渋谷支店 Dランク以上限定】
ためらわず、飛び込む。
「いらっしゃい」
「ギルドに、登録。したいんですが」
ドアについているベルがなり終わる前に言い終わる。だがその一瞬で口の中はカラカラになっていた。何度も読んで来たセリフだ。自分でこの言葉を口にしたと言うだけでも感無量だ。
カウンターの中にいる、店内に居る口髭がダンディな細身のマスターは身動き一つせずにこちらを見ている。
ここは本当に冒険者ギルドなのか。何かのいたずらなのか。
ピッチリしたベストを着込んだマスターがゆっくりと口を開く。そこから出る答えが待ち遠しすぎて時間が止まったように思える。採用通知を待つ時間より遙かにドキドキする。
「………誰から聞いたの。ここの冒険者ギルドのことは」
「あの、偶然、表の看板で見て!」
脳内でアドレナリンが爆発した。視界が白い。轟々と何かが流れる音がうるさい。これは耳の中の血管を流れる俺の血の音か。勝った。なれるんだ、冒険者に。
しかし続く言葉が俺を不採用の知らせ以上に絶望に叩き落とす。
「ああ、ごめんね。場所わかっても喫茶店だと入りにくいって子がいてね、初めてDにあがってきた子の為の目印に書いちゃったんだ。忘れてください」
「いや、あの」
「ここでは新規の登録はやってないんだ」
「あの、じゃあ、いったいどこで」
「教えられない」
すーっと景色が遠くなる。汗が一気に冷えて、なにもかもが小さく遠くなり、柱の輪郭がいきなり大きくなって歪みながら迫ってくる。天井が膨らみながら落ちてくる。
「また就職失敗。希望はないのか」
「いや、そんな絶望的な顔されても。規則だから。あと『ここでは』って言ったからね。もし偶然ここを見つけちゃったのなら、手順を踏んで正式な入り口を探すのも」
マスターは俺の前に湯気をあげるカップを一つおくと、こう言った。
「正式な入り口を探すのも、クエストのうち。頑張りなさい冒険者見習い君」
木製のカップに入っていたのはホットミルクだった。
料金は400円だった。
注文していないのに金を取られた事に釈然としないものを感じはしたが、希望の欠片を貰った事には感謝していた。
冒険者ギルドは実在し、正式な登録窓口を見つければ俺は冒険者になれる。就職活動なんてしてる場合じゃねぇ!
どうやって探す?
ここを見つけたみたいに歩き回って?
通りすがりの人に聞き込むか、電話帳か、図書館で郷土史から………そんなことよりもっと早い方法がある。
俺はさっそくスマホを取り出すとヤフーでググった。
「あ、あった」
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221:渋い谷のななしさん
母ちゃんが渋谷で冒険者ギルドの受付バイト始めたとか言っててどうしたらいいやら
222:無職しょしてやった
もう月曜だぞ。目を覚ませ
223:道玄坂よっしー
俺も異世界行きたいわ
224:渋い谷のななしさん
>>223 渋谷だってば。現代の。
225:無職しょしてやった
ポーション温めますかとかいうの?
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そして見つけた。グーグル先生凄い。
そしてさっそく書きこむ。
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240:ホットミルク
ほんとにギルドとかあるんなら凸ってやんよ。ちょうど近くにいるし母ちゃんのバイト先どこよ?
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そのままスマホのバッテリーが無くなるまで掲示板に張り付いていたが、有効な情報が出てくる事は無かった。でも諦めない。渋谷にあるのは間違いない様な気がする。明日から毎日歩きまわって絶対に見つけてやる。