D級狂戦士ヤマザキ ケーキのおじさんと子供たち VS 悪の錬金術師ユースケ
ヤマザキの朝は筋トレで始まる。
神は筋肉に宿る。サボればサボっただけ、真面目に続ければ続けただけ。正しく結果を教えてくれる。
いつも見ていてくれる。
側にいてくれる。
包んでくれる。
サボりたいのかい? 体は重くないかい? 満足したかい?
筋肉はいつも問いかける。
今日もキチンと限界+1回のスクワット。
愚直に繰り返すことが一番の近道でただ一つの道だ。
こうして積み上げた十数年で得た身体は風邪をひかない。怪我をしない。いつだって信じられる最高の肉体。自分を信じることを自信と呼ぶのなら、頑丈な筋肉への信仰を持つ彼は自信の塊だった。
全身が心地よく疲労したら熱いシャワーと冷たい冷水を浴びる。さて、さっぱりしたらケーキでも焼こう。
「お兄さん~。オムライス食べたい。あとプリン」
風呂から上がると、ヒラヒラの服を着た女子小学生がいた。
筋トレグッズと調理器具。その他には大量の漫画とレトロゲーム機しか無い部屋に突如現れる女神。それがご近所のルナちゃんだ。なんかややこしい漢字で無理やりルナと読ませるらしい。
この子はたまに勝手に部屋に入ってくる。
「ちょっと待ってろ、ちょうど今から朝めし作るところだから」
「プリンに生クリーム乗せて?」
「働かざるもの食うべからず。机拭いてくれ」
「やった!」
もともと、ヤマザキの住むアパートの隣は公園で小学生たちが良く集まっては騒いでいる。
そしてヤマザキの仕事は料理人で趣味は料理。休日には職場では作らないような料理を試してみたり、ケーキを焼いたりしている。
数年前には練習のために毎週いくつものスポンジを焼いていたのだが、その甘い匂いを嗅いで小学生男子たちが家の周りをウロウロしたことがある。別に食べたいという訳でも、貰おうとしている訳でも無い。いい匂いがしたので集まった。小学生男子というのはそういう習性の生き物だ。
だが、ヤマザキはこの少年たちに『お前たちアレルギーは無いか? 親にケーキ貰っていいか聞いてこい。OKならこれ食べてくれ』と言って、ホールケーキを切り分けた。
その後も、ケーキを焼いてはアパートの両隣や大家に『練習でケーキを焼いたのですが食べきれないのでもし宜しければ』と言っては自作のケーキを届けた。
迷惑になるくらい持ち込み、断られたあたりで大家のお婆ちゃんがこう言ったのだ。
『いつもここで遊んでいる子供たちなら喜ぶかしら』
それ以来、クッキーやスポンジケーキ、チーズケーキにガナッシュ。毎週末作っては子供たちにふるまっている。
そのうち、家に上がり込んで食べるようになり、そのまま漫画を読んだりする子も出始めた。
さすがに迷惑だろうと遠慮する子供や、不審な何かを感じて近寄らせないようにする親も出てきたが、ヤマザキには他意は無い。ただ、自分の作った物を美味しく食べてくれそうなので振舞った。それだけである。
公園で遊ぶ子供たちからはケーキのおじさんと呼ばれている。
そして、三時になると集まってくる子供たちとは別に、たまに純粋にお腹を空かせている子供が現れる。その子たちには、こぼさない事と残さない事を条件に食事も作っている。
このルナちゃんはヤマザキがドアに鍵をかけないのを良い事に、時折、朝から入りびたる。
実はヤマザキの性癖的にはドストライクだったりするのだが、指一本触れなくてもご近所の目が怖いのでNOタッチである。ヤマザキは法を順守する男であり、子供の味方なのだ。
「お兄さん、机拭いたよ」
「スプーン好きなサイズの出せ。ケチャップは自分でかけるように」
ふわふわのオムライスとオレンジジュースを二人分、机に置く。
「ねぇねぇあたしが来ない時も朝からオムライス食べてるの?」
「リクエストがあったから特別だ」
「特別かぁ」
えへへと嬉しそうに笑う。少女の笑顔プライスレス。
服はいつも綺麗なのだが、暑い日でも長袖。小学校上級生なのに箸がうまく使えない。なんとなく思う所はあるもののヤマザキは踏み込まない。人にはできる事とできない事がある。自分にできるのはドアに鍵をかけない事と、何をしても怒らない事くらい。
「スープも飲むか?」
「コーンスープ好き」
「いや、本格的なコンソメスープだ」
「いらない」
「そうか」
カチャカチャと音を立てて食べるルナちゃんをあたたかい目で見る。
「あのふぁ。お兄さんもこのゲームやってんの?」
「どの?」
「これ」
スプーンで指さしたのは、レトロゲーム機ではなく、テレビ台の端に重ねておいてあった薬草カードだった。
「これが何か知ってるの?」
「なんかね、クラスの子が集めてるの見た事あるよ」
冒険者の登竜門。冒険者ギルドという名でつながっている酒場で行われている遊び。確かにカードを拾い集めるのは子供の方がやりやすいだろう。自分は飲食店しかしらないが、もしかしたら子供の入りやすい店でも交換が行われているのかもしれない。
「BARとか居酒屋でやってる遊びで、まぁ、集客の為のチラシみたいな物かな。これもってお店に行くとゲームみたいな事ができるんだ」
「へぇ。じゃ、子供が集めてもしょうがないの?」
「誰が一番たくさん集めるかとかで遊ぶ分にはいいんじゃないか。俺も小学生の頃はトレカを糊で固めてメンコにしてた」
「食べ終わった。プリン食べていい?」
「ご飯粒集めて綺麗に食べなさい」
その時、表を通る通行人の声が聞こえてきた。
『どうすんだよ! 金貨だぞ! 十万とかすると思うだろ!』
安い物件なので壁は薄いのだ。
金貨というと、冒険者ギルドでのトークンを想像してしまうな、とニマニマするヤマザキ。しかしルナちゃんはビクリと肩を震わせ、固まってしまった。
『これ、全然売れねぇじゃねぇかよ!』
『それは俺のせいじゃ……それに高額なのは10万円金貨とかの記念硬貨だけなんじゃ』
『うるせぇ!じゃ、ユースケがその金貨と替えてこい!』
『無理ですよ!』
『じゃ、もっと集めて来いよ、一枚二枚とかチンタラしてんじゃねぇ! どっさり持ってこい!』
『鮎喰さん、これはゲームの景品ですよ?!』
『金になるって言ったのお前だろ!』
窓から外を見てみると、太った男といかにも厳つい容貌の攻撃的な服・アクセサリー・顔の男が連れ立って歩いていた。ギルドで見かけた事は無いが、どうやらギルド金貨の話の様だ。
しかし、今はそんな事より大事な事がある。
ルナちゃんは大きな声を聞くと怯える。
「誰も怒ってないよ」
そう優しく声をかけてそっと肩に手を置く。そのあまりの細さと体温の熱さに驚く。そして思った。鍵をかけない以外に何もできないのだろうか、と。
メシやお菓子を作る以外には筋トレを勧める事くらいしか俺にはできないが。
悪人サイドを書きたくなくてこんな感じになりましたが、なんでこんなエピソードになったんだろう……
このバーサーカーにはモデルがいます。




