D級バーサーカー ヤマザキ 輸送クエスト不発
夜。
渋谷。
がっしりとした体格の男性と、その隣にはスーツをピシりと着た女性。視線の先には細身の男性。
軽く手であいさつをして、連れ立って入る店の名は『BAR hexagram』
「こんばんはマスター、『輸送クエスト』あるんだって?」
「了解。でも今は埋まってるから少し待ってね。今週いっぱいはダメだよ」
店内に他の客がいないのを確認すると、飲み物を頼むよりも早くクエストの話をする。
BARのマスターも慣れているのか、素で返す。が、少しそっけない。やはり注文はして欲しい。
「襲撃者側のクエストとかと予定あわせなきゃなの?」
「そういう無粋な事いうとクエストださないよ?」
「ごめんごめん、まだやってないクエストの話聞いて急いで仕事終わらせてきたんだよ」
「なんにせよ、GPS付きのアタッシュケースが今ないから、来週までまってね」
「シノダさん、とりあえず椅子に座ってからにしましょうよ」
クエストが受けられずがっくりとする女性の袖を細身の男性が引いてカウンターに誘導する。
各自がビール、水割り、ウォッカと好きな飲み物を注文し、軽く乾杯して飲み始める。
スーツの女性はシノダ。細身はマチダ。ワイシャツをはちきれんばかりに筋肉が押し上げているマッチョはヤマザキ。護衛ミッションのゴタゴタで意気投合した三人組だ。それぞれ職場ではギルドどころか、ゲームやアニメの話もできないらしく、趣味の会話に飢えていたためよく集まるようになっていた。
「輸送クエストやってみたかったな」
「今度やればいいじゃないですか。チャンスはありますよ」
「知ったタイミングで参加したいじゃない」
「腹空かせた方が美味しく感じるだろうから、期待度を高めておこう」
「そういう物でもなくない?」
期待をすかされたシノダのテンションはダダ下がりだ。
「しかし、どこで輸送ミッションなんて知ったんですか? 僕はこの店とペンデュラムっていう喫茶店しか冒険者ギルド知らないので情報源気になります」
「よく一緒に飲む近所のおじいちゃんからギルドの事を教えて貰ったのよ。お前こういうの好きだろって。ポストの裏探して薬草カード集めてこいって。で、その人に吸血鬼ミッションやった事を話したら、じゃあそろそろ輸送ミッションかなって」
「何もんなんでしょうね……」
「食わせものの情報屋っぽいロールプレイ楽しんでるわ、絶対」
ペースの速いシノダがビールのおかわりを頼む。いつもの癖でソーセージとピクルスも追加。
ビールは瞬く間に三杯目に突入するが、無言で飲むヤマザキのウォッカも三杯目だ。
「何気にギルドで出されるソーセージ美味いよな」
「これ、自家製らしいのよ。燻製機で肉や卵だけじゃ無くてハンペンとかチクワの燻製作ったって聞いたもの」
「おでん屋の店長か」
「ギルドやってるお店の店長達って趣味人ですよね」
「ホント、何なのかしらね、あの人達」
メニューを眺めながらギルドの謎話に花が咲く。
「なんにせよ、趣味人なんだろうな。いい趣味だ」
「さっき言ったおでん屋って、そこもギルドの支店?」
「ここと、おでん屋と……」
「あのおでん屋の店名『おでん屋』っていうらしいぜ」
「酷いね」
「他にもナズルっていう居酒屋は行った事がある。あとタバコ屋もあるらしい」
「じゃ、喫茶店とあわせて5店舗。結構大規模?」
シノダが指折り数える。
「他にもあるかもしれないな。未成年の冒険者もいるっぽいから、子供でもはいれる店があるのかもしれん」
「ヤマザキさんも何気に情報通ですよね」
「俺は学生時代からの友人に誘われて冒険者になったから、そいつからたまに話聞いてる。そいつンちの納屋壊すの手伝ったら、納屋の屋根から薬草出てきてな。なんだこれはって問い詰めたんだよ」
「なんですかそのシチュエーション」
絵面が脳裏に浮かばない。なぜ納屋を壊すのか。なぜ納屋から薬草が出てくるのか。ヤマザキさんの友人もまともじゃないのだろうなという空気が伝わってくる。
「転勤で遠くに異動したからたまにしかギルドには来ないから、もう俺の方がランクが上だ」
「友達、いるんですね」
「マチダ君も失礼な事堂々と言うよな。まぁ少ないのは確かだが」
「いや、こういうの持ち歩かれたら警戒しますって」
ちらりと床に置いたカバンに目を向ける。無造作に突き出たグリップはテニスのラケットのように偽装されているが、カバンに隠されている部分は銃刀法違反間違いなしの刃渡りの長い刃だ。
「ねぇ、それ、前持ってたアレでしょ? いつも持ち歩いてるの?」
「いや、これは新調したやつだから。いつもはもっと小さいのを」
「いつも斧を?!」
「声、大きいって!」
剣呑な話につい声が大きくなるシノダ。
「俺、本職が料理人だから手斧くらいは持ち歩くさ」
「山賊か何かの料理番なんですか?!」
「マチダ君もキーを下げて」
今度はマチダの声が高い。料理人のヤマザキは存在自体がファンタジー寄りな為、常に突っ込みを受けるのだ。
「ねぇ、料理人は包丁でしょう?!」
「いや、ぶら下げた枝肉とかはマチェットがあると便利なんだ。手入れのために自宅に持ち帰る」
「枝肉って、あの……映画でロッキーが叩くヤツですよね?」
「そう、それ」
料理人なのかボクサーなのか。二人の顔に疑問が浮かぶ。
「……それにしても、さっきの腹空かせた方が美味しく感じるって、料理人が言うの?」
「事実だろ」
このヤマザキというマッチョは驚くべき事にフレンチのコックなのだ。曰く、筋肉が無いと鍋一杯のビシソワーズは作れないとの事。
「じゃ、また来週腹をすかせたところで、ここで待ち合わせるか」
「ねぇせっかくだから他のギルド支部行ってみない?」
「いいですね」
シノダの提案に乗るマチダが、ふと疑問を口にした。
「そういえば、今言った店舗って全部『支店』って名乗ってますよね」
「そだね」
「本店ってどこなんでしょう」
東京冒険者ギルド。その渋谷支店。その割には渋谷以外の場所には支店は無い。
「居酒屋の方の店主が前言ってたけど、渋谷ならおっけーらしいわ。どこか東北だったかの渋谷で活動した人がいるとか」
「それ、俺の友人だ」
三人の前にアーモンドとドライフルーツを持った小皿が置かれる。
「もし海外とかにビターバレーとかいう地名があるなら、そこに薬草置いても許可する、というのが本部の見解です」
そう言ったのはバーテンダー。
本部はどこかにある。そしてなぜか渋谷に固執している。
「ねぇ、来週は入った事の無いお店をハシゴしてみない?」
「しらみつぶしにする気ですか」
三人パーティの肝臓を傷めそうな冒険が始まった。