古強者 C級冒険者トシはギルドの謎に迫りたい
古強者のC級冒険者にして吸血鬼ハンターのトシが、午後の喫煙タイムに喫煙室に向かうとばったりとナカノ主任に出くわした。お互いに禁煙していたはずなのだが。
「お、どうも」
「久しぶりです」
「まだそっち吸ってるんですね」
「なんか紙のたばこじゃないと吸った気がしなくてねぇ」
ナカノ主任は電子タバコ。トシさんは昔ながらの紙たばこだ。
ナカノ主任は禁煙の度に銘柄が変わる。禁煙する度にニコチンの強い物に乗り換えていく人もいる。銘柄が変わるくらいは可愛いものだ。同じものは吸っていないし、という罪悪感逃れの言い訳があるのだろう。
「トシさん、紙っていえば、買っちゃいましたよ」
「何を?」
周囲を見渡して、誰もいないことを確認する。
「ギルドで買える、地図。羊皮紙のヤツ!」
「ちょ!主任、会社でギルドの話は」
「いいじゃないですか。周りに誰もいないですよ」
「……魔法的な盗聴には無力ですからね、ここ」
顔を見合わせてうへへと笑いあう。日常にはほんの少しのファンタジーが必要だ。
二人は五時半までは社会人。その後は冒険者なのだ。
「私、紙に羊皮紙風の印刷がしてある奴なら買いました。銀貨一枚の」
「金貨がいる方の地図ですよ」
「いいなぁ。あれ本物なんですかね」
「かなり分厚いですよ。コピー用紙とかと比べると」
地図には浪漫がある。ナカノ主任は自宅の壁に日本地図を貼っていて、出張で行った場所にシールを貼っているらしい。
「あの、初期の薬草群生地調査のクエストの時に提出した地図をベースに作ってくれてるんでしょ?」
「そうですね。D級だった時の。懐かしいですよ」
「しかし、本物の羊皮紙って高いんじゃないのかね?」
「ちょっとググってみたんですが、お高いですよ」
「金貨だって、薬草カード集めたり、護衛したりのクエスト報酬溜めて交換するやつでしょう?」
「銀貨集めて両替してもらったやつですね。金貨自体がトロフィーかと思ったら、まさか記念品との交換に使えるとは」
「あそこ儲かってんのかね?」
「クエスト受注の為にちょこちょこ行っては飲んでるんだから、良い集客にはなってるんじゃないですかね」
結構な頻度で飲みに行っているが、一般客がいる事は少ない。冒険者の常連が多いし、フードメニューの単価はやや高めだ。
「駅前のBARと、住宅地の喫茶店とか、支店いくつかあるじゃない。あとタバコ屋の窓口とか宝くじ売り場のEランク用の窓口」
「おでんの屋台も一応支店扱いらしいですよ、赤い屋根の」
「赤い屋根のやつね」
「あのおでん屋のおやじさん、初期のプレイヤーだったらしいよ」
「『冒険者』って言おうよ?」
「ごめん。初期からの冒険者」
「あの人、週末には屋台出してるけど、他の曜日は小料理屋やってるからね。そっちで声かけたらギルド関連はここではやらないからねって釘さされた」
「マジで! あの親父さん、謎の人物だよな」
タバコを吸い終えたが、話が中途半端なのでもう一本火をつける。
「で、初期の冒険者ってなんでわかったんです?」
「いや、前にお店に寄った時にね、Bランクにあがったギルドカード自慢したのよ。そうしたら『俺より早いな』だって」
財布の中から取り出した冒険者カードは銀色。名前の上に独特の飾り文字でBと印字されている。
「それ、こんな短期間でSランクなんてギルドの新記録です! っていうお約束なだけじゃない?」
「あー、それなのかなぁ」
「なんにせよ、あのどこまでネタなのかわからない感じが良いですよね」
「どこまでって?」
「たまにガチすぎて。羊皮紙とか。吸血鬼退治の時のGPSや発信機とか」
「大人の遊びだよね」
遊び。なのかなぁ。
遊びであるなら真面目にやらなければ面白くない。それはわかっている。だが、あの冒険者ギルド渋谷支店で使われる小物はリアリティがあり過ぎる。
そんな事を考えていると、ナカノ主任が少し迷いながら真剣な口調になる。
「トシさん、俺の前職知ってますよね?」
「ああ、印刷関係の?」
「金貨で買える方の地図ね。あれ印刷じゃあないんですよ。使われてる文字のフォントが既存のどれとも違う」
「え、まさか手書きとか?」
「いや、インクの盛り上がり方からしてそれは無いんです」
「おー、作りこみが凄いですねぇ」
ナカノ主任は舌で唇を舐めると、引かれる覚悟で次の言葉を絞り出した。電子タバコには全然口をつけていない。
「あとね、羊皮紙。実はもともとそういうの好きで、本物の羊皮紙持ってたんです」
「お、おお。凄いですね」
「でも、ギルドの羊皮紙、なんか違うんですよ。もしかして羊じゃないのかな、なんて」
「怖い方? 浪漫がある方?」
「浪漫だったらいいなぁって。さらに同じ文字なのに少し違ったりしてて謎なんですよ。地図だから文字が少なくて比較に使える物少ないんで何とも言えないんですけど。だからトシさんがもし羊皮紙の地図を買ったら俺にも見せてくれませんか?」
「地図を見せるのは、まぁ良いですけど。金貨は当分使わないです」
トシは煙草の火を消すと、時計に目を走らせる。もう少し大丈夫。
「主任は、金貨は使っちゃう感じですか」
「地図の他にも面白い物あったから、ほとんど残ってないね」
トシは内ポケットから皮袋を取り出した。普段使う財布とは別の銀貨や金貨を入れる用の財布だ。手芸店で皮を買って自作した。
「うわぁ、気合入ってますね」
「このコイン見てください」
トシが手の上に取り出したのは金貨より小さな白いコイン。
「金貨の上の貨幣ですか? 白金貨とか」
「いえ、これは華金貨というらしいです」
「何枚で交換できるの」
「金貨四枚です。金貨とは模様が違います。多分、陶器だと思います」
「おー」
「それでですね、華金貨四枚でミスリル貨です」
ナカノ主任が息をのむ。
羊皮紙の地図は巨大な浪漫だが、ミスリルという響きにもおっさんになった少年の心を搔きむしる何かがある。
「しかし、金貨16枚かぁ」
「若い頃、記念硬貨とか集めていたからミスリル貨自体も欲しいには欲しいんですけどね。マスターがこう言ったんですよ。『本来ならその時のエルフとの情勢に応じて価値は変動するのですが、今は固定という事にしてあります』って」
ミスリルは何かの金属をそう呼んでいるだけなのだろうか。それとも本当に。しれっと本物がでてきそうではある。だが、精巧に作られた実在しない国家の金貨ならともかく、ミスリルは金属自体が実在しない。交換されたミスリル貨を鑑定家にもちこんだり、大学にでももちこんで解析したらどんな結果になるのか。
「全力で作りこんだ小道具を暴いちゃうのは無粋なんですけどね」
「いやぁ、でもどこまでが遊びなのかわかりませんからね。案外こういうのも何かのクエストのヒントかもしれませんよ」
そうは言いながらも。二人は思っていた。もしも、ミスリルや羊皮紙が地球に存在しない物質だったら。自分はどうしたいのか。