D級バーサーカーヤマさん 護衛任務不発
夜。
渋谷。
がっしりとした体格の男性と、その隣には女性。さらにその隣にヒョロい男性。
なにかアダルトな雰囲気でも漂いそうなものだが、そうはならない。
がっしりした体格の男性は女性を庇う様にヒョロい男性を警戒している。
だが、女性は両方から距離を取ろうとしており、防犯ブザーを掲げている。
女性の視線の先にいる両手を上げたヒョロい青年は、青い顔で跪こうとしている。
どちらかと言えば事件性の雰囲気の漂う状況。そしてがっしりした男性は大きめのスポーツバッグに手を入れており、中には何か重そうなものが入っている気配。カオス。
防犯ブザーが燦然と輝くこの状況。しつこいナンパか強盗行為のような犯罪行為の現場にもみえるが、少し違う。三人は誰も周囲に助けを求めたりせず、むしろ人目を気にしているようなのだ。
「待ってください! こんなとこでそんな武器だしたらマジ捕まりますから!お姉さんも防犯ブザーお願いやめてください」
「それ、鞄から出したらギルドに通告します!違反行為ですよ!」
隣の、さっきまで護衛するような動きをみせていた女性と青年の制止を受けて、鞄からとり出し掛けた斧を鞄に戻す。
「護衛は成功でいいのかな?」
「良い訳ないでしょ」
「そっち誘拐犯側じゃないんですか? 俺は『女盗賊の逮捕』なんですけど」
三人で顔を見合わせる。
「ちょっと話し合う必要がありそうね」
冒険者ギルドではない一般の店に入り、禁煙席のテーブルについてとりあえずビールを3つ頼む。
がっしりした男性が、注文を終えるやいなや、自分の状況を口にする。
「D級冒険者ヤマザキだ。受けた任務は『家出したお嬢の護衛』だ」
まず、がっしり体型の男性が名前を名乗り、任務内容を説明した。それを聞いて二人は、なるほどといった表情を見せる。
「だから彼女を守ろうとしたんですね。俺もD級のマチダです。採取メインでやってて、この間吸血鬼治療薬の調合でD級にあがったばかりです」
「え、なに、あれ治療薬あるの?! 私ルートヴァンパイアの潜伏場所を探るのに有給使ったのに!」
「なんだその吸血鬼って」
恐るべき速さで脱線していくが、ビールが届いたところで少し冷静さを取り戻す。
「ごめんなさいね、吸血鬼イベントの方は後で情報交換しましょ。とりあえず私はシノダ。わりと古参のC級」
最後に長めの黒髪を後ろで一つに纏めたスーツ姿の女性が名乗る。
「うぉ、C級初めて見ました!」
「ビールお代わりお願いします。あとこの厚切りベーコンとヤキソバも」
「ちょっと、あなたも驚きなさいよ、C級わりと自慢なんだから……あとこっちのチーズと赤ワイン仕立ての梅酒も頼んで」
「ヤキソバ頼むの早すぎませんか…いや、いいですけど」
マチダは、どうもこのヤマザキさんもシノダさんも我が道を行くタイプだと判断して、情報交換を仕切ることにする。就活のグループディスカッションでも仕切られる側に回る彼だったが、冒険者活動なら緊張することも委縮することもない。
「ヤマザキさんも、ピヨピヨ音が鳴るイヤホンでシノダさんを探してたんですか?」
「俺は地図上にマーカーが出てた。あと、探してたのは『家出したお嬢』だけどな。20時から終電までの時間で、そこの通り沿いっていうヒントだけ出てた。あとは近くによるとイヤホンの音の感覚が狭まる。すれ違った時の音で確信したので追った」
冒険者ギルドで貸し出されたビーコンを身に着けて、一定時間捕まらないように逃げる『逃亡者クエスト』を受注したのがOLにしてC級冒険者のシノダ。
同じく冒険者ギルドで貸し出されたビーコンを身に着けて、「対象が近くにいると音の感覚が狭くなる」という探知機を使って『女盗賊の逮捕クエスト』を受注したのがIT系サラリーマンにして新人D級冒険者のマチダ。
そして、探知機にも仕込まれているビーコンを使って、シノダとマチダ両者の居場所をGPSで確認できるスマホを貸与されて『家出したお嬢の護衛クエスト』を受注しているのが、フランス料理のコックという表の顔を持ちながら、冒険者ギルドではバーサーカーと呼ばれているD級ヤマザキであった。
「この三つ、全部はクリアできないって事ですか?」
「マチダ君から逃げきれれば、俺とシノダさんはクリアだな」
「難易度えぐくないですか?」
二杯目の梅酒を注文し、ようやくエンジンがかかってきたシノダさん。
「これ、探知機の音だけを頼りに私の事追いかけてたの?」
「そうですよ」
「D級クエストの難易度じゃないわね。私が人ごみにいたら絶対識別できないじゃない」
「逃げる方もかなり厄介じゃないですか?」
「まぁ、こっちも音だからね。でもね、その日の追跡者が何人いるかはギルドで教えて貰えてる。今日は一人って聞いたけどヤマザキさんは員数外なのね」
外見特徴などが伝わっているのなら変装をしようと考えていたシノダさんだが、探知機だけと聞いて作戦を考え直す。すでに心は「次のクエスト」に飛んでいるのだ。
「道玄坂のあたりでUターンした人がいたから近寄ってみたらビーコンの音が変わったので、ついていきました」
「あそこで見つかったのね」
「あと、このイヤホン同じのしてたので」
「髪の毛で隠すべきだった!」
このクエストでの「捕獲」の行動は、相手にギルドカードを見せればよいので、その場で見せていればマチダの勝ちだった。
しかし、冒険者で無い人がいる中でカードを見せるのは憚られ、一通りの少ない場所を選んだ為に、ヤマザキの妨害を受ける事になった。
「俺はこの……ギルドで渡されたタブレ……魔法の地図にな、二人のマーカーがあるのを見て後をつけてたんだが、どっちが護衛対象かわからなかった」
「お嬢なんだから私でしょう?!」
「変装しているかもしれないし」
「ヤマザキさんだけ僕ら二人を目視できるのか。難易度違いすぎませんかね」
「別に一日で捕まえなきゃいけないわけじゃないでしょ? こっちは追跡者が複数の場合もあるんだからね」
「言われてみれば逃げる方がキツそうです」
マチダの不満が高まるが、シノダさんの説明で納得したようだ。
「つまり、逃亡者クエストは複数の相手から逃げなきゃいけないけど、護衛という味方がいるのね。今日のクエストでは護衛対象と合流できたので捕まってない認識でいいかしら?」
「僕の負けでいいですよ。ヤマザキさんに勝てそうにないですし」
「護衛クエスト受けてる人がいない場合もありそうだけどな。あと画面上だと逃げてるのか追ってるのかわからなくて難しい。次は追跡者がいいな」
「追跡者クエストは妨害まで入るとかなり難しい気がする……クリアできる気がしない。斧とか出されて怖かったし」
「それよ! あなた武器とかアウトだからね!」
「護衛っていうからガチの戦闘があるかもしれないと思って、今日一日持ち歩いていたんだ」
「捕まりますからね!」
なんだかんだと愚痴りながらも意気投合し、冒険者の店で飲みなおそうという話になる。
ほかの客がいないのを良い事に初めて受注した三つもクエストの苦情を騒ぎ立て、護衛任務のタブレット設定が間違っていた事が判明したり。
ヤマザキが斧を取り出した事をマスターに報告され、降格の憂き目にあったり。
今日も楽しく渋谷の夜は更けていくのであった。
ウロウロしているうちに本当の犯行現場を見つけて救助に入ったりするのですが、それはまた別の話。