おっさんだらけの平成吸血鬼戦記 ~オッサニアR~
トシ D級
ナカノさん(チーフ) C級
「あの新しく来た新人いるじゃない?」
「おう、昔から居た新人がいたら見てみたいけどな」
深夜2時。鳴らない電話と安全を告げ続けるモニター。
なにかあったら対応に追われて大忙しになるのだが、何もなければそれはそれで暇で辛い。監視オペレーターの夜勤とはそういうものだ。学生とニートの諸君、一日中暇潰しする仕事もあると言うことを覚えておくといい。そして社畜のみんな、その暇の反動については黙っておこうね。
「あの新人ちゃん、平成産まれだって」
「うあ」
「それも平成三年」
「ひどいわー」
「トシさん去年も似たような話してませんでした?」
眠気さましに無駄話に興じるおっさん2人の会話に、若く見えるチーフのおっさんが混ざってきた。
ここにはトシさんと呼ばれる毛根弱者と、給料の全てを趣味に注ぎ込む車とアニメ大好きシゲル(40歳独身)…通称ゲルさん、そして名前覚えて貰えずチーフとしか呼ばれない隠しきれているつもりの隠れオタクなおっさんの3人しかいない。
何事もなければあと6時間はこのままの空気が続く。新人は激務でもパワハラでもなくおっさんの会話に耐えきれなくなることがあるという。
「子供の頃ってさ、アニメとかゲームの主人公って年上だったじゃん。それがだんだん追い越してくのって不思議な感じしない?」
「好きな格闘ゲームのキャラと同い年になった時ショックでした」
「入社した新人が平成産まれって、そのショックに近い物な気がする」
「あー、時の流れを実感させられる感じですか」
「そうそう、そういうこと!」
「おっさんになったって事ですよ」
チーフが缶コーヒーを飲み干しながらトシの髪の毛を見やる。くそ甘いコーヒーはこれで3本目だ。去年の糖尿再検査もなんのその、健康診断が終わったので油断しているのだ。
「俺はですね、テレビのタレントとかで初代のライダーみてない子が新作の主役やってたりすると感じますね」
ゲルさんは独身。歴代ライダーもプリティでキュアキュアなのも全て応援してきた大きなお友達である。
「悔しくて…ですか?」
「いや、悔しくて感じるじゃないから。時の流れというか俺もおっさんになったなぁってのを感じるのっ」
「私も宇宙刑事の映画ではネトラレ感のような悔しさを感じましたよ」
「聞けよ」
「チーフー、俺にもコーヒー買ってきて」
「甘いのでいい?」
「聞けって」
あと5時間50分。時計の進みは優しくない。
「感じるで思い出したけど、AV女優で平成産まれが登場したときはかなり興奮したよね」
「最低な話だな!」
「娘さん泣くよ?パパがこんなで」
「おい、娘出すのはよせ、反則だ」
「お前のとーちゃんロリコン」
「ハタチ過ぎた女優なんたからロリじゃねぇだろ!」
「じゃ、そのタイトル言えますか?絶対タイトルにNGワード入ってるでしょ」
鳴る電話。途端にビーチフラッグ並みの動きでワンコール以内に電話を取る三人のおっさん。勝者ゲルさん。
「はいお電話ありがとうこざいます株式会社……河合君? 君の明日のシフト分かるかって? 知らんがな」
「河合君なら明日夜勤だから間違えて朝から来るなって伝えてー」
「夜勤だってさ」
ふー、と息をつき電話を切ると再び三人の空間に戻る。
何か疲れるほどの動きをしたわけでもないのたが、緩急がつくと疲れるのだ。年だから。
ところで、この三人の会話。どれが誰の発言がんからねぇよ作者下手くそと思っている諸兄に朗報です。区別する必要はありません。年齢と髪の量などが違う位で、全員似たような感じのダメさ加減です。三つの首とおっさんの身体を持つケルベロスだと思って頂きたい。
「しかし、トシさんよく他人のシフトなんか把握してたね」
「日勤の時に借りてたDVD返そうと思ってシフト確認したんだよ」
「エロいやつですか?」
「いや、吸血鬼の。アニメの」
「それだけじゃわからんよ。いっぱいある」
アニメの話から声優の話になり誰が真の17歳なのか戦争になりかけた頃、沈黙を守っていたチーフが爆弾を投下した。
「ふと思ったんですけど、不思議じゃありませんか。去年は二人だった平成生まれが今年は6人もいるのに、昭和はだいぶ減っている……」
「何処もおかしくないでしょう?」
「いや、例えばですよ? 人狼と村人のいる村があるとしてさ、日に日に人数が減ってるとしたらその村で何か起きてるわけじゃないですか」
「その村知ってるわ。二人っつ減ってく村だ」
「君らその系のゲーム好きだよな」
「つまり、『昭和生まれ』が減り続けているという異常現象の原因があるのでは」
チーフは電源有りゲームも非電源ゲームも大好きなのは有名だった。隠しているつもりらしいが。
「さっきの話の流れでいうと、あれか。平成は増える、昭和は減る。『平成生まれ』に噛まれると『平成生まれ』になってしまうという事か」
眼鏡をくいっとさせながらキメるトシオにニヤリと笑みを返すチーフ。
「心まで平成生まれになってしまう前に…殺してくれ! とか言いたいわ」
「俺は腕の傷を隠しながら、噛まれてない! 俺は平成生まれに噛まれてなんていないんだ! とか喚きながら後ずさりしますね」
「会社内で生活する部活作ったりすんのはダメかな」
「平成生まれってウイルスかなんかなの?」
「日記書いてから、部屋の外まで平成生まれが来たようだとか言って拳銃をこめかみに当てるとかもありですか?」
「街ごと核で浄化するだと! まだ昭和生まれだって生きてるんだぞ! って電話越しに叫ぶのが夢です」
「なぁ、お前さん達は頭がおかしい自覚があるのかい?」
交代要員が来るまで5時間30分。このテンションのままイケるのか。
30分後、吸血鬼は化け物出あるべきか美少女であるべきかの激論に疲れたゲルさんがコーヒー買いに行った隙に、チーフが椅子の背もたれを抱えるように座ったままにじり寄ってくる。
「トシさん、今ギルドカードありますか?」
「あるけどどうしたの?」
「何も言わずに出して貰えると嬉しいです」
この人こそ、本来渋谷に配置するはずの『薬草カード』を会社の周辺に配置していた人だ。それはおそらくトシオがE級の頃に拾っていたカードだろう。冒険者ギルドの窓口を教えてくれたのもチーフなので、職場でも冒険者としても先輩だ。真面目に頼まれるのであれば出来るだけ聞きだい。聞くだけで断る可能性はあるにしても。
トシオが冒険者カードを取り出すと、チーフはそのカードを裏返すと、べたりと判子を押し今日の日付を書いた。
マルで『噛』という字を囲った判子である。意味がわからないトシオにチーフがゆっくり解説をしていく。
「俺ね。今、吸血鬼なんだ。冒険者ランクE級の『薬草集め』とD級の『薬草群生地調査』みたいに、相互補完するクエストがあってさ。今、噛ませてもらった。冒険者を三人捕獲してカードを見せて貰って判子を押すっていうのが必要で、トシさんで三人目。ありがとう」
「え、俺どうなっちゃうの?」
「この判子をギルドで見せると新しいクエストが解禁されるよ。吸血鬼に噛まれた人を直す薬の材料集め。薬手に入らないままランク上げれば……」
「まった!」
手のひらを広げてチーフの顔の前に突き出す。
「それ以上は言わなくていい。自分で知りたい」
チーフはニヤリと笑った。
「いやぁ...わかってるねぇ。トシさんのノリは実に馴染〈・・〉む」
トシオはひょいと肩を竦めるとこう返した。
「こんなによい夜だもの。血くらい吸いたくなるさ」
も、こういう話ばっかり書いてたい