金縛り
当然眠れなくなってパソコンを立ち上げた訳ですが、気分は最悪です。気を紛らわす一心で書いた為に多分色々と滅茶苦茶な文章になってます。
何も見えないと言う事は、時に見える事よりもはっきりとした何かを映し出すというのは確からしい。幽霊の正体見たり枯尾花とは言うが、逆に草木を草木と認識できないと、それは何にでもなり得るのだ。そんな事を感じたのは、ちょうど金縛りに遭った晩であった。
巷で聞く恐怖体験としての金縛りとは違い、思ったよりも恐怖感は無い。ただ、「ああ、体が動かないな。これが金縛りと言う奴か。」と思う程度である。体を動かしたいのに動かせないというのは中々気持ちが悪い。ただ目は開いていたらしく、見知った天井から、どうやら夢では無いらしい。
このまま寝てしまえたら明日には忘れるような事だろう。それこそ変な夢でも見たと思う程度か。そんな思いとは裏腹に、中々意識ははっきりと保たれている。する事もないので、そう言えば話に聞くような体にのしかかる重圧感は感じないな、等とどうでもいい事を考えていた。
その時である。左耳の内側から何かが聞こえてくる。半分電子音が混じったような、抑揚のない女性の声。はっきりとは聞き取れないが、何かを呼びかけているような声。当たり前の話だが、部屋には寝ている自分以外誰も居ない。そんな音を発する機器の類も、当然持っていない。いよいよ困った事になってしまった、と過ぎた今思えば随分呑気な事を考えていたものである。
動く目と聞こえる耳と来れば、次に来るのは喉の渇きである。冷静ではいたものの、やはり訳の分からない状況と言うものは怖い。かつて人類が自然災害に神を見たように、今暗い部屋と謎の声と動かない体から連想されるものは、あまり気分のいいものではなかった。
しかし目が暗闇に慣れるように、次第に耳の中から聞こえる妙な声もだんだんと聞き取り易くなってきたらしい。自分では何もできないと言う状況は悪い事ばかりではなく、むしろ諦めに近い冷静さを授けてくれる。こうなったらとことん向き合ってやろうではないか。誰に聞かせるわけでもない決意を胸に、耳の中に耳を澄ませた(声の主は耳の中にいるのだから、こう形容する他ないので諦めて欲しい)。
『…の …に …ります …の…を』
とは思ったものの、はっきりと聞こえるまでには至らない。どうやら外国語の類では無いのだが、安心していいのだろうか。前例も無ければ状況を楽しむ度量も無い為にただ聞く努力をする他に道は無い。どうせ体は動かせないのだ。
そう言えば、体はともかく目は動く。ベッドの上からという立地上、いつもの視点とは少し違うものにはなるが、歯切れの悪い声と向き合うよりも気分はまぎれる。右側が壁になっている為、必然的に左側を見る事になる。ちょうど声が聞こえてくる左側である。
あれは何だろう。見たことも無い何かが目の前に映っている。部屋は暗いため、正確には薄い光のようなものが浮かび上がっている。その光に意識を向けた途端、例の声が唐突に形を帯び始める。
『明日の 18時に 回収に 参ります。 どうか 出発の ご準備を。』
霊的なものやオカルトじみたものに対しては全く知識は無いが、とにかく体を動かさなければ大変な事になる。遅いのか早いのかはともかく、この時になって初めて恐怖と焦りを覚えた。しかし、金縛りと言う名は伊達では無いらしく、指一本はおろか、眉すらも動かせる気がしない。こうなってしまえば恐怖は加速するばかりで、目に映るぼやけた光が、頭の中で様々な化物に変身しては掻き消える。
一瞬光が人型に見えた所で、激しい頭痛と共に体の自由が戻ってくる。こうなれば眠気などあったものではなく、無意味に家中の電気を付けては闇を追い払おうと動き回る。目は冴え、耳は痺れ、喉からは唾が失せている姿を鏡で見なかったのは、あるいは良かったのかもしれない。今度は鏡の中で動き回る何かに怯える事になったであろうから。
まあパソコン画面に向き合って文字打ってちゃ余計に目が冴えますよね。ちくしょう。