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「不安人」10円小説家で検索

掲載日:2014/04/13


「不安人」10円


 ここは、病院の待合室。多くの患者が診察を待っていた。院内は、無機質な作りで、老朽化している。平日なので、男性や若者は少なかった。看護師が次の患者の名前を呼ぶ。

「Fさんどうぞ」

「はい」

白いカーテンの奥に案内された。丸い椅子に腰かける。F氏は、周りをちらちら見て、落ち着かない様子。医者は、眼鏡をかけた初老の男。

「今日は、どうされました?」

「先生、不安なんです」

「不安とは?」

「階段を降りると、転んで下まで落ちないか。エレベーターに乗り込もうとすると、ドアに挟まれないか。道を歩いていたら、マンホールの蓋が外れていて、穴に落ちるかもしれないと。横断歩道を渡るときは、車にひかれやしないか。電車に乗る時は、ホームから線路に転落しそうで」

「それは、重症ですね」

「聞いて下さい。部屋を掃除したらゴキブリが出ないかとか。ガス漏れが起こり、発火しそうな。軽い地震でも、床が抜けるんじゃないか」

「かなり、悩まれていますね」

「とてつもなく。工事現場の足場の近くでは、私の向きに倒れてこないか。マンションの側を通ると、植木鉢が頭上に落ちやしないか」

「妄想癖がひどいですな」

「癖じゃありません。日常です!人とすれ違うだけで、財布をすられないか。友人と喫茶店で、コーヒーを飲むときは、ひっくり返しそうで。ビルの屋上に人影を見ると、飛び降りやしないか。とにかく不安です」

「わかりました。F氏のような症状は、不安を取り除くのが一番です。不安が無くなる薬を飲みますか?」

「ええ、ぜひ」

「お薬出しときますね。それではお大事に」

医者が、机に向かってカルテを記入していた。

「先生、ありがとうございました」

F氏は、椅子から立ち上がり、ロビーに戻る。


 F氏は、ソファーに座り会計を待っていた。

「Fさん」

「はい」

「今日は、592円になりますね」

「本当に592円です?もっと安いのをわざと高く言っていませんか」

「いいえ、こちらの医療明細書を見て下さい。同じ金額でしょう」

「確かに」

「処方箋は、薬局にお出し下さい」

「ありがとうございました」

「お大事に」

F氏は、病院を後にした。


 F氏は、薬局に入った。受付に、処方箋を渡す。

「Fさんお預かりします」

「よろしくお願いします」

「おかけになってお待ちください」

「このまま、一時間も待たされませんよね?」

「大丈夫ですよ。十分もかかりません」

「嘘じゃないですよね?」

「真実です」

「では、立ったまま待っています」

F氏は、薬剤師を睨んだまま、五分ほど待った。

「Fさんお待たせしました」

「あ、はい」

薬剤師が、赤い薬を指差した。説明してくれるようだ。

「こちらの錠剤、ナイトコマールが食後一日三錠です。効能は、不安を取り除きます」

「毒じゃないですよね?」

「ナイトコマールは、お薬でして。効能は、不安を取り除きます」

「わかりました」

薬剤師が、銀色の袋を指差した。

「で、こちらの粉薬ウタガワーヌが、食後に一日三回服用してください」

「それは、体に害がありませんか?」

「体に優しい漢方薬ですから、ご安心ください。効能は不安を取り除きます」

薬剤師は、黄色い薬を指差した。

「こちらのカプセル、キオクナクナールは症状のひどい時に、一日一錠だけ飲んでください。けして、二錠飲まないようにご注意を」

「二錠飲むと、頭が痛くなりますか?」

「二錠飲むと、お腹が緩くなります。効能は不安を取り除きます」

「副作用は、たいしたことないですね」

「ですね。容量用法は、正しくお使いください。それぞれ、一週間分出しておきます」

「はい」

「今日のお薬代は、810円になりますね」

「実は、800円?」

「いいえ、お薬の領収書をご覧ください」

「なるほど、810円と書いてある」

「ご納得いただけましたか?」

「はい」

F氏は、薬の入った袋を受け取る。

「お世話になりました」

「いえいえ、お大事に」

F氏は、薬剤師の言うとおりに薬を飲み続けた。ひどい時には、キオクナクナールも服用し、不安の療養に努めた。


 一週間が過ぎ。平日の病院は、お年寄りや女性ばかり。

看護師が次の患者の名前を呼ぶ。

「Fさんどうぞ」

「おはようございます」

医者は、F氏の表情を観察する。

「おはようございます。その後、不安は解消されました?」

「おかげさまで、不安は微塵もありません」

「よいじゃないですか。今日はどうされました?」

「先生、不安がないことが不安です」

「それは、Fさんが元気な証拠です」

「まったく不安が無いです、生きていても安心しかないです。このままでは、退屈に支配されてしまう」

「では、不安になる薬を飲みますか?」

「ええ、ぜひ」

「その他、症状はありませんね?」

「健康体です」

「お薬出しておきます。それではお大事に」

医者が、机に向かってカルテを記入した。カルテには、不安有、不安無と繰り返し書かれてあった。

「先生、ありがとうございました」

F氏は、椅子から立ち上がり、ロビーにもどる。




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