砂浜疾走
時間移動恋愛ものです。
砂浜走
望遠鏡を覗いた先に、少女が立っていた。思わず望遠鏡を目から離し、地平線に向かって手を振る。もう一度望遠鏡を覗き込むと少女がこっちに手を振り替えしているのが分かる。もう片方の手に双眼鏡を持ちながら。
少女は双眼鏡をリュックサックにしまい、またこちらを向いた。そして手招きをして向こうの方へ走っていった。
走らなければならない、と思った僕は望遠鏡を背負って、少女を追いかけ始めた。
印鑑には『現在』と彫られていて、紙には『過去』と押されている。現在はその瞬間に過去に変わってしまうから。印鑑は足跡に似ている。しかし、足跡は突然に過去に変わりはしない。それを言うのならば足跡は過去であり、俺は現在である。
俺とは誰か。俺は正体を名乗った瞬間にその正体から別の正体に変わる、もしくは、誰かが俺の正体を知った時に正体が変わるのが俺の正体である。俺はこの瞬間正体が変わってしまうのが偽となり、俺という正体がいつか分かってしまう。俺足跡は変化が以上に激しいが、俺は永久である。
つまり俺の言いたいことは、俺の意見はころころ変わると言うことであり、別に俺の不変性を説いているのではない。
生存する物には必ず存在意義があるという。その意見を肯定するには俺が必要だ。この世界に生きているのならば、その意見を否定するのは簡単だ。
俺がこの世界に存在していないから。
残念だが、人間はこの世界に俺を見つけていない。勿論そうである。俺は隠れている。時には海底で蟹と戯れてみたり、何億光年も彼方の星の砂で城を造ったり、電車内で女性の隣に座ってみたりするが、人間があっと思ったときには俺の正体は変わり、俺だったものは蟹を食べようとする魚に変わったり、宇宙人になったり、女性の友達となる。俺に出会った人間は気のせいかなとでも思い、ツチノコに遭ったような気分になる。
この紙に俺が存在しているではないか。そう言う人がいるかもしれない。しかし俺は俺でなくなる。つまり俺は俺にもなれるということだ。しかしその俺は本来の姿の俺ではないということは当然である。
僕は砂漠を疾走する。砂の上を走るのは大変疲れる。それでも少女に追いつかないのは確かで、それもずっと先の方にいる。僕が走ったあとに砂嵐が巻き起こる。少女が走ったあとにも砂嵐が出来る。少女の砂嵐は僕には物凄く小さく見える。でも感覚で分かる。少女の砂嵐はとんでもなく大きいことが。すべての砂漠の砂を吸い上げているんじゃないかと思うくらいだ。しかし僕の砂嵐も砂漠の砂を吸い上げている。
僕は彷徨っている白馬に会う。白馬は僕を追いかけてきて言う。
「目的が何もないのです。」
僕は走りながら答える。
「背中に僕を乗せて少女を追え。」
白馬は喜んで僕を背中に乗せ、砂漠を爆走する。途中でトカゲさんと待ち針さんに会う。
トカゲさんは走りながら
「私もお供させてください」と言う。僕は駄目だ、と言う。少女が気持ち悪がるから。
待ち針さんも走りながら
「私もお供させてください」と言う。僕はいいよ、と言う。少女が転んでドレスが破けたときに君は使えるから。
そうこうしているうちに少女の砂嵐が非常に大きくなってきた。僕は白馬にもっと速く、と言う。白馬はこれが限界です、とゼイゼイ言いながら加速する。
僕と白馬と待ち針さんは少女の黒い砂嵐に突入する。
変換です、と俺は答える。メノイケルスは質問を繰り返す。
《あなたはここで何が出来ますか。》
変換です、と俺は答える。メノイケルスは質問を繰り返す。
《あなたはここで何が出来ますか。》
俺は立ち上がって変換を開始する。
「変換です。」と俺は答える。芽野伊、蹴る酢は質も无尾久里か江州?
【穴田箱子で菜荷蛾で着ます化。】
俺は歩き出す。俺の勝ちだ。体全体が化学の教科書になってしまったメノイケスルはページの間からコーヒーを垂らして動けないでいた。もうすぐ州警察が来るころだ。変わり果てた同僚を目にして最初は気付かないであろう。気づいた頃には俺は特別指名手配犯だ。
俺は重い体を引き摺って、テーブルの上にあった、冷めたカレーを二口ほど食べて、逃走の準備をした。当分、変換は出来ないであろう。乾パンを二つ黄色いリュックに入れ、サングラスにマスクをして家を出て行った。
白馬は砂嵐の中で目を開けられないようだった。もちろん、砂が目に入るからだ。僕も目は開けられないので、待ち針さんが方向を指示した。待ち針さんには目がないからだ。そんなんで方向が分かるのか、と聞いたら、全て勘です、と単調な声で言っていた。どうせ道は一本しかないのだし。
僕は顔にへばりついている物の存在に気付く。ゴーグルだった。白馬と僕はそれを装着し、辺りを見渡すと、砂嵐に覆われた町の中だということが分かった。少女の影が見えるようになっていた。
「白馬よ、あれだ!」と僕は指を指すと、待ち針さんは違う、と言い、あれはトカゲさんです、と言った。
いったいなにが起こったのか全く分からない。仕方ない、目を瞑っていたのだから。
俺は全てを飲み込んでしまいそうな川の橋の手すりに寄りかかっていた。パトカーのサイレンが遠くに聞こえる。家を出てから色々なことがあった。
まず、排水溝にサングラスを落とした。その後州警察に追いかけられて、息苦しくてマスクを外して捨てた。路地裏を全速力で走っていたら猫を踏んで猫にまで追い回された。リュックに入っていた女性の裸の写真で抜いた。儀式が終わろうとしたときに女性州警察に見つかった。写真を落とした。また路地裏を走っていたら、友達にあった。友達も州警察だった。
で、ここまで国道を走ってきたというわけだ。
川を覗き込む。川はどぶ水で真っ黒に染まっていた。品のない黒だ。もう少し赤や紫をいれると落ち着く色になる。
手すりの上に上る。背後でパトカーのドリフトする音が聞こえ、それを最後に俺は飛び降りる。川は俺を迎える。
白馬はへとへとになっていて、僕も、待ち針さんも何か起こりそうで起こらない現実にいらいらしていた。白馬はとうとう走るのを止め、僕に向かって言った。
「もう無理です。彼女は速いし体力があります。」
僕は分かった、と言い、白馬から降りる。その拍子に白馬が倒れる。
「最後の時間は充実していました。」
白馬は、そう言うと目を瞑って動かなくなった。しかし、ぼんやりとした白馬が冷たくなる白馬から出てきて、軽く会釈をして曲線を描きながら歩き出した。
僕は待ち針さんを手にとって、白馬の心臓に突き刺した。
待ち針さんは、ばいばいと言って、その場に留まった。
僕は走る。彼女を追って、どこまでも。
俺は落下中だ。周りには何本もの決して交わらない道がもの凄い量あった。
俺は落下中だ。俺は今、一つの道を創り始めている。そして後ろを歩く者は誰もいないことを知っている。決して交わらないから。
パトカーのサイレンが後ろで聞こえる。振り向くとパトカーがぐるぐる回転しながら俺を追いかけてきた。パトカーだけでなく、州警察の警官もたくさんぐるぐる回りながら追いかけてくる。追いかけているのではなく、ただ落下しているだけかもしれないが。
俺はふと思いつく。これは俺が中心となって出来ている竜巻のようだ。ただ、そんな感じがするだけであって、本当にそうではないが。
俺の落下はずっと続く。暇すぎたので、バックを背中から外して、乾パンを取り出す。乾パンにかぶりつくと、上の方でパンッと乾いた音がしたので振り返ると頬を何かが擦った。とっさに俺は乾パンを口にほおばり、バックを背負い直し、完全に地面に垂直になるように頭を下にした。どんどん加速していく。道がとんでもない速さで遠ざかっていく。落下中にさっき頬を掠めた銃弾がくるくる回転しながら通り過ぎていくのが見えた。俺の方が銃弾より速いということだ。
何かが足を掴んだ。仰向けの体勢になって確認すると、州警察の輩だ。州警察はパラシュートをいきなり開くと、Gが体に掛かり、目眩がした。州警察はさらに、片方の手で銃口を俺に向けてくるので、俺はなにも出来ない状況にいた。変換さえ出来る力が残っていればとは思ったが、そんな力は勝手に生成する物ではない。
時間が引き延ばされた。俺は何かが起こらないかと願い、州警察は銃口を俺に向けている。
州警察が引き金を引こうとした瞬間、パトカーが州警察の頭に直撃した。勿論俺にも直撃したが、何も問題はない。
俺はパトカーを蹴って、再び落下に戻った。主人公の運は限りなく良いに決まっている。そしてまた危機に晒される。
今度は何人もの州警察がアサルトライフルかマシンガンだか分からないが、連射機能のある銃を持っていた。
あり得ないほど運が良いので、背中に何かが当たった。背中に手を回すと、ショットガンがあった。州警察が銃の弾を装鎮し、乱射し始めた。何回も擦ったが、俺もショットガンを撃ちまくった。ショットガンは確実で、一発撃つ毎に、一人ずつ血と肉の塊となっていった。
離されている、と思ったのは少し前のことだ。白馬がいた頃は、少女を目で確認することは、可能ではあったし、今は、砂嵐も向こうに見える。
僕はスピードを上げた。腕を振り、足も確実に地面を捕らえていた。僕の後ろでは砂嵐がより大きくなり、体は飛んでいるように軽かった。しかし、差は縮まらなく、むしろ差は広がっていた。
城に少女が入ったのが分かった。砂嵐が消えたかと思うと、その先に城があったからだ。僕は砂を蹴って、全速力で走り続けた。
背中が何かに衝突をして、俺の落下は終了した。砂の上だった。背中の痛みに耐えながら、よろよろと立ち上がって、歩き出した。と共に、してはならないことをしてしまったと、冷や汗をかいていた。
あとから、どさどさとパトカーや州警察が落ちてきた。みんな動かない、と思ったら、砂に飲み込まれていって、消えていった。
俺は俺が飲み込まれているのを気づくのが少しばかり遅かった。腰まで来ていた砂から抜け出すことはどうしても出来ない。もがいてももがいてもどうすることも出来なかった。やがて俺は砂に引きずり込まれてしまった。目を瞑っていたが、じゃりじゃりした砂は非常に気持ちが悪い。
砂の層から抜けて、俺はまた落下した。下にはまた砂漠が見えていた。どうせ同じ事の繰り返しだなと思った。
城に到着した。立ち止まって、息を整えた。息を吐いて、右足をあげた瞬間、時間は過去方向に向かい始めた。僕はまた、砂漠を走り出す。しかも後ろ向きで。
さらに足がどんどん上がらなくなっているのが分かった。というのは砂に引きずり込まれているからだ。
少女の路に繋がっているんだと思った。走り続けたことが無駄では無くなった。
砂の層を抜けると、砂漠に落ちた。起き上がると近くに少女の手首があった。手をつかんで、うんとこしょと引っ張り上げると、少女は顔を背けながら、遅い、と呟いた。
拙い文章ですが、読んでもらってありがとうございます。
ちなみに、書いたのは2012年6月頃です。