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姫百合の乙女と女タラシ

 姫百合女学院──そこは、教会が設立した女学校である。

 貴族の女子はもちろん、一般でも一定の学費が支払えれば身分を問わず入学を許可している。

 また、たとえ孤児であっても教会の推薦があれば、生徒として授業を受けることが可能だ。その場合、学費その他の費用は全額教会が負担する。

 そして、ここは完全寄宿制である。

 外界から離され、優秀な教師陣から女子教育をみっちり受ける彼女達は、将来は嫁ぎ先の家を、または国を支える役人として、有能な人材となることを期待されているのだ。

 とはいえ、毎日がそれでは息がつまる。

 閉め切った室内では、新鮮な花もすぐに萎れてしまう。

 そのため、月に一度は彼女達を街に出して自由にさせた。

 見聞を広めてきなさい、という名目で。

 今日は、そんな日である。


 女学院の生徒達は、馬車で街まで行く。

「お天気が良くて安心しましたわ。先月はひどい大雪でしたから、お出かけできませんでしたもの。ねえ、カサンドルさま?」

 扇子で口元を隠し、見るからに上品な少女の名を、ベルナデット・カソヴィッツという。伯爵家の娘で11歳だ。

 一方、カサンドルと呼ばれた少女も伯爵家の娘である。

 扇子は持っていないが、彼女もベルナデットに劣らない綺麗な微笑を返した。

「そうね。お出かけするなら、やはり晴れの日がいいわね。私、それでも先月はどうしても街に行きたくて出かけたのよ」

「まあ、そうでしたの。大変だったでしょう? 知らなかったとはいえ、お風邪を召したご様子もなく何よりでしたわ」

「寮に戻ってから、大急ぎではちみつ酒を飲んだり毛布にくるまって体を温めたのよ。……とても人には見せられない姿だったわ。ベルナデットさんに見つからなくてよかった。心配させてしまうもの」

「いいのよ、そんなこと。大切な友人の心配は、心配のうちには入りませんわ。おっしゃってくだされば、お帰りになってからのお世話をいたしましたのに」

「あなたにそんなことをさせたら、お父様に叱られてしまうわ」

 穏やかに進む会話を、カサンドルの隣でおとなしく聞いているジゼル・シュレッサー。

 子爵家の娘だから出しゃばらずに黙っている……のではなく、馬車を降りた後のカサンドルが何を言うか、手に取るように見えて諦観の域にいた。

 この2人は幼馴染である。

 よりによって、どうしてベルナデットと同じ馬車に乗るはめになったのか。

 ジゼルは白々しい微笑みで応対する幼馴染を、あえて視界から外した。

 やがて、馬車は停まった。


「ふん、相変わらずピーチクパーチクうるさい女ね!」

 これが、馬車を降りてジゼルと2人きりになった後にカサンドルが発した最初の言葉である。

 思った通りのセリフにジゼルは苦笑しか出ない。

 カサンドルはなおも、機嫌の悪さを隠さずに言った。

「いつか、あの化けの皮を剥いでやるわ! あの胡散臭い笑顔、気持ち悪いのよ。こういうの、街の人は何て言ってたっけ? キモい? ヤバイ?」

「知らないわ。そんなきたない言葉は使わないで」

「なによ、ずっとだんまりで助けてくれなかったくせに」

「八つ当たりしないでよ」

「受け止めるくらいの器の大きさを見せなさいよ。──まあいいわ。あんな女のことは忘れて、行きましょう」

 勝手に話をまとめて、さっさと歩き出すカサンドル。

 ジゼルは軽くため息をつくと、すぐに彼女の後を追った。

 2人が歩く商店街はいつも賑やかだが、今日は特に賑わっているように見えた。

「お祭りでもあるのかしら」

 カサンドルが呟いた疑問に答えたのはジゼルではなく、また他の学友達の声でもなかった。

「パンまつりをやってるんだ。よかったら、お勧めの店に案内するよ」

 快活な男の子の声に顔を向けると、愛想の良い笑顔でカサンドルとジゼルを見ていた。

 いきなり親しげにかけられた声に、カサンドルは不信感いっぱいの目で、彼を上から下まで値踏みするように眺めた。

 身なりに乱れたところはない。ふつうの家の子に見える。歳は自分達と同じくらいか。

 斜めにかけている鞄は古びているが、庶民の子の持ち物としては珍しくも何ともない。

 だが、カサンドルの視線が男の子の足元に落ちた時、思い切り眉間にしわが寄った。

 足枷ではないが、両足が紐で繋がれている。

 奴隷か、とカサンドルは思った。

 男の子もカサンドルの視線に気づき、これかと頷く。

「これ、訓練なんだ。気にしないで」

「気になるわ。何の訓練なの? あなたの所有者の印じゃないの?」

「言っとくけど、俺、奴隷じゃないよ。これは、歩幅を矯正するためにやってるんだ」

 男の子の説明は、しかしカサンドルにもジゼルにも理解できないものだった。

 首を傾げて顔を見合わせる2人に、男の子は明るく笑う。

「俺の将来のために必要なんだ。他にもスケッチとか計算とか」

「ふぅん。よくわかんないけど忙しそうね。私達とおしゃべりなんかしてていいの?」

「いいのいいの。今、休憩だから。俺はクラエス。とっておきのパン屋に連れてってあげる。こっちだよ」

 2人は了承した覚えはないのだが、クラエスは勝手に決めつけて歩き出してしまった。

 ついていく義理はないが、せっかく会ったのだからとカサンドルはついて行くことにした。

 2人がついて来ていることを確認したクラエスは嬉しそうにすると、名前を聞いてきた。

「カサンドルちゃんとジゼルちゃんか。いい名前だね。ねぇ、後で記念に似顔絵描かせてよ」

「……描けるの? もしかして、あなたの訓練て絵描きになること?」

「でも、絵描きになるのに歩幅の矯正は必要ないんじゃない?」

 ジゼルの指摘にカサンドルは、それもそうかと頷く。

 クラエスからの返答はない。

 その代わり、ここだよと言って立ち止まって、ある店を示した。

「わあ! すごいおいしそう! ジゼル、あなたの好きなジャムサンドがあるわよ」

「ジャムの種類もいっぱいね! どれにしようか迷っちゃうわ」

「全部買えばいいじゃない」

「そんなに食べきれないわよ」

「じゃあ、こうしましょ。全部買って、分け合って食べるの。これなら残すこともないでしょ」

「でも、そうしたらカサンドルが食べたいものは? チーズパンやミートパイ、食べたいんじゃないの?」

「ん……」

 そう言われてしまうと、名残惜しくなってしまう。

 その時、クラエスが会話に加わってきた。

「カサンドルちゃんが欲しいものも買って、俺も食べるのに参加するよ。それでどう?」

「……あなた、たかる気?」

 カサンドルの冷たい視線に、クラエスは苦笑する。

「ちゃんと払うって」

「いいわ、あなたの分は私が出す。案内してくれたお礼よ」

「え、それはダメだよ。女の子にお金出させるなんて──」

「うるさいわね。お礼だって言ってるんだから、素直に受け取ればいいのよ」

「俺、何だかキミに惚れそう」

「世迷言はいいから、さっさと買うわよ。クラエス、どこかゆっくり食べられそうなところ、連れてってね」

 テキパキと指示を出し、トレイにパンを載せていくカサンドルの後ろ姿を見ながら、クラエスはジゼルに囁いた。

「カサンドルちゃんて、いつもあんな感じ?」

「どうかな。私にとってはいつも通りだけど、学院では少しだけ猫被ってるから」

「へぇ。じゃあ、俺には素顔のままを見せてくれてるんだ」

 嬉しそうにしているクラエスを、ジゼルは前向きな人だなと思った。

 カサンドルにとって、クラエスは気を遣う価値もない相手だった、とは考えなかったようだ。

「買ってきたわよ。どこへ行けばいいの?」

「向こうに広場があるよ。ちょっと人が多いから、はぐれないようにね」

 クラエスは、とても自然にカサンドルからパンの詰まった籠を引き取ると、この店に来た時と同じように人を縫うように歩き出した。


 広場のベンチで3人はカサンドルを真ん中にして座り、買ったパンを食べていた。

「2人は姫百合の生徒だよな? そのリボン、そうだろ?」

「ええ、そうよ」

 姫百合女学院の生徒は、その証として白いリボンを胸につけている。

「そこって、どんなことしてるの?」

 クラエスは興味津々に聞いてきた。

「まず、読み書きと計算ね。そもそも、これができなきゃ入学できないわ。それから、読書。あ、読書って言っても子供が読むようなやつじゃないわよ。叙事詩とか抒情詩、神話とかだからね」

「他には刺繍にお花の生け方、育て方、お庭の整え方に、お客様のおもてなしや招待された時の作法にダンス、楽器、歌唱、武術。それから……」

 カサンドルの後を引き継いだジゼルがさらに続けようとするのを、クラエスは慌てて止めた。

「ま、待って。そんなにやって、休む暇なんてあるの!?」

「当たり前でしょ。ちゃんと休むことも勉強の一つよ」

「窮屈じゃない?」

「逆に聞くけど、あなたのそれは窮屈じゃないの?」

 カサンドルは、クラエスの足元を指さす。紐で繋がれた足首を。

 クラエスは何かに気づいたようにまばたきをした。

「そっか。姫百合の女の子達も俺も同じか」

 場所は違っても、将来のために学んでいることには変わりない。

 カサンドルは満足そうに微笑んだ。

 すると、クラエスが次に興味を持ったのは、カサンドルの目標だった。彼女は何を目標に学院で勉強しているのか。

「ふふん、そう簡単に教えるわけないでしょ。さ、食事も終わったし、他のお店を見て回りましょ」

 カサンドルはサッと立ち上がり、人で賑わう通りを指さした。


 パンまつりというだけあって、パン屋ではない店先にもさまざまなパンが売られていた。

 中には、一口サイズの揚げパンをおまけに、その店の商品を売っている店もある。

 ところで、カサンドルとジゼルが店々を覗くたびに驚かされたのは、クラエスの顔が広いことだった。

 どこの店に入っても、必ず声をかけられている。

 特に女性に。

 年齢にもまた幅がある。

 若い女性はもちろん、年配の女性やその孫らしき幼い女の子、すっかり髪が白くなったおばあさんまで。

「あなた、すごいのねぇ……」

 たった今入った雑貨屋のおかみさんにもにこやかに挨拶をされたクラエスに、カサンドルはただ感心するしかない。

 クラエスは何故そんなことを言われたのかわからず、きょとんとした。

「何かすごいことあった? 女の人に挨拶をするのは当たり前だろ? 彼女達の笑顔に俺はいつも元気をもらってるんだから」

 とたん、カサンドルとジゼルは物理的にも心理的にもクラエスから距離をとった。

「ちょっと、何で離れるの!?」

「やだっ、寄らないで、この女タラシ!」

「私、生まれて初めて見たわ……これが女タラシなのね」

「おーい! 女タラシと一緒にすんなよ! 俺はあんなんじゃない!」

「違いなんてわかんないわよー。ジゼル、逃げるわよ! ばい菌が移りそうだわ!」

「それは大変ね!」

 カサンドルとジゼルは、クラエスをからかうように笑いながら走り出す。

 クラエスも急いで追いかけた。

「こらー! 誤解したまま逃げるなー!」

 はしゃぎながら追いかけっこをするうち、3人は路地に入り込んでいた。

 通りの喧騒も遠のき、ひと気のない寂れた路地の様子に、さすがにまずいと3人は足を止める。

「戻ろう」

 短く言ったクラエスに、反対はない。

 今度は3人は一塊になって歩いた。

 ふと、カサンドルの目が脇に無造作に置かれている麻袋にとまった。

 何の変哲もない、ただの麻袋。

 何かが入っているのが見てわかるが、それが今、動いたように見えたのだ。

「ねえ、あの麻袋、何が入ってるのかしら」

 カサンドルは2人を呼び止めた。

「知らないよ。それより早く行こう」

 答えたのはクラエス。立ち止まったカサンドルを促した。

「あの袋、動いた気がするの」

「怖いこと言わないでよ。早く行きましょう」

 今度はジゼルがカサンドルの手を引いた時、ピクリと確かに麻袋が動いた。

 3人はビクッと肩を震わせ、顔を見合わせる。

 やがて、カサンドルはおそるおそる麻袋へ近づくと、袋の口をそっと開いた。

「おい、やめとけって」

 クラエスが止めるが、カサンドルは聞かなかった。

 仕方ない、と、ジゼルとクラエスもカサンドルの後ろから袋の中を覗き込む。

「よく見えないわね……」

「ちょっと貸して」

 カサンドルと場所を入れ替わり、クラエスは袋の紐を引き、口を大きく開けた。

 とたん、3人は息を飲む。

 中にあったのは──いや、いたのは異種族の子どもだった。

「やべぇだろコレ……」

 うめくようにクラエスが言う。

「役人に知らせるべき?」

 カサンドルが袋の中の子どもを、痛ましいものを見るような目で見つめながら言った時、遠くから怒鳴り声が聞こえた。

「お前らそこで何してやがる!」

「持ち主だ、逃げるぞ!」

 クラエスがカサンドルとジゼルの手を掴み、走り出す。

 ──が、すぐに転んだ。

「何やってるの! ……ああもうっ、そんな紐くっつけるてるからよ! 切るわ」

「待って! これ切ったら師匠に殴られる!」

「師匠に殴られるのと、あいつにぶっ殺されるのと、どっちを選ぶの!? もうっ、切ってる時間なんかないわねっ」

「うおっ!?」

 なんと、カサンドルはクラエスを担ぎ上げた。

「姫百合の女をナメんじゃないわよ!」

 カサンドルは猛然と走り出す。

 横に並んだジゼルがクラエスから鞄を奪うと、

「こっちよ!」

 と、カサンドルを先導するように前を走った。



番外編第1話 終



不定期更新となります。

よろしくお願いします。


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