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◇論理迷彩

◇論理迷彩


・不世出の才 長谷部卓(作家)

 随分昔に素人の企画として出発したこの賞がここまで大きくなったことは、当時を知らずとも感慨深い物がある。今年は特に応募作が多い年であった。ゆえに残念ながら水準に達していない作品も多数あったと聞く。しかしながらパイが大きいと云うことはその逆もまた真であり最終選考に残った五作品は良かれ悪しかれ各自それぞれの味を出していた。講評は読んだ順に行う。

 加藤時政『かくも赤いあの星に』は宇宙開拓ものである。人類の叡智を集めてなお今はまだ中間圏にプラットフォームを建設するだけに留まる宇宙への夢が、この小説には詰まっていた。既存の技術である軌道エレベータとプラットフォームを結ぶ繋留索の技術的な問題点とその克服から始まり、有人であることのリスクを飲んでまで人を宇宙へ――火星へと送り出そうとする心意気を語る序盤、探査で降り立った火星で降りかかる災厄を描く中盤……。資料集めに奔走したためか少々説明過ぎるきらいがあるが、それさえも補って余りある筆力には脱帽。写真よりも目で見るよりも芳醇な創造力はもはや新人の域ではない。最終選考に残ったのは五作品で読んだのもこれが最初だったが、文句なしに大賞へ推した。選考委員満場一致とはいかなかったが比較的すんなりと大賞に決まった。加藤氏がこれに留まらず幅広い作品を書いてくれることを願う。おめでとう。

 ジェイムス宝田『トゥインキー・トゥインキー』は少し不思議系SFといった風情。ただし決してライトSFではない。小学生の“僕”が夏休みに体験したことを日記風に振り返り、幕間で“僕”の友達である謎の知性体がSF的味付けをする。これが巧妙なところで、ハードSFを期待して読み始めた人物が落胆したところを狙い澄ましたがごとく知性体の解説が入る。日記風の部分も飽きないように一つのシークエンスごとに盛り上がりがあり小さな謎を残す。そして最後に明かされる知性体からの……。語り口が二人であるところに構成の上手さが見える。惜しむらくは物語が小粒に纏まってしまったところか。優秀賞に推した。

 密田スバル『バロット』はサイバーパンクなハードボイルド。拡張現実が一般に浸透した後の世界で実際には死人の出ない拡張現実の中での殺人に物語は端を発する。微弱な電気信号で視床に網状サイトを構築しフェロモンによるニューロンの化学信号発火の励起して現実に『架空』をマウントする。作中で複層現実と呼称される技術の前に立ち現れる鉄のアリバイや開けているのに閉ざされた密室。硬質な文体でリーダビリティも高く、やや映画的な演出も目立つが盛り上げるべき場所は盛り上げているところに好感を持った。惜しむらくは前年度の大賞受賞作とテーマや作風が似通っていた所である。時期が悪かったとしか云いようがない。ただ眠らせておくには勿体なく、アンソロジーへの収録という形で決着をつけた。

 安野吽『ど』は最終選考に残った中で一番の物議を醸した作品であると云えよう。全部で二百項ほどの長さであるが一章の長さは僅か二、三項。場合によっては一項にも達しない章もある。しかも全てが独立した掌編となっているのだ。明快なオチのある章ありシュールレアリスムを地でいく章ありのやりたい放題である。だが無秩序になんら必然性が感じられず文章もまた荒削りで読み通すのが苦痛であった。問題作であることに異論はないが下読みの段階で弾いて欲しかった。作中「これはSFというジャンルへの冒涜であるのだ」という一文があるがまさにその通り。つまらないを通り越して怒りすら覚えた。

 囃子安吾『夏のサマリ』は青春SF。高校生の成長とタイムパラドクスを描く。タイムパラドクスは使い古されたアイデアであるためよほど上手く扱わない限り類型の中に埋もれてしまう。しかも青春ものとくればいったいいくつ前例があるかしれない。その点でこの作品は大きなディスアドバンテージを背負っている。それにもまして致命的だったのは登場人物にリアリティが全く感じられなかったことだ。最早死語となったラノベ調である。他の選考委員の中には適度な軽さがリーダビリティーと判断され優秀賞に推す向きはあったが、早い話が作者の妄想であり、擁護すべき点が残念ながらあるとはいえない。ヒロインは都合のいい女、話の展開もご都合主義で面白みに欠けた。以上のような点から『ど』とは違う意味で最終選考に残った中では評価を一段下げなければならなかった。

 これで選考委員を務めた回数は二桁に達するが、回を重ねる事に作品のレベルは向上している。だがアイデアは頭打ち、文章は平凡とあっては受賞することは難しい。どちらか一つに突き抜けることは難しいであろうから、せめて人物造詣ぐらいはきちんとプロットの段階から行って欲しい物である。カテゴリーエラーを恐れていてはSFというジャンルは廃れる、何年も前から云われてきたことだが、現に今確固としたジャンルとして一つ成立しこれまでやってこれたのである、早晩消えて無くなるような故意に誤解を与える誘導は好ましくない。あるいは消える運命にあったとして、意味すら変容させ、概念の移り変わりの上でしか存在しないジャンルなどにはたして意味はあるのだろうか? 形式主義に傾倒しているわけではなく、ましてや純文学のように奇形化した文章はもはや一種の毒である。SFというジャンルをあるいは毒にしないために何が必要か、ここをまず考えることで一次選考を突破するだけの力を作品に宿すことができるであろう。プロとアマという垣根は既に限りなく低くなっている。アマチュアの企画から始まった賞にもかかわらず、これが今ここに確固たる地位を築き上げたところを見れば歴史という重荷を無限のツールとすることができよう。そこに二次選考を突破する鍵が確かにある。では三次選考を切り抜けるためには何が必要となってくるのかというと、それは各自で考えて欲しい。自分の過去に送った作品をリライトしてみるのもいいだろう。小説に限らず様々な分野の作品を貪欲に吸収するのも手だ。だが、ただ一つヒントを出すとすれば、選評の中に埋め込まれた様々な警句を読み取ることだ。選考委員の間で評価が分かれるときがある。一つを鵜呑みにしないということは確かに進歩的に見えるが、二つの意見を両立するアンビバレンスで綱渡り的な執筆に終始することだけはやめていただきたい。闇鍋に似た状況を昇華することは酷く難しいが、過去大賞や優秀賞を受賞した作品はこれを見事にやってのけている。作風の好悪は度外視して、根底に流れる物を感じ取って欲しい。

 次回に期待したい。

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