06
「あの後集まったのか」
「ええ、早織さんが急に来て驚いたわ」
話しかけられないように行動していたのに早織さんとばかり話すことになって心臓に悪かった。
姉は私を連れていったくせに柚木さんとばかり話していたから助けてもくれなかったし……。
「私は不満とかなかったけど柚木がおねむだったから帰ったんだ、流石に友達の親とずっと会話をしておくのは現実的じゃないからな」
「そうよね」
それが普通だからなにもおかしくはない。
「でも、加藤先生ならなんか一緒にいたいって気持ちになるんだよな」
「そういえば興味があるの?」
「興味……んー他の先生とは違うな」
それなら日曜日とかに家に来ればどうかと言ってみる、生徒と話したがりの人だから明るく迎えることだろうから。
「そのとき加藤もいてくれるか?」
「ええ、用がなければ外に出ないから」
だから今年の夏はこれまでと全く違っている。
これで二度目だから三度四度と続いてもおかしくない、気まずい結果に終わらなければ例年よりもいい夏休みと言えるだろう。
だってやっぱり私は拒絶しているわけではないから、家でごろごろしているよりも誰かといられた方が絶対にいいのだ。
「じゃあ今日はなにか用があったのか」
「ええ、あなたに会うという用がね」
連絡もしないでいきなり家にいったのに普通に対応をしてくれてありがたかった。
門前払いをされるとかそもそもいなかった場合は大人しく帰ろうとしていたものの、動いた結果駄目だったパターンよりも遥かにいい。
「柚木だけに興味があるわけじゃないんだな」
「あなたとも話せるようになったからには偏らせたりしないわ。それとお姉ちゃんと安定して話せるように協力するわ」
協力するかわりに少しだけでも一緒にいられる時間を増やしたかった。
「いやだけどさ、迷惑をかけたくないし……そもそも自分の中にあるそれが曖昧すぎてな」
「でも、お姉ちゃんにだけは露骨に態度が違ったわよ?」
「歳が近い方だからかな、なんかやりづらいんだよな」
「なにも変わらないわよ、あくまで普通の人よ」
日曜日なら高確率で家にいるうえにお出かけすることも滅多にないからそこで動くべきだ。
どうせ姉は敬語をやめさせたり名前で呼ばせたりしてすぐに仲良くなる、だから結局こちらができることはほとんどなかったりもする。
「私と話せるなら余裕ね」
「いや、加藤は別に普通だろ」
「なら尚更お姉ちゃんとだって余裕じゃない」
「な、なんか厳しくないか?」
厳しくなんかない、なにもおかしなことは言っていない。
ごちゃごちゃ考えるだけ悪い方に傾いていくから時間を置かずに今日会わせることにした、姉が帰ってくるまではそれなりに時間があったからご飯を食べてもらったり、本を貸したりなんかもした。
「たっだいまー」
寄り道なんかをしない人だから待ったのに無駄だった、なんてことにならなくていい。
「お、羽根ちゃんもいたんだ」
「ど、どうも」
「うん? なんか緊張している感じ? そんな必要はないない、自分の家だと思ってゆっくりしていってよ」
疲れた状態でも明るく対応できるところは本当に見習わなければならない。
私なんてちょっとしたことで不安になって余裕のなさを表に出して相手を困らせてしまうぐらいだからね……。
「お姉ちゃん、羽根さんがお姉ちゃんと仲良くしたいんだって」
「そうなの? それなら仲良くしようっ」
やっぱり姉は姉だ。
「は、はい」
「敬語なんていいよ、心ちゃんなんてこっちが許可をする前に敬語をやめたぐらいなんだよ?」
「え、そうなんで――そ、そうなのか? あいつ……すごいな」
「ま、一応こっちのことを考えてくれたのもあるんだけどね、あのときは制服を着ていたし」
「え、ま、マジ……すか?」
ああ、驚きすぎてまた敬語になってしまっている。
まあ、学校で目にする教師が制服を着て街中をふらふらしているかもしれないなんて事実が発覚したらおかしくもないけど。
遭遇したら気まずくて分かっていてもスルーされてしまいそう。
「ええ、お姉ちゃんは物持ちがいいからまだ奇麗な状態で残っているのよ、それでたまに制服を着て歩いているの。見たいなら着てもらえばいいんじゃない?」
「え、えー仕方がないなーそこまで頼まれたら見せてあげるかなー」
本人的には自身の見た目に自信があって制服を着ている状態だともっとよくなると言っていたぐらいだから見せられて嬉しいと思う。
そういうところだけは似なくてよかったと思う、姉の場合はいいけど私がそんなことを言っていたら怖いから。
「じゃーんっ、どう?」
「いいですねっ」
「だーかーらー敬語はいらないって、そのままだとなにがとは言わないけど心ちゃんに負けちゃうよ?」
彼女が柚木さんに負けているところ……そもそも似ていないから比べること自体が間違っていると思う。
「あ……わ、分かった。それと柚木だけには負けたくない」
「うんうん、それぐらいでいいんだよ」
ただ、彼女のこれは姉に気に入られたいとかではなくて単純に柚木さんに負けたくないだけのように見えた。
何故そこまで燃えているのか、そこがよく分からなかった。
八月になった。
あの日から羽根さんが何回も来てくれるようになったから退屈はしていない。
柚木さんとの時間もなくなっているわけではない、メッセージのやり取りをしたり一緒に過ごしたりと過去最高の夏休みと言える。
だけど問題なのは二人のどちらかとだけでもいられない時間は寂しくて仕方がないことだ。
「お姉ちゃんもいないし……」
私達学生と違って大人でお仕事をしているわけだから当たり前と言えば当たり前だけど。
この前みたいに突撃スタイルを繰り返すわけにもいかないからごちゃごちゃ考えて結局なにもできずに終わっている状態となっている。
だからいまはチャイムが鳴ると期待をしてすぐに出ているけど、必ず安全というわけではないから気を付けなければならない。
「はい――あ、早織さんこんにちは」
「こんにちは、ちょっといいかな?」
違う場所にいきたいわけではなかったみたいだから家に上がってもらった。
「え、またいきたいんですか?」
「うん、それで今度こそいい状態で終わらせたいんだよ。ちょっと調べてみたんだけどさやかさんも五日ぐらいは夏休みを貰えるんだよね? だからみんなでいけたらいいなって」
「私は大丈夫ですけど……」
私がもっと大人の対応をしていればと後悔しても遅い。
それでもこの状態をなんとかいいように考えるなら今度こそ姉もいけて暴走されることもないわけで、全てが悪いことばかりではない。
もちろん、どうなろうと私が強気に出られることではないことは分かっている。
「あ、これは完全に私のわがままだからお金は出すよ、こっちだってちゃんと働いていて厳しい状態じゃないからね」
「流石にそういうわけには、それに私もちゃんとお小遣いを貯めていますから」
一回分と食事やお土産にお金を使ったぐらいで尽きるようにはなっていない。
こういうときのためにちゃんと貯めているのだ、物欲まみれの人間ではなくてよかったと思う。
せっかく誘ってくれているのに、自分も参加したいのにお金がなかったばかりに参加できなかったら嫌だから。
「あとは羽根ちゃんとさやかさん次第か」
「お金は払いますけどね」
す、スルー……。
目を閉じて黙ってしまったから別の場所を見て待っていると「話はそれだけだから」と言って立ち上がった。
「心ももう少ししたら来るから受け入れてあげてね」
「はい」
「もし羽根ちゃんもさやかさんも無理だったら三人でいこう」
「予定が合わなければ仕方がないですからね」
たとえ三人になっても今度は上手くやってみせる。
ま、あの姉の中にいきたい意思があるなら我慢できるわけがないので三人にはならないけど。
「まさか先にいくとは思わなかった」
「別行動が好きなのかもしれないわね、それかもしくは柚木さんがいると言いづらいこともあるのかも」
少し間違えた、言いづらいことがあるのではなくてやりづらいことがあるのではないか。
普通に会話をしているだけでもちくりと言葉で刺されてしまうことが多い私としてはそのようにしか考えられない。
「堂々とやるだけでいい」
「みんながみんなそうできるわけじゃないのよ」
「だから羽根とこそこそ会ったの?」
「な、なんの話?」
「この前、羽根が教えてくれたんだ」
ライバル視的なことをしているからだろうか、内緒で会うのはフェアではないとそう言いたいのかもしれない。
ああ、だから前回のあれは私から動いた結果だったから少し怖い顔をしているように見えるのかもしれない。
「真綾はまだ自分から来てくれたことがないのに……」
「ご、ごめんなさい。ただほら、その前にまた私達だけで集まったでしょう? それだと羽根さんだけ仲間外れになってしまうわよね? だから少しだけでも知ってもらいたかったの」
少し早口になってしまった、彼女の前では姉の前にいるときの私ではいられない。
仲良くなれてもここは変わらないと思う、柚木さんにはずっとこんな感じで対応をすることになりそうだ。
「それも教えてくれたけど羽根はずるい、あとお母さんもずるい」
「羽根さんにもお母さんにも優しくしてあげてちょうだい……」
「そもそも真綾が露骨に態度を変えなければいい話だよね?」
今度はこちらがスルーしてお菓子でも食べてもらうことにした。
家にいることが増えるとこういう物の消費量も激しくなる、そして買う機会も増えていく。
ただ? 今回は自分だけが満足する結果ではなくてお客さんである彼女にも満足してもらえているから悪くない。
「これ美味しい」
「でしょう? 八月になるまでにもう二袋分も食べてしまったわ」
「お腹周りは大丈夫?」
「ええ、そこも運動をすることでなんとかしているわ」
ずっとぐうたらはできないからご飯を食べた後に歩くことでなんとかしている、そのまま走ったりもしている。
あとは効果があるのか分からないけど腹筋運動をしてみたり、疲れて寝てしまっている姉を運んだりして調整していた。
「ごめんねさやかさん、貴重なお休みを使ってもらったうえに運転までしてもらっちゃって」
「私は運転も好きなので気にしないでくださいっ」
あ、結局早織さんの方が敬語をやめて姉の方は敬語を継続することにしたみたいだ。
あと、羽根さんは丁度帰省する時期と被ってしまって駄目だった。
「それはそうと心ちゃんが既に爆睡中ですけど、なにかありました?」
「ははは、楽しみすぎて寝られなかったみたい」
いまこのときだけは自分が頼まなくても大好きなお母さんが一緒にいてくれるわけだからそれも仕方がないと思う。
私だって頼む前に姉が自分から動いてこういうイベントを作ってくれたら喜ぶ、多分前日だけではなくて当日も寝られないはずだ。
「やっぱり大好きなお母さんとお出かけできるのが大きいんでしょうねー」
「いや、加藤ちゃんだけがいればいいと言っていたんだよね……」
「ありゃ、ま、まあ、素直になれないだけかもしれませんからっ」
冗談……だとも言いづらいのがなんとも言えない件だ。
どこを気に入っているかは分からないけどそういうことを言っているときの柚木さんの目は本気だった。
「それでも昔と違って心も大人に近づいているの」
「それは分かります、だけど少し寂しいんですよねー真綾ちゃんなんかあんまり甘えてくれなくなりましたからね」
「加藤ちゃんは特にそうでしょうね」
「あの、私のことも名前で呼んでください、呼び捨てでお願いします」
そういうところまで姉に似る必要はないのだ。
「あれ、お姉ちゃんには甘えてくれないのに早織さんには甘えようとしているね?」
「違うわよ、なんとなく呼びづらそうだったから言ってみたの」
「ああ、私のことはさん付けなのに真綾ちゃんとか羽根ちゃんにはちゃん付けだったからね、私の真似をしているのかと思ったぐらいだよ」
真似をしているならいいけど素でそうなってしまっているからごちゃごちゃしてくる。
「あ、あんまり馴れ馴れしくしてほしくないかなって、そうでなくても私は加藤ちゃ――真綾ちゃん相手に一回失敗しちゃっているからね……」
「ははは、もう守れていませんよ?」
「や、やっぱり呼び捨ては駄目だよ、あとさん付けもあれだから真綾ちゃんって呼ばせてもらうね?」
「なんか私と早織さんってキャラ被りしているような……」
「それならさやかさんが真綾って呼び捨てにすればいいんじゃない?」
「ま、真綾――だ、駄目だっ、やっぱり真綾ちゃんは真綾ちゃんだよ!」
運転しながらも楽しそうだった……。
あと、さん付けをしたくないような人間なのだろうか……だから私は呼び捨てでいいと言ったのに……。
「お母さん、真綾が早織って呼び捨てにするのはいい?」
「え? うん、寧ろもう一人娘ができたみたいで嬉しいけど」
「じゃあ真綾、早織って呼んでみて」
「さ、早織――これは駄目なんでこれからも早織さんと呼ばせてもらいます」
一瞬呼びそうになっただけで満足してもらいたかった。
姉のことすらさやかとは呼ばないのだからそもそもがおかしな話ではあるけど。
「つまりこういうこと、みんなしたくないんじゃなくて引っかかってしまってできないだけなんだよ」
「「なるほどねー」」
「あ、ありがとう柚木さん」
「ずっと名前で呼んでくれない真綾は嫌いだけどね」
えぇ……正直者なのも考え物だった。
私のメンタルがよわよわだったらいまのでやられている。
それでもまた同じようにしないためにも姉なんかに話しかけることで気まずさはなんとかどこかにやっておいた。




