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第10巻:如月令嬢は『銀のおたまが凍る洋館を温めない』(下)  作者: アリス・リゼル


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エピローグ:『払暁』 ~section3:日常の再構築と、姉の来訪~

 月見坂市の空は、ベルグラヴィアの山岳地帯に広がるあの重苦しい雨雲とは違い、どこまでも高く、人工的にすら思えるほど澄み切った青色をしていた。

 あの日、州立総合病院での徹底的な検査と警察の事情聴取を終えた僕たちは、如月コンツェルンの法務部が敷いた完璧な保護網に守られながら国際空港へと移動し、学校側が手配していた帰りの直行便へと乗り込んだ。

 十数時間に及ぶ長時間のフライトの間、機内は水を打ったような静寂に包まれていた。僕もまた、気流の乱れによる機体の揺れに何度か肝を冷やしつつも、身体にこびりついた疲労と極限状態のストレスを少しでも和らげるため、アイマスクをして泥のように眠りに落ちていた。


 高宮国際空港に到着し、自動ドアを抜けて月見坂市の空気を肺いっぱいに吸い込んだ瞬間、僕の身体を奇妙な安堵感が貫いた。

 スマートシティとして徹底的にインフラが整備されている月見坂市の新市街エリアは、空気清浄や空調すらも都市管理AIによって常に最適化されている。そのため、アスファルトの熱気や車の排気ガスといった雑多な匂いは一切存在せず、まるで巨大な無菌室の中にいるような、無臭で均質な空気が漂っていた。

 だが、その徹底的に管理された『物理的な安全』の無機質な空気こそが、見えない亡霊の呪いや理不尽な殺意が渦巻いていたあの洋館から、確かな秩序のある『日常』へと帰還したことを、僕に強烈に実感させてくれた。


 空港のロビーで解散が宣言された後、僕たちはそれぞれの家路についた。明宮先生と清瀬主任は、生徒たちを無事に送り届けるための手配や学校側への詳細な報告という膨大な事後処理に追われ、酷くやつれた顔をしていた。それでも彼らは、最後まで教育者としての矜持を保ち、僕たちが帰りの電車や迎えの車に乗り込むのを、一人一人確かな目視で確認して見送ってくれた。


 都市のAI管理網から外れた、旧市街にある築四十年の古びたアパートに帰り着いた時、時計の針はすでに深夜を回っていた。

 軋む鉄のドアを開けると、そこには新市街の無臭の空気とは違う、埃と湿気、そして微かな醤油の匂いが混ざり合った、圧倒的に泥臭い生活の匂いが漂っていた。

 狭い玄関には父さんの安全靴が乱雑に脱ぎ捨てられていた。リビングの電気は消えていたが、テーブルの上にはラップをかけられた不器用な手作りの肉じゃがと、『おかえり。チンして食え』とだけ書かれた裏紙のメモが置かれていた。

 その乱雑な文字を見た瞬間、僕の目から、自分でも驚くほどポロポロと涙がこぼれ落ちた。

 あの凄惨な密室で、ミハイルの暴力的な言語によって己の泥に塗れたルーツを抉り出され、絶望の底に突き落とされそうになった時、僕を現実に繋ぎ止めてくれたもの。それは如月さんの冷徹な論理の質量であり、そして同時に、この狭くて古びたアパートで僕を待ってくれている、この不器用な父親の存在そのものだったのだ。

 僕は冷たい肉じゃがを電子レンジで温めることもせず、ただラップを剥がしてそのまま口に運び、声を殺して泣きながら、ひたすらにその塩辛い日常の味を噛み締めた。


 それからしばらくの休日を挟み、僕たちは再び如月学園への登校を再開した。

 月見坂市にそびえ立つ如月学園の真新しい本校舎には、ベルグラヴィアに行く前と何一つ変わらない、明るくて騒がしい日常の風景が広がっていた。


 午後の授業が終わり、一足先に教室を出た如月さんを見送った後、僕は1年1組の教室に残り、日直の仕事である黒板消しの清掃と戸締まりをこなしていた。

 すべての作業を終え、スクールバッグを肩に掛けて廊下に出る。如月さんの待つ旧校舎へと向かうため、一年生のフロアを歩いていくと、開け放たれた1年2組の教室から、聞き慣れた高い声が響いてきた。


「ねえねえ、みんな見て! ベルグラヴィアの空港で買ったマカロン、スーツケースの中で奇跡的に潰れてなかったの!」


 教室の中心では、佐伯陽菜がパステルカラーの可愛らしい箱を掲げながら嬉しそうに声を上げていた。

 制服のブラウスを押し上げるほど豊かな胸を揺らし、誰の目にも明らかな天然お嬢様ぶりを発揮して、周囲の女子生徒たちに屈託のない笑顔を振りまいている。

 凄惨な事件の現場に居合わせ、死線を潜り抜けたというのに、彼女の持つ天性の明るさは、幸いなことに完全に失われてはいなかったようだ。


 そのすぐ近くの窓際では、桐生院誠が数人の男子生徒と談笑していた。如月家とも取引のある大財閥の令息であり、誰に対しても爽やかな微笑と完璧な立ち振る舞いを崩さない彼のエリートとしての姿は健在だ。だが、あの極限状態の密室において、己の持つ家柄や財力が純粋な暴力の前では無力であると痛感した彼の瞳には、以前よりもずっと地に足のついた、真摯で穏やかな光が宿っているように見えた。


 さらに廊下を進み、1年3組の教室の前を通りかかると、ショートカットの女子生徒――鳴海亜衣が、自分の席でスマートフォンをいじりながら、隣の席の男子生徒に声をかけているのが見えた。


「ちょっと五味。あんた、また休み時間ずっとタブレット睨みつけてんの。たまには目休めなさいよ」


「俺の視覚器官の疲労度よりも、この物理デバイスの耐久性テストと新しい暗号化アルゴリズムの構築の方が最優先事項です」


 五味鉄平は、分厚い耐衝撃ケースに覆われたタブレット端末を高速でフリックしながら、ズレた眼鏡を押し上げた。彼はあの事件で、どんなに高度なネットワークも『物理的なショート』の前では無力化されるという事実を脳裏に刻み込んだ。その結果、彼はデータ至上主義から一歩進み、ハードウェアの物理的質量と耐久性について異常な熱量で研究を始めているようだった。

 鳴海はそんな五味のオタク特有の早口に呆れたようにため息をつきつつも、かつてのようなトゲトゲしい攻撃性はなく、どこか柔らかな労わりの色を浮かべていた。


 彼らは皆、傷を負いながらも、それぞれが己のルーツを見つめ直し、特権階級の無菌室から確実な一歩を踏み出している。

 僕はそんな彼らの姿を廊下から静かに見守り、本校舎を後にした。


 僕が向かうのは、敷地の外れにひっそりと佇む『旧校舎』だ。

 ここは新市街の完璧な空調管理網から外れており、歩くたびに床板がギシギシと物理的摩擦音を立て、空気中には長年積もった埃とカビの匂いが微かに漂っている。

 僕は薄暗い階段を上り、二階の廊下の一番奥にある、『図書室』と書かれた色褪せたプレートの掛かった扉の前に立った。小さく深呼吸をしてから、ゆっくりと押し開ける。


「……遅いぞ、サクタロウ。お主の歩行速度と1年1組の教室からの距離を物理的に計算すれば、あと百二十秒は早く到達できたはずじゃ」


 ドアを開けた瞬間、氷のように冷たく、傲慢な声が僕の鼓膜を叩いた。

 部屋の中央に鎮座する、マホガニー材で作られた重厚なアンティークのデスク。足元には豪奢なペルシャ絨毯が敷かれ、壁際には高級な茶葉が入った純銀のキャニスターや、ボーンチャイナのティーセットが並ぶガラス棚が設置されている。

 そのデスクの奥にある革張りの大きな椅子に深く腰掛け、銀のルーペを片手に何かを熱心に覗き込んでいる少女。

 漆黒の長い髪を背中に流した万物を鑑定する者――如月瑠璃だった。


「すみません、如月さん。日直の仕事で、黒板消しのクリーナーの清掃とゴミ捨てをやっていたものですから」


 僕が定位置である彼女の斜め後ろへと移動しながら言い訳を口にすると、如月さんは手元のルーペを下ろすことなく、短く『愚鈍』と吐き捨てた。


「そのような物理的労働は、適当な理由をつけて他の生徒に押し付ければ済む話じゃ。……見よ。わしが完璧な数式で抽出したこのダージリンの温度が、お主の遅延のせいで物理的に〇・五度低下してしまったではないか」


 如月さんの手元には、すでに極上の香りを放つ琥珀色の液体が注がれたティーカップが置かれていた。彼女は紅茶を淹れることに関しても一切の妥協を許さず、僕が淹れるよりも遥かに論理的で完璧な一杯を自らの手で抽出するのだ。

 彼女の細い首元には、もうあの痛々しい赤紫色の鬱血痕はない。帰国して日数が経過し、細胞の代謝という純粋な物理法則に従って、ミハイルに締め上げられた暴力の痕跡は綺麗に消え去っていた。


「すみません。……それで、今日鑑定しているそれは何ですか? ただの錆びた鉄の鍵に見えますけど」


 デスクの上に置かれていたのは、装飾も何もない、どこにでもあるような古いシリンダー錠の鍵だった。全体が赤茶色の酸化鉄(サビ)に覆われ、使い物にならなくなっているように見える。


「ただの鍵ではない。これは本校舎の図書室の奥底、十年間誰も借りていない『西洋建築史』の分厚いハードカバーの辞典の中身を物理的にくり抜き、その空洞の中に隠匿されていたものじゃ」


 如月さんは純白の手袋に包まれた指先でその鍵をつまみ上げ、蛍光灯の光に透かした。


「本をくり抜いて隠し場所を作るなど、スパイ映画にかぶれた幼稚な発想じゃな。だが、重要なのはその隠された意図ではない。この物質が辿ってきた『事象のルーツ』じゃよ」


 如月さんのアメジストの瞳が、鑑定士としての冷徹な光を帯びる。


「よく見よ、サクタロウ。この鍵の表面を覆っている赤サビの分布じゃが、一様ではない。持ち手の部分には皮脂による酸化防止の膜が長年形成されていた痕跡があり、逆に先端の鍵山には、微細な砂埃と水分が長期間付着して侵食したような深い腐食が見られる」


「砂埃と、水分……?」


「いかにも。さらに、この鍵の形状と溝のパターンを物理的に計測すれば、これが如月学園の生徒用ロッカーのものではないことは明白じゃ。これは、旧市街の北部に位置する、廃線になった古い市営地下鉄の駅員室で使われていた、マスターキーの規格と完全に一致する」


 如月さんはルーペを置き、アンティークの万年筆を手の中でくるくると回しながら、冷酷なまでに論理的な数式を組み立てていく。


「十数年前に廃線となり、立ち入り禁止となった地下鉄の駅。そこに何らかの目的で侵入した者が、このマスターキーを物理的に持ち出した。そして、湿気と砂埃にまみれた地下の鍵穴に何度もこれを抜き差しした結果、先端に深い腐食が生まれた。……だが、その人物はなぜかそれを持ち歩くことを恐れ、如月学園の図書室の最も人目につかない辞典の中に隠匿したのじゃ」


「それって……もしかして、何か犯罪に関わるような……」


「飛躍するな。情動で物事を判断するのは凡人の悪い癖じゃ」


 如月さんは僕の推測をバッサリと切り捨てた。


「その辞典の貸出記録のデジタルデータをハッキングして物理的に引きずり出した結果、十年前の最後の貸出者は、現在本校舎で科学を教えている『あの神経質な初老の教師』であることが判明しておる」


「えっ、あのいつも不機嫌な科学の……?」


「おそらく、あの教師は若かりし頃、廃駅の地下空間というロマンに憑りつかれ、不法侵入を繰り返すという幼稚な秘密の趣味を持っておったのじゃろう。だが、教師という社会的立場を得て、その物理的証拠を手元に置いておくのが怖くなり、誰も読まない辞典の中に隠した……ただそれだけの、極めて矮小で滑稽な『自己顕示欲と恐怖のルーツ』じゃ」


 如月さんはそう結論づけると、興味を失ったようにその錆びた鍵をデスクの端へと放り投げ、ティーカップに口をつけた。

 ベルグラヴィアでの血塗られた連続殺人事件も、旧校舎の図書室で見つけた錆びた鍵の謎も、彼女にとっては等しく「物理法則に基づいた事象の鑑定」に過ぎないのだ。その一切ブレることのない絶対的な質量に、僕は改めて深い安堵感を覚えていた。


 その時だった。

 バンッ、と。

 旧校舎の図書室の重い扉が、ノックの音もなく乱暴に開かれた。


「あら。相変わらず埃っぽい場所でお茶会をしているのね、瑠璃」


 突然の来訪者の声に、僕は思わず振り向いた。

 ドアの敷居を跨いで入ってきたのは、仕立ての良さが一目でわかるダークグレーの高級なハイブランドのパンツスーツを完璧に着こなした、長身の女性だった。

 身長一七〇センチ近い細身でしなやかなプロポーション。二十歳という若さでありながら、その立ち振る舞いには圧倒的な余裕が滲んでいる。漆黒の艶のある髪は仕事の邪魔にならないように高い位置でスッキリとしたポニーテールにまとめられ、その切れ長の瞳は、彼女の名前を体現するかのような、透き通った美しい翡翠色をしていた。


「何の用じゃ、姉よ」


 如月さんはティーカップに口をつけたまま、視線すら向けずに不機嫌そうに言葉を投げた。

 如月コンツェルンの経理・会計を一手に担う数字のスペシャリストであり、すでにコンツェルンの中枢で強大な権力と質量を操る天才――如月さんの実の姉である如月翡翠さんだ。


「冷たいわねえ。海外研修という名の殺人ツアーから生還した可愛い妹と、その助手くんの顔を、わざわざ仕事の合間を縫って見に来てあげたのに」


 翡翠さんはコツコツとヒールの音を響かせてアンティークデスクに近づくと、その鋭い翡翠の瞳をニッコリと細めて僕の方へと向けた。


「無事でよかったわ、光太郎くん。……瑠璃が何か無茶をして、あなたが巻き込まれて怪我でもしていないか、お姉さんずっと心配していたのよ?」


「えっ、あ、はい。お気遣いありがとうございます、翡翠さん。僕はなんとか無事です」


 翡翠さんの、甘くてどこかからかうような優しい口調のお姉さんボイスに、僕は思わず顔を熱くして直立不動になってしまった。

 大人の女性特有の計り知れないオーラの前に、僕は完全に物理的緊張を強いられてしまう。僕は心の中で『如月さん』と呼びながら、横目で主の顔色を窺った。


「コンツェルンの法務部と現地弁護士の手配、ご苦労じゃったな。おかげで鬱陶しい警察の情動的な取り調べを物理的にカットでき、予定通りに帰国できたことだけは評価してやろう」


 如月さんが、姉に対しても一切の敬語を使わずに、上から目線で言い放った。


「ふふっ、相変わらず可愛げがないわね。……でも、今回の事後処理は本当に骨が折れたのよ? ベルグラヴィアのあの洋館で起きた事件は、コンツェルンの情報操作によってメディアへの露出は最小限に抑え込んだわ。警察の発表も『現地ガイドと庭師による強盗目的の犯行』という形で収束させる方向に誘導済みよ」


 翡翠さんは、デスクの端に置かれていた錆びた鍵を指先で弾きながら、極めて冷徹な、ビジネスマンとしての顔を覗かせた。


「ただ……あのミハイルという男が望んだ通り、ドリス家は完全に終わったわ。現当主のグランバールは事件のショックと風評被害を恐れて、早々にあの広大な土地と洋館の権利を手放したの。……だから、うちのコンツェルンが、底値で買い叩いてあげたわ。あそこは水脈が豊富だから、将来的にはミネラルウォーターの採水地か、データセンターの冷却施設として再開発できる物理的な価値があるのよ」


 その言葉を聞いて、僕は背筋が粟立つような感覚を覚えた。

 何百年もの血塗られた怨念。ミハイルが人生のすべてを懸けて引き起こした復讐の殺人劇。その結果、ドリス家は没落し、ミハイルは逮捕された。

 だが、最終的にその土地という物理的な質量を最も効率的に手に入れたのは、過去の情動などに一切囚われず、ただ冷徹に数字と価値だけを計算し尽くした『如月コンツェルン』だったのだ。

 資本主義という名の巨大な数式の前では、個人の復讐劇など、ただの小さなノイズに過ぎないということを見せつけられた気がした。


「他者の情動の残骸を金に換えるとは、相変わらず底意地の悪い数式を組むのじゃな」


 如月さんは呆れたようにため息をつき、ティーカップをソーサーに戻した。


「……姉よ。紅茶が冷める。無駄話が終わったのなら、さっさと己の持ち場へ帰るのじゃ。わしは今から、この錆びた鍵のルーツを最終的にファイリングする作業があるゆえな」


「はいはい、お邪魔しました。……じゃあね、光太郎くん。また近いうちに、美味しいご飯でもご馳走してあげるから、瑠璃の相手に疲れたらいつでもお姉さんのところに逃げてきなさいね?」


 翡翠さんは僕に向かってパチンと悪戯っぽくウインクを投げると、くるりと背を向け、カツカツとヒールの音を響かせて旧校舎の図書室から出ていった。

 嵐のように現れて去っていった翡翠さんの残した高級な香水の香りに、僕は小さく息を吐き出して肩の力を抜いた。


 静寂が戻った図書室。

 窓の外からは、本校舎のグラウンドで部活動に励む生徒たちの声が、遠く微かな音波となって届いてくる。

 ベルグラヴィアでの血塗られた惨劇が、まるで遠い異国の夢であったかのように錯覚してしまうほど、ここは平和で、穏やかな日本の日常だった。


 だが、僕も、如月さんも、過去を忘れたわけではない。

 如月さんは、インバネスコートの懐からあの重厚な『銀の懐中時計』を取り出し、カチンと蓋を開けた。


 チクタク、チクタク、チクタク。


 静かな図書室に、規則的で正確無比な銀の秒針の音が響き始める。

 それは彼女が自らの思考の乱れをチューニングし、万物の事象を正確に鑑定するための、絶対的な物理法則のリズムだ。


「サクタロウ。何を突っ立っておる。お主の遅延のせいで、わしの貴重な鑑定時間が物理的に削られているのが分からぬか。さっさとファイリングの準備をするのじゃ」


 如月さんは懐中時計の蓋を閉じ、銀のルーペを再び手に取って、僕に命令を下した。

 その傲慢で冷徹な主の横顔を見つめながら、僕は自然と口元に笑みがこぼれるのを感じた。


「はい、如月さん。すぐに準備しますよ」


 オカルトの介入しない、純粋な物理法則とルーツの解明の物語。

 僕たちは過去の亡霊と決別し、確かな質量を持って、この平和で少しだけおかしな日常の数式を、再び組み上げていく。



~如月令嬢は『銀のおたまが凍る洋館を温めない』(下) fin~



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