エピローグ:再開
――あの日から、幾年が過ぎた。
黒き塔は跡形もなく崩れ、王国に再び平穏が訪れた。
だが、カイルの胸の中にだけは、あの日の光がまだ消えずに残っていた。
騎士団を退き、彼は王都の片隅で小さな花屋を営んでいた。
誰もが「戦場の英雄」と呼んだ男が、今では花に囲まれ、静かな日々を送っている。
けれど、店先に並ぶ花の中には、ひとつだけ――特別な花がある。
白く、細い花弁。
名を「リア」と呼ぶその花は、どんな季節でも静かに咲き続けていた。
「……変わらないな。お前は」
カイルがその花を見つめるたび、胸の奥が少しだけ温かくなる。
ある日の午後、通りを少女の笑い声が駆け抜けた。
祭りの準備で賑わう街の中、ひとりの少女が花屋の前で足を止める。
「この花……きれい」
その声に、カイルは顔を上げた。
そこに立っていたのは、見覚えのない少女――
だが、その瞳の奥に宿る光が、心の奥を鋭く貫いた。
「リア……?」
思わず名を呼ぶ。
少女は首を傾げ、少し困ったように笑う。
「えっと……私の名前、知ってるんですか?」
カイルは息を詰めた。
「……いや、すまない。ただ、この花の名前と同じでな」
少女は花に目を落とし、しばらく見つめていた。
そして、小さく微笑んだ。
「あたたかい花ですね。触れていると……懐かしい気がします」
その言葉に、カイルの胸が強く締めつけられる。
言葉にできない想いが喉の奥まで込み上げ、彼はただ微笑みを返すしかなかった。
「良かったら、一輪持っていくといい」
「でも……」
「構わない。きっと、お前に似合う」
少女は頬を染め、両手でその花を受け取った。
その瞬間、花弁がひとひら、風に舞う。
白い光が通りを抜け、陽の中で瞬いた。
少女はふと、何かを思い出したように立ち止まり、
振り返って――カイルの背中を見つめた。
「……あの」
カイルが振り返る。
少女の瞳が、真っ直ぐに彼を見つめていた。
その瞳の奥に、あの日の月光と同じ色が揺れている。
彼女はそっと花を差し出した。
「この花の名前、教えてくれてありがとう。なんだか……大切にしなきゃって思います」
カイルはその花を受け取り、静かに頷いた。
少女は微笑んだ。
その笑顔は、かつての彼女と同じ、柔らかで、少し切ない笑みだった。
「……リア」
風が吹いた。
花弁が二人の間を舞い、陽光が街を包む。
そして――少女はもう一度、カイルを見つめて言った。
「……また、会えた気がします」
カイルは微笑んだ。
涙が滲むのを隠すように、ただ穏やかに。
彼の背後の花々が、白く光に染まっていく。
その中で、“リア”の花がひときわ強く輝いた。
――主様……もし、私がもう一度この世に生まれ落ちることができたなら――
あの日の声が、風の中で優しく響く。
カイルは空を見上げ、そっと呟いた。
「見つけたよ、リア――」
この物語は、“主従”という枠を越えた「絆と再会」の物語です。
カイルとリアの関係は、恋ではなく、約束で繋がっていました。
最期のリアの言葉――主様……もし、私がもう一度この世に生まれ落ちることができたなら―― という一言に、
人が誰かを想うことの強さ、そして“救い”を込めています。
読み終えたあとに、少しでも心が温かくなってもらえたら嬉しいです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




