第2話 騎士と少女の日々
あの奴隷市から数日が過ぎた。
カイルは、郊外にある古い屋敷に少女を住まわせた。
かつて仲間と暮らしていた、もう誰も戻らぬ場所。
彼女――リアと名付けた少女は、最初の数日はほとんど何も口にしなかった。
ただ、窓辺に座り、空を見ていた。
その瞳は、何かを探しているようで、けれど何も見えていないようだった。
「……外に出てみるか?」
ある朝、カイルがそう声をかけると、リアはゆっくりと振り向いた。
その仕草だけで、彼女の髪が陽に透け、金のように光る。
「風が……」
微かに唇が動いた。
カイルは思わず足を止める。
「……今、何か言ったか?」
「風が……、好き、です」
それが、リアが初めて発した言葉だった。
声は震えていて、それでも確かに生きていた。
その日から、少しずつ彼女は変わっていった。
庭の花に水をやり、時折カイルの剣の手入れを手伝うようにもなった。
笑顔はまだぎこちないが、笑うことを“思い出そう”としているようだった。
「主様」
ある日、リアはそう呼んだ。
カイルは眉をひそめる。
「……やめろ。その呼び方は好きじゃない」
「けれど、私は……」
「お前は俺の“持ち物”じゃない。ここにいるのは、そういう理由じゃない」
カイルの声は静かだったが、その奥には苦しみが滲んでいた。
リアは小さく頷き、ただ「……はい」と答えた。
けれどその夜、彼女は寝台の上で小さく呟いた。
「……主様、優しい人。優しい人は、いつも遠くに行ってしまう」
カイルの胸の奥で、何かが音を立てて動き出した。
それが、始まりだった。
戦場で乾ききった心が、再び“誰か”を想うことを思い出す瞬間。
外では、リアが育てた小さな白い花が、初めて咲いた。




