外華内貧ラスボス系悪役令嬢の英傑列伝~このアホみたいな世界ブッ壊す~
短編にしたのはこれ以上書く気が薄いからです
その女の後世での評価は概ね一致している。
この世に並び立たぬ者の無い悪女である、と。
成した悪逆数知れず。殺めた生命数知れず。
人類史の特異点。数々の国史を学ぶ上で決して避けては通れないその存在感。
しかしその名は悪逆だけに留まらず。多くの功績を残したことをで後世の評価は真っ二つ。
残虐女帝、拷問女帝、淫売女帝の異名を持つ傍ら。
発明の申し子、魔導大帝、近代魔法戦術論の開祖、そして嘗てない数の人命を救った救世の女神。
果たしてそれはプロパガンダの為に作られた虚像なのか。
真に死と同時に生を齎した神の如き女なのか。
多くの他国にもその悪行と共に偉業が記された、膨大な異名を持つその女の生きざまは――――。
◆
カッチャーーン!と金属と陶器が激しくぶつかる音が響く。
その場にいる者がまたいつもの事か、と思いつつも刻みこまれた恐怖が身を竦ませる。
「……不味い」
唸るような低い声。皿の上に盛り付けられたソレを一口だけ口にして、匙は投げられた。
癇癪姫の日常。それが真実が否かは関係なく、虫の居所か悪ければいびる相手を探す。機嫌が良くてももっと良くなるためにイジメる相手を探す。その天性のイジメっ子気質に皆恐れをなす。
そして最近のイジメのターゲットはコックだった。
ピシャリと細長い鞭を一打。
まるでファミレスの呼び鈴を鳴らすように振るわれた鞭。
やがて真っ青になって汗びっしょりのコックが生まれたての小鹿のように脚を震わせながらその女の元にやってくると、膝から崩れ落ちるように跪いた。
そこにピシャリとコックの肩に鞭一つ。痛みでコックは悲鳴をあげる。
これに正解は無い。立ったままだと下賤の者がわらわを見下ろすとは何事かと鞭打たれ、膝をついても誰が座ってよいと言ったと打たれ、やけになって中腰にすると無様な真似をしてふざけているのかと頬を打たれる。
「なんですの、これ」
「あ、アムッシュ魚のテリーヌでござい、ます。そ……あ……」
コックとしては、本当はどの様な料理なのか、を語るのがマナーだ。
しかし初日に煩いとしばかれ話す機会が無かった。故に職業病で料理名を告げるとつい補足をしようとしてしまうが、癇癪姫の持つ鞭を見て言葉が消えた。
「もう結構。いつものを用意しなさい」
「はぃ………」
「貴方、家族が嫌いですのね」
「ちがっ!」
鞭がしなる。強かに頬を打たれたコックは反論を述べようとして床に転がった。
「誰がっ!寝転がっていいと!言った!ですの!」
そのコックを鋭利なヒールで幾度となくコックを踏みつける癇癪姫。
しかしその踏みつけはただの踏みつけではない。やけに腰が入っていて、肋骨を的確に抉るように、急所を抉るように蹴りを入れている。
「はぁ………これ、捨ててきなさい」
「承知しました」
「違うっ!待ってくれ!いやだ!いやだーーーーー!むぐっ、う゛ー!う゛ぅーー!!」
癇癪姫の命令に一礼。直ぐに従者たちがコックを取り押さえ、猿轡を噛ませてどこかへ連行していく。
癇癪姫はそれを見届けるまでもなく、部屋から立ち去った。
◆
ロウムス帝歴74年。
ゼンプラウ皇国、六大公王カミラヴィンチ家の一人娘、クルァウティ・エル・カミラヴィンチ。御年16才。
またの名を、癇癪姫。
「クルー様、お食事は」
「お前もぶたれたいの?」
「御意。そこのお前、行け」
ツカツカと気分悪そうに廊下を歩き、癇癪姫は自室に入る。
その部屋に当たり前のようにともに入るは癇癪姫の44代目護衛兼側仕え、ロキュメス。
公家の血の連なる者に本当に一人の時間はない。常にこのように影として側仕えが1人以上いる。
本当であればこの家の格、癇癪姫が1人娘という事も考慮すれば10人以上の御付きが居て当たり前だが、癇癪姫に付くのはこの不愛想が服を着て歩いているような異民族の血を引く女ただ一人。
これはカミラヴィンチ家が貧しいわけではないし、側仕えが用意できなかったわけではない。
他の側仕えは癇癪姫のお眼鏡にかなわず消されたのだ。
「あ゛ああああああああああああああ!!」
影は居ない者として扱われる。
その部屋で何を見ようと、見なかったことにしなければならない。
見てくれだけは絶世の美女と呼べる女が引き千切れんばかりに髪をぐしゃぐしゃにしてようが、飾れた芸術品やらなにやらを鞭で破壊してようが、獣のように絶叫してようが。ここ10日ほど精神に異常をきたしているとした思えないふるまいを自室でしていても、その外では普通通りにしていたら彼女は口を噤むしかない。
それが彼女の役目故に。
ソファに身を投げ出し、苛立ちのあまりヒールを脱ぎ捨て、そのヒールを窓に投げつけようとしてすんでのところで癇癪姫は正気を取り戻したように止まる。荒い息を吐いてソファに項垂れる。それを隙と見てロキュメスはサッと近寄ると乱れた御髪を手早く整える。
ロキュメスがこの癇癪姫に仕えて3年。
外に聞く噂と実態がこうも違う女がいるのかと最初は驚愕したが、この10日の主人の狂乱振りは何か悪霊に憑りつかれているとしか思えなかった。本当は神官に見せた方が良いのだろうが、外ではいつも通りの為、悪霊ではないだろうとしか考えるほかない。
では何が彼女を狂わせているのか、ロキュメスには分からなかった。
◆
不味い。なんだあの血生臭い物は。
アレが料理?舐めているのか?
思い出すだけで反吐が出る。吐かずに飲み込んだだけ頑張った、私は。
一体何なんだこの世界は。
いや知っている。この世界が如何に描かれたか私は横で見ていた。
要らないところにまで設定を書き散らす異母妹が書いたソレ。乙女ゲー。
とにかく見栄え重視の文化の国?
アホか。主人が旨い物を出せと言ったら出せばいいのに、何故逆らう。殺すぞ。
なんでこんな設定にしたんだ。
いや知っている。見栄え重視のこの国だから、見栄えだけはマジで頭抜けていいこの女の横暴が許される。
そんな国に辟易している攻略キャラ達だからこそ、内面まで重視する主人公が輝く乙女ゲーなのだから。
そのシナリオにおいて、クルァウティ・エル・カミラヴィンチはこの国の歪みの極地の様な存在だ。
美しいから何をしても許される。例えそれがドブカスの様な中身でも。
見た目だけは本当に美の女神も斯くやのビジュアルだから。だって私がそう書いたから。
だからってなんで私がソレになってんだクソがっ!
怒りが再燃し手に掴んだ物をぶん投げる。
机の上に物がある事に苛立つ。そして最後に掴んだ手鏡に写った自分を見て、頭に上がり切った血が引いていく。これが現実だと見せつけられたように。
10日ほど前。
親父の作ったゲーム会社で、異母妹がシナリオを書き上げた乙女ゲームのイラストを描いていたのは覚えている。AIに幾らでも書かせられるご時世なのに、お姉ちゃんの絵がいいとか抜かした奴のせいだ。VR全盛期の世界、VRで恋愛シミュレーション系は禁止されている為、ジャンルは必然的に2D。3Dモデルにしなくていい分工数は減るがアホみたいな量の差分を要求されてキレた。AIに書かせられると言っても最終的なチェックなどは私がするのだから。
いい加減にしろ。これもう分岐型アニメじゃないか。そんな事を言って喧嘩したのは覚えている。
オーバーワークでフラフラで。それで気づいたらこのクソみたいな世界に居た。
理解できなかった。
無論、その手の小説やらゲームは参考資料としてふれたことがある。
異世界転生?アホか、と思いつつ。
だったらなんでこっちの世界に一人も来てないんだ、と思いながら。
極まれによくできている物はあるけど、あとは大体設定が破綻しているようなものばかり。
悪役が急に善人のように振舞いだしたらハッピーエンド?そんなわけない。牙を抜かれた猛獣はここぞとばかりに狩られる。積み重ねた恨み辛みは簡単に消えない。人の理不尽さを軽く見過ぎている。自分に置き換えて考えればいい。大嫌いだった上司がある日急にいい人になったら。好きになるか?そうじゃないだろ。不気味に感じるだけだろ。何か悪いことを考えていると思って蹴落とすだろ。
正ヒロインが悪女?なぜ?わけわからん。都合よすぎない?だったら正ヒロインに転生して真っ当にやればいいじゃん。あ、でも転生者同士でバチバチしてるのは好きだ。
逃げ出す?それは血筋をなめてないか?やってること結局我儘じゃんね。血税で成り立ってる女が自由に振舞うだぁ?
だからそう言うのはやめろと、シナリオライターである異母妹には事前に言い含めていた。気に入らんシナリオに絵と言う命を与える気はない、と。
で、持ってきたシナリオがこれだった。
何が大問題かと言えば、このゲームはまだ完成していない。正式な名前すらない。
一応四字熟語から『外華内貧』と仮称を付けていたが、その時の異母妹の顔は「ないわぁ」と言いたげだった。だったらお前が付けろ。
チャートやメインキャラはある程度形になっているけど、それ以外が未完成。しかもあの凝り性の女は余計な設定を大量に書いていた。それがもし全部反映されていたら、ヤバい。あの女はハッピーエンドの後にうっすら不穏な空気を作るのが大好きな変態だったから。
それでもってこの体もだ。
自分で言うのもなんだけど、私はおしとやかな性質ではない。複雑な家庭ゆえ兄弟姉妹が沢山いたので、その家庭でやりたいようにやるなら強くなるしかなかった。おしとやかにしてたらほしい物は持っていかれるのでハングリー精神が嫌でも鍛えられた。
ただ、ここまで暴力的でも衝動的でも無かった。
しかし怒りを火種に、この中身の魂が暴れ出す。
人を虐げる事にこの魂は悦びを感じてる。
クソみたいな魂だ。
私に乗っ取られていても、まるでこのまま死んでやるものかとクルァウティはしがみついている。
各攻略キャラにメインとなる妨害キャラはいるが、その中でもこのクルァウティは全部のルートで敵対する。全面抗争はグランドルートであるハーレムエンドだけだが、このクルァウティはあの異母妹が作り上げたラスボス系キャラだ。
主人公は中身を重視すると言ったが、このクルァウティは見た目が最強だけでなくそれ以外も強い。頭もキレるし、この世界に存在する魔法の才能も天賦の才なのだ。グランドルートの終盤なんか貴族社会的に追放して終わりかと思いきや開き直って化物みたいになったクルァウティを物理的に消滅させるシナリオになっていた。
異母妹的には、本当に命を絶たない限り幾らでも再起するクソみたいなラスボスのイメージなんだろう。
性格以外全てのスペックがMAXみたいなこのラスボス系悪女は、魂になっても私に抗ってくる。
絶望して転生3日目で自殺を試みた時に身体が全力で抗ってきたから間違いなくまだ生きている、その意思が。
こんなところで死んでたまりませんわ、と。
わらわはまだ終わってないわよ、と。
なんて化物を作ってんだあの異母妹は。
この世界の魔法は自意識の強さが強さに直結する。
主人公はこの国を変えたいという強い信念をベースに力を覚醒させるが、この悪女は素で強い。
目に見えるモノ全部奴隷みたいなイカれた自意識が強大な魔法の行使を実現させている。
故に皆この女を恐れ、逆らわない。権力だけじゃなく武力にも秀でる本当に質の悪い女だから。
「あはははははははっ!」
あーもうなんか笑えてきた。これ知ってる。躁鬱だ。変に楽しくなってきた。
いい。わかった。このクソ女が。
お前の本当の願いが為ってみて分かった。お前野心家過ぎるだろ。そりゃ魔法も強いよ。
『世界の天辺に立って全部支配してやる』なんて莫大な野望を魂に宿しているアホ女なんだから。
いいだろう。私もこの見た目ばっかでスカスカのこの国をぶち壊したいと思っていた。
正ヒロインのやる温いやり方じゃダメだ。
粛清でもなんでもやってやる。
私は旨い飯を食いたい。肌触りの良い服が着たい。22世紀生まれの贅沢育ちを舐めんなよクソ世界。
こちとらVRの世界で好き勝手やるのが当たり前の世界から来てるんだ。
その世界まで技術を進歩させるのは不可能でも、やってやる。
「あははははははは!ハハハハハハハハッ!」
おい異母妹。ごめんな。
私、この世界壊すわ。