無自覚な厄災は目覚め続ける、いつまでも。
人々を、人々の暮らしていた家を、学校、公園、ビル、全てを飲み込む巨大な炎が視界を占める。
どこからか燃え上がった大炎は絶えることを知らず、燃やすものを見つけては飛びつき、被害は増え続ける。
倒壊する建物に巻き込まれて体を負傷したもの、炎に生きたまま焼かれて亡くなったもの、多くの人間がすでに犠牲になっていた。
鉄臭い血の臭いに、焦げ臭さ、さらには海から迫る津波の潮臭さも混ざり合った最悪の空気が辺り一面を占める。
だが、その空気の臭さなどに気づけるほどの余力を残した人間など、もう残ってはいなかった。
いくらか前は、何の不自由もなくみんな暮らしていた。だが、空から降り注いだ一片の隕石により、人類が何千年とかけて築き続けてきた文明は一瞬で崩壊した。
過去の歴史を残した努力、博物館、書物、化石も、全て関係なく火の海に飲み込まれた。
現在の人々の暮らし、金を稼ぐために通い続けた会社のビルも、人々の命を守るために戦い続けた病院も、全て関係なく火の海に飲み込まれた。
未来を作るための研究、空飛ぶ車、AI開発の研究データも、全て関係なく火の海に飲み込まれた。
逃げ回る人々も、次第に逃げ場を失い、各々の顔を絶滅に染めて、死に沈んでゆく。
世界中全てが、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
そんな中、たった一人、不思議そうに世界を眺めている存在がいた。
少年のような見た目をした彼は、真っ赤に染まった世界を見てつぶやいた。
「終わりか……」
自らも炎に飲み込まれ、焼かれて死ぬかもしれないというのにまるで他人事のように振る舞い、他人事のような言葉を吐く。
その瞳は、絶望に暮れているというようなものではなかった。
ただただ、興味深いと感じている、世界が壊れていく様子を不思議に思って眺めている、そんな目だった。
瞬間、再び起こった大爆発の爆風に吹き飛ばされたその存在は意識を失い、どこかへ消えていった。
◆◆◆◆◆
「ん……」
目が覚めた。
まだ眠くて重い頭を持ち上げ、ゆっくりと瞼を開ける。
果実を香ったかのような爽快でふんわりと柔らかい空気が、顔を触った。実に心地いい場所だ、と彼は思った。
開かれた彼の視界に初めに映ったものは、草原だった。
綺麗だ、と彼は感想を漏らした
しかしそこは、想像するような端が見えないような広大な青々と茂った草原ではなかった。
たった一つの運動場くらいの大きさしかない浮島一辺に広がった草を見て、彼は草原みたいという感想を抱いたのだ。
浮島というのも、彼の常識からすれば考えられないものであった。
彼の常識では、世界というのは丸い星の正面に広がっているものであり、こういう小さな地面はだいたい海に浮かんでいて、空に浮かんでいるのは見たことがなかった。
辺りを見渡して見ても、ここと同じように空に浮いている島が多くあった。大小はさまざま、配置も規則性があるようには見えない。
しかし、彼は一つのことに気づいた。
空に浮かぶ島々は、真ん中にある平らな巨大な大地を囲む形で並んでいることに。巨大な大地は彼の前にいた世界を思わせるが、前は球体だった。
今回は間違いない平面だ。
その大地を、遠くの浮島から眺めた彼は面白そうにして、何を思ったのか飛び降りた。
向かった先は広大な大地、普通に考えればその高さから飛び降りれば、着地した瞬間に弾け飛ぶだろう。
「ははっ!」
無邪気な笑いをこぼした彼は、満面の笑みを浮かべて空を飛んでいた。
新しい世界に、純粋に嬉しさを覚えているように見える。まるで生まれたばかりの子供のような無邪気さを彼はもっているようだ。
ーートンっ
という軽い音を立てて、彼は地面に着地した。
誰か、その場を見ていればそのおかしさに気づいたはずだが、偶然そこには一匹たりとも生物と呼べるものはいなかった。
大地に足をつけた彼は、何か新しい面白いものを探し始めたかのように早足で歩き始めた。
だが、そこには何もない草原がただただ広がっているだけだった。遠くには、大きな標高一万メートルを超えるような山があるのが見て取れる。
しかし、到底『この辺り』とは呼べないほどの遥か遠方に位置しているのがわかった。
それも、この世界が平らだからこそ、そんなに遠くのものを見られるのだろう。もっとも、その山が異常なほどに巨大なのも理由の一つではあるだろうが。
「ねぇ」
「うわっぁ!?」
誰もいないと思っていたのに、突然後ろから声をかけられたことに驚いた彼は素っ頓狂な声をあげたと同時に後ろを振り向いた。
彼の後ろにいたのは、一人の人間・・・のようで人間ではない少女みたいな姿形をしたものだった。
全体的な見た目は人間そっくりだが、唯一の大きな違いが、背中から生えた二枚一対の白いふさふさとした羽だ。
「だれ、あなた?」
首を傾げながら、尋ねてくる少女の様子にほっこりとした彼はゆっくりと優しく答えた。
「僕はね、◼️◼️◼️だよ」
「え?なんていったの?聞こえなかった」
そう言われると、彼は悲しそうに肩をすくめると、すぐに表情を明るくした。
「ごめん、なんでもないよ」
言葉通りなんでもないと思ったのか、少女はサッと振り向き、歩き出した。
「ついて来て」
彼は、少女の言葉に従って後を追った。
◆◆◆◆◆
少女に連れてこられた場所は、『海』のようであった。
透き通った大量の碧い水が、砂浜の奥に遠く続いて見える。
昔の世界の『海』に似ていたが、違うのはそこで遊ぶ人々が全くいないこと、そして異常なほどに透き通って綺麗だということ。
「妖精さんが教えてくれたんだ、もう少しでこの世界は壊れちゃうんだって」
「え?」
少女が何を言ったのか、彼は一瞬理解できなかった。妖精という知らない概念が出て来たのもそうだが、なにより世界が壊れるという言葉は彼にとっては何よりも恐ろしいものだった。
昔の世界が、隕石の衝突によって炎に焼かれ、津波に飲み込まれたところを見ていた彼にとっては、トラウマを呼び起こされるのに等しかった。
それに、少女は、これからこの世界が壊れると言った。
少女の勘違い、それか自分の聞き間違い、ということを祈って少女の次の言葉を聞いた。
「大きなお山が噴火して、それでこの世界はボロボロになっちゃうんだって。だから最期にこの綺麗な海をお兄ちゃんと一緒に見ようと思って」
恐ろしさすら覚えた。
妖精から聞いた、世界が壊れるという言葉から自らがしばらくすると死ぬだろうということをこうも冷静に受け止められるのだろうか。
しかも、たまたま会った見ず知らずの人のことも気にかけて、良い景色を共有しようとする。
とても、彼の常識の中の幼い子供とは、この少女は違うようだった。
「お山ってあの、遠くにあった?」
「そう」
少女は落ち着いて、海を眺めていた。
内心とても荒れている、隣にいる彼とは対照的であった。
なんで自分は起きるたびにこんな大変な事態に巻き込まれるんだ。一度くらい、みんなみたいにゆっくり暮らしてみたいのに。
なぜそんな普通のことすら、許してくれないのだろう。
彼は、ずっと抱えていた悩みを改めて考えた。
前の世界でもそうだった。
眠くてずっと寝ていた眠りから覚めて、面白そうな世界を見てみたいと思って外に出てみたらいきなり隕石が降ってきた。
そして今度は火山が噴火するだなんてことを言われた。
彼は、悲しみに暮れていた。
◆◆◆◆◆
ーードーン
遠くで、耳を割るような音がした。
「そろそろだ、じゃあね、お兄ちゃん」
「待って!」
そう叫んだ瞬間だった。
先ほどの何倍にもなるであろう大きさの音が鳴り響き、耳の力を奪った。
振り向くと、巨大な山からは大量の赤黒い溶岩が流れ出し、空中にはすでにいくつもの大きな岩の塊のようなものが飛んでいる。
すでに空気は灰色に染まり始めており、まさに世界の終わりが近いことを告げていた。
少女も彼も、噴火と同時に発生した爆風により吹き飛ばされた。
砂浜に突き飛ばされた彼は砂を被りながら、言った。
「また、僕は厄災に巻き込まれるのか。なんて不幸なんだ………」
絶望に顔を染め、白目を剥いた彼は再びあの時のように気を失った。
無自覚なる厄災はまた目覚め、そして再び厄災に遭うことであろう。
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