仕返し
読んでいただきありがとうございます。
ギルは現場に踏み込む事が一番だと考えた。女性とお茶会を開いているという噂を流すと、遠くから見ていた王女のメイドが大急ぎで主の元に報告に行った。実際はギルとよく似た侍従とメイドがお茶を飲んでいただけだったのだが。
人払いした王女が護衛に泣きついていた。
「冷めた関係にしかならない婚姻なんてわかっていたけどやっぱり嫌。帰ったらお父様にお願いして破棄させていただくようにするわ」
護衛の手が王女の背に回った。
ギルはその場に踏み込んだ。
「これは一体どういうことでしょうか?男と抱き合うなど論外です。しかも私との縁談をなかったことにすると聞こえましたが」
「殿下が先に不貞を働かれたから慰めてもらっていただけですわ。やましい気持ちなどございません」
「不貞など働いてはおりません、何かの間違いではないですか?しかもこの状況、何か問題が起これば抱きしめて慰めてもらうのですね。私の横に立つ人にはふさわしくありません。婚約破棄は承ります」
「先程わたくし以外の女性とお茶会をしておられたと聞いておりますわ」
「さて、ここに来るまで執務室で仕事をしておりましたが可笑しいですね、誰かとお間違えではないでしょうか?今すぐ調べさせますのでお待ち下さい。しかしお茶会くらいで婚約破棄とは狭量ですね。王子妃としての資質を疑います」
「以前女性とお庭を散歩しておられた殿下がキ、キスをしておられたのを見ました」
「以前と仰いますと、こちらへ来られてからですね。庭で部下と歩きながら仕事の話はしたことがあります。その時部下の髪に木の葉が付いていたのを取った覚えはありますがキスなどしたことはありません。お疑いなら部下を連れてきましょうか?他にも見ていた者がいるはずです。
婚約者が来ておられるのに、誰彼構わずキスをする男と思われたとは心外です。私はそんな節操のない男ではありませんよ。失礼すぎる。婚約破棄のことは陛下に話しておきます。国と国のことですから平和な解決を望んでおります。ではこれでもうお会いすることもないでしょう」
その時侍従が入って来て先程お茶を飲んでいた男女について報告をした。
「殿下の乳兄弟のサム様がメイドの方と休憩のためお茶を飲まれていたそうです」
「サムは他人の空似ですが、私とよく似ているんです。よく見ると違うんですが雰囲気が似ているそうです。よく確かめもしないで怒りをぶつけられたのですね」
冷え切った声でギルが言った。
王女と護衛は自分たちのしでかしたことに青くなって震えた。
ストラウス王家は婚約破棄の代償として隣国に対して有利な条件を結ぶことに成功した。関税の引き下げと金鉱山を一つ引き渡されることになったのだ。
所有権はギル個人の物になった。他国の王族を侮辱した罪はそれほどまでに重いものなのだ。
少しばかり可哀想に思ったギルは王女の罪を軽くして貰うよう口添えをした。
護衛は伯爵家の嫡男だったそうで王女と結婚をし大切にするということで家の断絶を逃れることができたのだった。子爵位に落とされたが、その後のことまでは責任は持てない。幸せになってくれと思うばかりだ。
王と王妃は五歳の時の息子の反骨心がここまでだとは思っておらず。戦々恐々とすることになった。第一王子が王太子で良かったと胸を撫で下ろしたものだ。
こうなればメリーに是非とも婚約を結んで欲しいと思う王家だった。ギルの手綱を握れるのはメリーしかいない。
ギルは計画が上手くいって満足だった。五歳の時に考えた事が面白いくらいに思うようにいったのだ。メリーが好き、その気持ちで突き進んだ事だった。
シングルトン公爵家に王家からの招待状が届けられた。
メリーとの婚約破棄があってから王妃と夫人との交流は全くと言っていいほど無くなってしまっていた。王家の立場は分かるが娘がいいように捨てられたのだ。母親として納得できないものがあった。
ギル殿下に対しては思うこともなかったので交流もそのままにしていた。娘が年頃になりそろそろ繋がりをお断りしようとしていた矢先の出来事だった。
「ストラウス王国の太陽であらせられます陛下と美しき月であらせられます王妃様にご挨拶申し上げます」
「面を上げてくれ。そのような堅苦しい挨拶は止めにして欲しい。此度その方等を呼び出したのは、他でもない。ギルとメリー嬢の婚約に対しての願いだ」
「メリーとギル殿下との婚約は随分昔に無かったことになったと思っておりましたが、違いましたでしょうか。まだ幼かった殿下が泣きながら婚約破棄をメリーに告げられた姿が目に焼き付いて離れませんが」
「そう虐めないでくれないか。ギルが自分で隣国の王女との婚約を破棄したのだ。その想いを認めてやってはくれまいか」
「なんと都合の良いことを仰る。婚約自体をなかったものとせよと仰られたではありませんか。目の前で幼い娘が捨てられたのです。軽い気持ちで婚約をお受けしたのではありませんでしたのに」
「申し訳のないことをした。ギルにもあれからずっと恨まれていた。悔やんでも悔やみきれない。あの時はあれが取るべき方法だと思っていた」
その時ギルが扉を開けて飛び込んできた。
「公爵、メリーとの婚約認めて貰えないだろうか。メリーが生まれた時から一筋だ。婚約をさせられていた時もメリーしか興味がなかった。頑張って婚約破棄に持っていき財産も手に入れた。必ずメリーを幸せにすると誓う。婚約を許可して欲しい」
「ギル殿下のことは認めていますが口惜しくて仕方がないのです。登城させるのももうお断りしようと思っておりました。良からぬ噂が出始めております故」
「側に婚約者がいないから代わりにしているとか言う奴か。噂とは厄介なものだな。僕達のことを劇にして公演をさせるのはどうだろう?引き裂かれかけた真実の愛を取り戻す恋愛劇として」
「それは宜しいですな」
「待ってくれ、それでは悪役は私達ではないか」
「事実ですから仕方がないかと思いますが」
「王家への信頼が無くなってしまう、許してくれ。その代わり婚約を大々的に発表しよう、新聞に載せるというのはどうだろう。大々的なパーティーも開こう」
「仕方がないのでそれで手を打ちますよ、陛下。婚約は書面にしますよ、反故にされたらたまったものではない。違約金はこの国でどうですか」
まだ十五歳なのに王族のオーラを纏った姿に公爵は次期国王はギル殿下ではないかとふと思った。
メリーの前に跪き侍従から薔薇の花束を渡された甘い瞳のギルが
「僕と婚約して欲しい、君を裏切らないし一生大切にする。愛しているんだ」
と言った。メリーは
「はい、よろしくお願いします。一生側においてくださいませ」
と応えた。ギルはメリーの額に初めてキスをした。花の香りがした。王家は手綱を握ってくれるメリーに安心し、公爵家は娘を愛してくれる婿に嬉し涙を浮かべた。
誤字脱字報告ありがとうございます。