烈
学校の裏門から歩いて四、五分の場所に、苔むした古い瓦屋根の表門と白壁に囲まれた一海寺が、小木原恒徳の家であった。
住職の父に早朝から叩き起こされ、門前と境内の清掃に本堂の床拭き。それは幼い頃から今も続く小木原の修行の一部である。
小学生になった頃には読経を仕込まれた。
夏休みには朝早くから夜遅くまで本堂の仏前で勤行させられたが、ゲームやマンガ本に心を囚われ、そのたびに痛棒で痣ができるくらい叩かれた。
よそ見をしたと叩かれ、声が小さいと叩かれる。
おかげで人が惚れ惚れするくらいの朗々たる声が出るようになったが、小木原の心には「絶対、寺など継ぐものか」という固い意志が刻み込まれた。
目下の夢は高校卒業後、すぐ寺を出て一人暮らしを始めることだ。
「おはよう」
教室に入ると片岡、村島、日野が小木原を見た。
村島は顎を突き出すようにして会釈を返す。
一年次の初め、クラスメートに絡んでいた村島を小木原は大声で注意した。耳のそばで放った頭蓋骨に響く声がよほど応えたのか、村島は小木原に一目置くようになった。
挨拶代わりに片手を挙げた片岡は、やはり一年次に小木原と持久走で互角に戦い、良きライバルになった。
二年次で初めて同じクラスになった日野は小木原の声に圧されて最初は戸惑っていたが、今では片岡の次に信頼できるクラスメートとして小木原を認識しているらしい。
「あれ、片岡、山ラン(山でランニング)してたんちゃうの」
小木原は驚いたようにしばらく片岡を見つめた。
「きょうは休みや。山ラン、いつ始まるかわからんけど、明日からは校庭で練習ちゃうかな? まだちゃんと決まってへんけど。で、何で?」
「えっ――じゃ他のやつか――今朝、境内掃除してたら、山で人走ってんの見えてな、顔までわからんかったけどお前か思て。
そやけど休みやってんやろ? ん? よう考えたらやっぱおかしいな」
小木原は眉根を寄せて朝の記憶を思い起こしながら、片岡たちに近づき、
「見たんは中腹より上のほうやった。お前ら練習すんの遊歩道やんな?」
「ああ。そこだけや。そっから上は歩けるような道やないで。山に慣れたもんやったらギリ行けるか知らんけど、走れやんやろ」
「そこまで行けるゆうたら吉村のじじいくらい?」
そう言った村島の尖った唇を日野がぎゅっとつまんで、
「そやけどなんぼ吉村のじいさんでも、そんなとこ走れんわな。小木原いったい何見たん?」
と、見つめてくる。
片岡も、唇をつままれたままの村島もじっと見てくる。
「さあ?」
小木原はただ首を捻るしかなかった。