助
十月十二日水曜日午後十一時頃
一海寺~猪狩山山裾 廃屋枯れ井戸前
片岡が井戸に近付き、今度は避けることなくジャンプした。手を放し赤い簪が穴へと落ちていく。
「よっしゃっ!」
聖徳がガッツポーズをした。
同じように日野も汗を握った拳を振り上げる。
日野だけでなく、助っ人として共に来た複数の男子生徒たちも喜び頷き合った。
だが、
「あっ! 落ちるっ」
聖徳の悲痛な叫びに驚いて井戸に目を向けた。
踏み切りが甘かったのか、力尽きたような片岡が今まさに穴へと向かって落ちようとしていた。
その瞬間、片岡の身体が井戸外へと投げ出された。まるで誰かに引っ張り出されたかのように――
その誰かとは――
日野は自分の見ている者が信じられなかった。
井筒の縁に赤い簪を髪に差した着物姿の少女が立っていた。片岡が地面に転がったのを見届け、井戸の中へと飛び込む。
肉塊の井神がそれを追っていく。
読経しながら息も絶え絶えに追いついてきた小木原の全身から湯気のような白いものが立ち上り、人の形を取る。それがすっと井戸のほうへと移動した。
「数珠も井戸の中にっ!」
三上の声に小木原は数珠を首から外し、井戸へ放り込んだ。白い人型がそれについていく。
無音の世界にいるように日野は感じた。
松明の爆ぜる音や読経、祝詞の声が聞こえているはずなのに、とても静かで――ゆっくりと見え――だがすべて、それはほんの一瞬の出来事で――
ばっしゃぁぁん。
水音が静寂を破り、
「早よ、蓋せえっ!」
鎮の怒声が辺りに響いた。
日野や聖徳、他男子生徒たちもみな目が覚めたように一斉に動く。
日野は計画通り、鉄製の丸蓋を隣クラスの男子二人と「せーの」で持ち上げ、読経を続ける小木原の目の前の井戸に蓋をした。
聖徳や他の男子、そして鎮が井戸全部を覆うように幾重にもお札を張り付け、光悦と三上が紙垂の下がる注連縄をその上から巻き付けた。
くぐもった咆哮が井戸の底から一度聞こえて来たが、それ以上聞こえることはなかった。
「こんなで大丈夫やろか」
日野が誰にともなく言うと、「まきと一海さんが押さえ込んでくれてるかい大丈夫や」と聖徳が微笑んだ。
あの少女と白い人型が見えていたのは自分だけではなかった。
「井戸ごと埋めて、その上に祠立てよか」
「そやな。費用は吉村家持ちでな。ま、それまで毎日お経上げに来なな」
光悦の案に頷いて鎮が片岡の隣で地面に寝転んだままの息子をじっと見る。
二人はまだ荒い呼吸を整えていて、小木原は父親の視線に気づいていない。
日野は彼の毎日の修業がまた一つ増えるなぁと苦笑しながら顔を上げ「あっ」と叫んだ。
「どうしたんや」
聖徳の問いに今まで霧に埋もれていた道を指さす。
隠されてぼんやりとしか映っていなかった松明の火がはっきりと見え始めていた。
「霧が晴れて来ましたね」
今まで聞いたことがない三上の明るい声がした。




