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井神   作者: 黒駒臣
第三章 結
41/44

  

  

 こんなしんどいて思わんかった。いや、思てたけど、思てたよりしんどい――

「も、もう……無理や……」

 息も絶え絶えの片岡の口から泣き言が零れ出た。今まで陸上競技でどんなに辛くてもそれを乗り越えて来た。自分の力を信じ、ただ思い切り走ればいいだけだからだ。

 だが、これはどうだ?

 化けもんをつかず離れず引っ張りながら、ここぞという場所で簪を手に取り、井戸を飛び越える。

 逃げ切るために全力で走るのではなく、つかず離れずが一番神経を使う。しかも途轍もなく怖くて、みなを助けるという使命まである。

 競争やったら失敗してもオレが落ち込むだけや。そやけどこれ失敗したら、みなあいつにやられてまう。

 しんどい……しんどいけどやらなあかん。

 小木原も三上も住職らもみぃんな頑張ってんのや。

 自分を叱咤し、霧の中に滲む松明の火に向かって、そこにある井戸に向かって走る。

 今度は忘れない。

 片岡は頭に手をやり、田中が工夫して付けた簪を手に取った。走っている間、落ちてしまわないか不安だったが、激しい揺れにも負けずにしっかりくっついていたそれは、引っ張るとすんなり抜けて握った手の中に納まった。

 霧の中の淡い松明の明かりを通り過ぎると段々霧が薄くなり井戸が見えて来た。

 道脇の垣根の間から聖徳たちの顔が覗いている。

 辛そうにこっちを見ているみなの顔を見て、辛いのはオレやでと苦笑した。

 肺が痛い。足が(だる)い。そやけど後もうちょっとや。しっかりせぇっ!

 片岡は己を叱咤し、ジャンプのために助走した。

 井戸の上飛んだら、簪井戸に落とす、忘れんなよぉオレぇ――

 簪を握った拳に力を入れ、ジャンプのタイミングを計った。

 今や。

 地面を蹴ってジャンプし、簪を放す。

 赤い簪は暗い穴の中に向かって吸い込まれるように落ちていった。片岡の身体も一緒に――

「あ……」

 片岡は両手で藻掻いたが、落下を止められるはずもない。

 踏み切り弱かったんや……こんなん小木原も三上も助けられんやん……

 ……しゃあないか……これでみんな助かるんやったら……

 コンクリート製の井筒の内側がゆっくり目前を通り過ぎた。


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