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井神   作者: 黒駒臣
第三章 結
38/44

整1

         

  

 十月十二日水曜日午後九時二十分

 一海寺庫裡


 多量のお札を入れた経箱を抱え、小木原は本堂から出た。廊下を行く途中、三上のいる法要時の檀家控室を覗く。六畳間の中心にある座卓にもたれ三上が居眠りをしていた。

「おいおいおい、三上あろうもんが。間に合えへんくなるやろ」

 襖をぱんっと全開にし、和室に足を踏み入れる。

 音に顔を上げた三上が「ちゃんと全部書きましたよ」と言いながら大きく伸びをした。

「おー、さすがやな」

「三上あろうもんが、とか、さすがやなとか、僕の何を知っててそんなこと言ってるんですか? 今まであんまり喋ったこともないのに」

「ん? なんとのうわかるやん」

「寺の跡取なのに適当な性格ですね」

「そこが俺のチャームポイントや。よっしゃ行くで」

 呆れ顔の三上を置いて、小木原はさっさと控室を出た。


 大座敷に戻ると桧川を呼んだ。その声に桧川だけでなくみな集まってくる。

「準備できたか?」

 うなずきながら桧川が座敷の一角を指さす。その先にはたくさんの松明と風呂敷包み、そして赤い着物を着た『女性』がうつむいて座っていた。茶髪を結ってまとめ上げ、そこにまきの簪を挿している。顔が見えなくても大柄な体格から片岡に間違いないが、一応女性に見えた。

「ようできたなぁ――」

「よくできましたね」

 三上とほぼ同時に感嘆の声を上げると桧川が明らかなドヤ顔を浮かべ、二人の女子をそばに呼んだ。

「彼女らのおかげや。着付けは隣クラスの小見山さん、化粧と髪は田中さん――すごいやろ。今うちドヤ顔して偉そうにしてるけど、自分がなぁんもできへん人間やって、ほんまは痛感してるんやで」

「そんなことない、お前いてへんかったら、みなまとまらんかったやろし、スムーズに動けやんかった思うよ。さすが桧川や、もっとドヤ顔したらええよ。それから君らもありがとうな」

 お世辞や慰めではなく心の底からそう言うと、桧川の目がじわり赤くなった。

「ははっ、鬼の目にもなみ――いったあああ」

 話に割り込んできた村島が尻を押さえてうずくまる。その背後には腕組みをした百華が怖い顔をして立っていた。

「完璧に掌握されてますね」

 三上が鼻で嗤う。

「何度もごめんなさいお兄ちゃん」

 しゃがみ込んで村島に謝る千華に、

「気にせんでええで」

 小木原が笑うと桧川たちも「そやそや」と賛同した。

「そやけど桧川、これ走ってる時に落ちへんか?」

 小木原は片岡の髪を指さした。

「大丈夫やと思う。田中さん、ガムテープ使ってしっかり固定してたし」

 よく見ると額やうなじのウィッグとの隙間にガムテープが覗いている。まとめ髪のほうもヘアピンだけでなくガムテープで補強され、簪もしっかり差し込まれていた。

「田中さん容赦ないで。片岡の髪も肌も無視や。とにかく落ちないようにがっちり留めてたわ。なかなか頼もしい女や」

「お褒めに預かり光栄ですっ」

 田中がVサインを頬に当てた。

 すべてが無事終わった後、片岡の髪や肌がどうなっているのか気の毒に思いながら、果たして本当に無事終われるのか不安に駆られる。

 だが、やるしかない。

「そやけど、ここっちゅう時に簪、手に持てるんか?」

「引っこ抜けば取れるようにしてる。こいつずっと手で持っとく言うてたけど、落とすかもしれんやんな? ビビりやのに」

「確かにな。落としてしもたら(しま)いや」

 小木原は苦悶の表情を浮かべてうつむいている片岡を見つめた。

 こいつには頑張ってもらわんと――

 聖徳の言っていた井戸がもし利用可能なら、これから一世一代の化けもん退治が始まる。


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