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井神   作者: 黒駒臣
第三章 結
36/44

友2

  

 腹拵えを終え、みなそれぞれの準備に取り掛かる。

 食事も摂らず、本堂や控室に籠ってお札を書き続けている小木原と三上には、さっき織田たちにおにぎりを運んでもらった。

 桧川はちゃんと食べろと伝えるよう彼女たちに頼んでいたが、一心不乱にお札を書き殴っている姿に聞いていたかどうかわからんと不安が返って来た。

 ま、腹減ってたら食べるやろ。食べな力でえへんし、それより――

 桧川には片岡の食欲のなさが気になった。一番体力が必要なのは片岡なのだ。小木原母の説得で無理にでも食べたが、十分とはいえない。

 まだ住職たちは帰って来ず、襲われた可能性も考えられ、桧川の心配は増すばかりだ。

 でも小木原はなんも心配してないみたいやかい大丈夫やろ――いやお札にかかりっきりで気い回らんだけかもしれん――いやいやそんなことない。あの感のええ三上もなんも心配してない。そやかい大丈夫っ。

 桧川は顔を上げた。

 小木原母には必要なものをすべて準備してもらっていた。一般家庭ならゴミなのでは? というようなものでも、この寺の納戸に保管してあった。

 もちろんむやみやたらとゴミを置いてあるのではなく、まだ使えそうなものをきちんと整理して納戸や軒下に保管していたのだが、棒切れやぼろ布までとってあるのを見た桧川は、小木原母は今回のことを予見していたのではと思った。

 それを伝えると、もったいのうてよう捨てんだけやと小木原母は笑った。

 着々と準備が進む中、桧川はようやく渋る片岡を説き伏せ、小木原の部屋を借りて着替えを始めた。

 走り易いようにと、着物の下は小木原のジャージを穿かせることにする。

 桧川は小木原母の若かりし頃の薄桃色の桜が散りばめられた赤い着物を片岡の肩に掛けてみたが、どうやって着せたものかと悩んだ。項垂れた片岡のやる気のなさと着付け未経験の己の無力さが合わさってイライラが頂点に達し、

「あーもうっ」

 片岡の首根っこをつかむと、大座敷まで引っ張って来た。

「もうっっ! こいつ、何とかしてっ」

 桧川の剣幕に大座敷にいたみんなが振り向き、手持無沙汰にしていた女子たち――千華、百華姉妹も含む――が、わらわらと集まってきた。

「誰か着付けできる人おらへん?」

 桧川の問いに茶道部の小宮山舞が手を上げた。

「ごめんやけど頼むわ。それから――」

 桧川は片岡を小見山に(ゆだ)ねると座敷を見渡し、松明係にいる日野と村島を呼んだ。

「女子だけに囲まれてたら片岡も恥ずかしやろし、お前ら一緒にいてやって」

「別にええけど――」

 松明係を振り返りつつ言い淀む日野に、男子たちは「こっちはまかせろ」と手を上げる。

 村島がにたにたしながら、

「かわいい女子らに囲まれてんのに何暗い顔してるんや」

 俯いたままの片岡の顔を覗き込んだ。

「お前とちゃうわ」

 百華がつっこみ、「こ、こら」と慌てて千華が止める。それを見て、桧川は笑った。

「百ちゃんナイスツッコミ。ほんまこいつしょうもない奴や――ま、かわいい女子言うんは認めるけどな」

「ふんっ、お前に言うてない」

 間髪入れず鼻で嗤う村島の尻に桧川は蹴りを入れた。

 顔を歪めて尻を押さえる村島の姿に百華が楽しそうな笑い声を上げる。

「桧川にいらんこと言うたらあかんやろ。学習せんやつやな」

 日野がため息をついた。

 その間にも小見山が片岡に着物を手際よく着せていく。

 可憐な赤い着物はどう見ても陸上部男に似合わなかったが、見た目だけはよく映え、化けもんがまきと間違えて追いかけてくるのは必至だと思った。

 小見山が本格的な着付けでは苦しかろうと緩めに、だが疾走しても外れないようにとしっかり帯を締めていく。

「さすがやな」

 桧川は感嘆の声を漏らし、興味深げに眺めていた他の女子たちもみなうなずいた。

 着付けが済むと女子の中の一人が前に出て来た。

 常に生活指導から注意されている長い茶髪で化粧の濃い田中咲絵だ。

 明らかに自分たちとは別種で、不良と付き合っているだの援助交際をしているだのの噂があり、同じクラスだが今まで接点をもったことはない。

「な、なに?」

 桧川の問いに、

「念には念を、や」

 と、田中が持参の化粧ポーチを掲げて見せた。


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