決
十月十二日水曜日午後五時三十分
一海寺庫裡(居室)
「いやや、絶対いやや」
「頼む。まきがどんだけ早かったんか知らんけど、たぶん今ここでまき並みに走れんのはお前だけや。一海さんしたみたいに絶対守るよって、まき役やってくれ」
「一海さんしたみたい言うけど、まきを助けられてへんやないか」
部屋の片隅に座り込んだ片岡が蒼白の顔で首を横に振り続けている。その前で必死に説得し続ける小木原を見ながら、三上はため息をついた。
きょう一日で何日分の嘆息を吐いたのか。
小木原家の居室に移動してから鎮たちとすぐ封じる場所の検討に入った。
三上は、自分の役割をいち早く感づいて逃げかけた片岡を捕まえ、小木原とともに説得に当たっていた。
「陸上部のエースが裏目に出ましたね。もうあきらめてください」
「お前が言うたらなんか嫌な感じするなあ」
小木原に睨まれ、三上は肩をすくめた。
「オレなんか食われんて。がっちがっちに肉硬いし」
片岡の泣き言に、
「大丈夫ですよ。井神は人肉を食うんじゃなくて中身を吸うんですから。それに、あなたはただの囮ですし――」
そこまで言って片岡にまで睨まれて口を閉じた。
説得は小木原君に任せますか――
振り返ると鎮が腕を組んで首をひねっている。この地区にちょうどいい穴=井戸がないか思い出そうとしているのだろう。まだまだ古い家々が残っている地区だが、井戸の有無など今まで意識したことがなく三上にも思い当たるものがない。
「あっ、あそこにありませんでしたか? 祖母の友人やった方の家で、もう亡くなられてずっと廃屋になったままのとこなんですが」
聖徳が閉じていた細い目を開けた。
「庄司のおばはんのつれ言うたら小賀のおばはんか?」
光悦の言葉に鎮も顔を上げた。
「山裾のあそこの家やな。そういや田んぼの端に井戸あったな――あそこ吉村はんの貸し地やで、おばはん亡うなった後、取り壊す言うてたけど結局放ったらかしたままや」
「よっしゃ。そこで決まりや」
光悦が勢いよく手を打つ。
「ほんなら吉村さんに許可取らんといけませんけど、どうやったら――」
項垂れる聖徳に、
「ぐずぐずしとられんで、そんなん後や。もとはと言えば吉村家が悪いんやさかいな。ここにずっと隠れてるわけにもいかんし――やるんやったら早いほうがええ。
そやけどちゃんと封じ込められるか井戸やらルートやら先に調べなな、行き当たりばったりでやれんし」
そう言って鎮が立ち上がった。
「どうすんや?」
光悦も腰を上げる。
「小賀のおばはんの家まで行く。先生もついて来て。光悦、あそこまでの道、結界張れるか?」
「やれいでかい」
「優光君と恒徳は――あ? お前まだ片岡君説得できてへんのか」
小木原の肩を押して退かせ、首を横に振り続けてだだをこねている片岡の前に鎮がしゃがみ込む。
「片岡君、宿命や思えへんか? 君と優光君と恒徳、役者が揃ってんのや。
もしかして君はまきの血筋のもんかもしれんで」
「そんなん言われても――」
「まきみたいに生贄にはせん。わしらが全力で守る」
そう言いながら光悦が鎮の後ろに立った。
片岡が二人の顔を交互に見つめて恐る恐るうなずく。
三上は父の力強い眼差しを初めて見た。




