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井神   作者: 黒駒臣
第一章 現
20/44

        

  

 十月十二日水曜日 午後三時

 一海寺庫裡(大座敷)


「きゃあ、めっちゃ可愛い」

 女子の黄色い声が上がる。

 日野や村島たちみんなに囲まれて、千華と百華はさっきと別人のような安心しきった顔で笑っていた。

 無事に連れて来れてよかった。

 離れた場所で座卓に残っていた握り飯を頬張りながら小木原はほっとした。

 横に座ってお互いの経緯を話していた片岡が急須の冷めたお茶を湯呑に注いで差し出す。

「あの子らのおかげで女子もちょっと元気出てきたな。そやけどおかん探して霧の中歩いてたんやて? えらいな」

「高校に避難してる思て来たみたいや。あんなんいてる霧の中ようきたな思うわ、女の子やのに勇気あるで」

 小木原は一口茶を飲んだ。

「うーん――まさかな――うん、ぜったいちゃうわ――」

 うつむいた片岡が一人言い淀んでいる。

「なんや」

「なんもない、なんもない。たぶんちゃう思うし」

 そう言いつつ片岡の表情は暗い。

「なんか思い当たることあるんか?」

 小木原は指についた飯粒をついばんだ。

「んー、もしかしたら――いや(ちゃ)う思うよ、違う思うけど、オレが一番初めに見た化けもんな、ピンクのエプロンつけた女の人やったんや。それ、あの子らのおかんかな思て」

「違うやろ。そんなおばはん、なんぼでもおるし……」

「そやな」

 片岡が安心したようにうんうんうなずく。

「そやけど……そのことあの子らに言うなよ」

「……わかってる」

 片岡の返事を聞きながら小木原は湯呑に残った冷たい茶を飲み干した。

 廊下に面した障子がそっと開く。

「小木原君、片岡君、ちょっと」

 父親ともども姿の見えなかった三上が顔を覗かせ手招きした。

 片岡と顔を見合わせ廊下に出て、本堂に向かう三上の後をついて行く。

「なんのリアクションもないな。さすが三上、冷めとるで」

 片岡の耳打ちを苦笑で返す中、

「放っていってすみませんでした」

 三上の呟くような声が聞こえてきた。

 片岡がぎょっとした。

「あ、ああ、そんなん気にしてへんよ。寝てた俺が悪いんやし、逆に何の役にも立てんとこっちこそすまん」

 小木原の言葉に急に片岡が廊下に座り込んだ。

「それ言わんとって」

「な、なに? どうしたん?」

「自分の不甲斐なさ思い出すさけ。オレあれ見てほぼ気ぃ失うとったんや」

「お前そんなに怖がりやったんか?」

「だそうです」

 三上が振り返りふっと笑い、つられて小木原も笑う。

「お前ら笑うな」

 そう言いながら片岡も笑った。

「小木原君が無事で本当によかった。でも喜んでばかりいられません。早くみんなで対策を練りましょう」

 再び歩き始めた三上の後を小木原たちは黙って従った。

 本堂の障子を開けると外陣(げじん)に鎮、光悦、聖徳が座り込んでいた。

「よう帰って来たな。さすが俺の息子や」

 鎮が尻をずらし場所を開けた。

 小木原は片岡とともに座り、光悦と聖徳の間に三上が入る。

「日野君や桧川さんも呼ぼうかと考えたんですが、大人数になってもと――」

 三上の言葉に、

「日野呼んだら村島呼ばんわけにいかんしな。あいつ来たらうるさいんで、それ正解」

 片岡が親指を立てて、いいねする。

「言えてる。ところで親父、それなんや?」

 座の中心に何か置かれている。

 古い巻物に木の箱。

 なんとなく見覚えがあるのだが思い出せない。

「化けもの退治のヒントにするため、あそこの下から出したものです」

 三上が須弥壇前の座具を指さした。

「ああ――えっ、あそこ開けたんか?」

「なんやお前、知ってたんか?」

「知ってるよ。もう長いこと開けてへんけど。

 え? 親父知らんかったん? うそやろ」

「うっ。俺にはいろいろ事情があるんや」

 ばつの悪そうな父親を気にも留めず「あー、ほたらあれも見つかってもたかぁ」と小木原は苦笑を浮かべた。

「あれってなんや? 優光君、他になんかあったか」

 鎮の質問に三上は笑った。

「自分でばらしてどうするんです。せっかく黙ってあげてたのに」

「ははは、もう時効や、バレてもかめへん。俺も忘れとったし」

「なに入ってたん?」

 興味津々で片岡が身を乗り出す。

「漫画や。子供ん頃、勉強せんさかい()れ言われた漫画本隠してたんや。時々こっそり見てたけどいつ親父にばれるんやろ思てたわ」

「おとなし拭き掃除でもしてるんか思たら。ほんまお前は……」

「お前も先代によう怒られとったでおんなじや」

「いらんことぬかすなっ」

 鎮と光悦の睨み合いが始まった。

「二人ともやめてください。先にこれを調べましょう」

 三上が『猪狩山異聞』を手に取り、そっと開く。

 黄ばんだ紙に蚯蚓がのたくったようなくずし字が書かれてある。

「読めるんや。さすが三上」

「まあ、専門家には及びませんが」

 感心する片岡に三上が巻物から目を離さないまま遠慮気味に答える。

「へえ。俺も昔見たけど、さっぱりわからんかったわ。ま、まだ子供やったかいな、言うて今でもわからんけど」

 ハハハと小木原は豪快に笑い「その箱の中も見たことあるわ。お札入っとったで。あと長い数珠と(かんざし)――」

「簪?」

 鎮、光悦、三上が同時に声を上げた。

「う、うん。珊瑚いうの? 赤い玉の……」

「まさかそれ祭具やないよな? おい鎮、お前んとこの先代か先々代か知らんけど、これにやるんにここへ隠しとったんちゃうか?」

 光悦が小指を立てる。

「あほぬかせ。そんなことあるか」

「あるわ、この生臭坊主がっ」

「もうっ二人ともっ、ちょっと待ってください。今調べてますから……」

 再び睨み合った二人の間に三上の声が割って入った。

     

                     第一部~現~ 了

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