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井神   作者: 黒駒臣
第一章 現
15/44

篭1

         

  

 十月十二日水曜日 午後一時四十分

 一海寺庫裡(大座敷)


「今頃になってごめんねぇ。お腹空いたやろ」

 小木原の母、仁子(さとこ)が大量の握り飯を載せた大皿を立派な一枚板の座卓に置いた。

 檀家の葬儀や法要に使用される座敷は広く、この大楠の座卓が中心に据えられている。

 避難してきた2―Eの生徒たち、ともについて来た他クラスの生徒たちが入っても座敷にはまだ少し余裕があった。

 桧川を先頭に数人の女子が仁子を手伝い、追加の握り飯の載った大皿に、味噌汁や卵焼きも運んできた。

 三上は皆とともに一緒に握り飯を頬張った。

 村島が喉を詰まらせ、日野にお茶を飲ませてもらっている。

「そんな慌てんでも、まだまだあるで。

 ほらあんたらも()よ食べ。今食べとかな、今度いつになるかわからんよ」

 広間の片隅で固まって震えている女子たちに仁子が促す。年上女性の余裕の笑顔に安心感を覚えたのか、塊が(ほど)けた。

 生徒たちを気遣う仁子を眺めながら、三上は小木原がここにいないことに胸を痛めた。

「おばさん、小木原君、まだ帰って来ませんか?」

「まだや。心配してくれてありがとうな、優光君。あの子やったら大丈夫やさかい」

 そう言う仁子だったが目には明らかに不安の色が浮かんでいる。

「ったく、こんなことになったんはお前のせいやさけな、小木原(しずめ)っ」

 握り飯を頬張りながら光悦は一海寺住職・小木原鎮に吠えた。

「さっきからなんや。何で俺のせいや。おのれは相変わらずわけわからんこと言うのぉ。人んちの米食いもて」

「なにをっ」

「あなたっ! それに光悦さんっ! 食べながらやとご飯粒飛びますで。話は後からにっ」

 仁子に注意され、鎮と光悦がしゅんとなる。

 代々続く邪櫃神社の立派な宮司の光悦だが、仁子の前だと少し様子がおかしい。そういう場面を三上はたびたび目撃していた。聞けば光悦、鎮、仁子の三人は幼馴染だそうだ。

 それ以上のことは語らないが、きっと父は恋敵に惨敗したということだろう。

 こんな状況だというのに、いまだお互い角を突き合わせているなんて情けないと三上はため息が出た。

 握り飯を食べずに持ったまま、聖徳が「小木原は戻って来たか」と耳打ちしてきた。

 首を横に振ると、なで肩がさらに落ちた。

 一海寺に到着した際、聖徳は小木原の両親に対し面目が立たなかった。緊急事態とは言え、担任が生徒の確認を損ねたのだ。途中ではぐれたのではない。最初から存在を把握していなかった。情けないミスだ。

 面目が立たないのは三上も同じだった。自分は逃げて来て、しかも父親とともにやっかいになっている。

「あの状況やともう――」

 項垂れる聖徳の肩に、背後に立った鎮が手を置いた。

「先生、あいつなら大丈夫やかい。気にせんで。

 先生はこれだけの生徒を救ったんやし、たいしたもんや」

「いや三上君らがよう頑張ってくれたんです」

「そやけど、ようすぐ動けましたな。普通、こないなこと、そう易々信じられませんで」

「実際化けもんをこの目で見ましたし……あの……そのことでちょっと訊きたいことが……宮司も一緒に」

「あいつも?」

 鎮が振り返り、仁子に茶をもらって嬉しそうにしている光悦を見て「気ぃ進まんけどなぁ……

 はぁ、わかった。ほな腹ごしらえ済んだらわしの部屋に集まろか。先生も今のうちしっかり食べといてください」とうなずいた。

「お前も話に加わってくれ」

 聖徳に言われ、三上はうなずくと、その場をいったん離れた。


「もう落ち着きましたか?」

 三上は壁にもたれてぼんやりしている片岡に声をかけた。小皿に載った握り飯はまだ手付かずのままだ。

「ありがとな三上。助けてくれて」

「いや、僕だけの力じゃないから」

「まだ信じられんわ。あんな恐ろしいもん」

「片岡君って意外と怖がりだったんですね。ビビりは村島君だけかと思ったんですが」

「いや、さすがにあれは怖過ぎるで……」

 片岡はくすっと笑った後「そうや。オレ、ほんまお化けとかめちゃくちゃ怖いんや。村島よりビビりかも知れんわ」と白状した。

「まだまだ解決のめどはつきません。この地区以外はどうなってるのかもわからないし、救助が来るのかどうかも。

 だから腹ごしらえをしっかりして、いつもの強い片岡君に戻っておいてください。

 寺には来ないかもしれませんが、もしここにあれ(、、)が来たら怯える女子たちを連れて逃げないといけません。男子には一人でも気を張ってもらわないと……」

「ああ……役立たずですまんかった……」

「いえ、非難してるわけではなく……」

 言葉の足りなさを三上はどう補えばいいかわからない。

「おいおい聞き捨てならんなぁ」

 桧川が茶の入った湯呑みをもって現れた。小皿の横にどんと置く。

「だから片岡君を非難しているわけでなく……」

「そこ(ちゃ)うわ。怯える女子たちってとこや。うちら怯えてばっかと(ちゃ)うで」

「まあ桧川さんみたいな強い女子がいるのもわかってますが……」

「は?」

 黒縁眼鏡の奥の目が光る。

「いえ、何もありません……

 とにかく今はしっかり力を蓄えておいてください」

 三上は片岡にそう言うと、すごすごとその場を退散した


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