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井神   作者: 黒駒臣
第一章 現
14/44

惨2


 それにしてもどこもかしこも真っ白で数センチ先すら見えない。

「百華、手離したらあかんよ」

「うん」

 声だけが聞こえる。

 もしこの手の先がおじいちゃんみたいになってたらどうしよう。

 百華の抜け殻と手を繋ぐ自分を想像してぞっとした千華は、左手に伝わる肉感と温かさを確かめるようにぎゅっと握り直した。

 百華も同じことを思っているのか、強く握り返してくる。

 突然、傘の先に何も当たらなくなった。千華は傘を振って霧を散らし、目を凝らす。

「あぶなっ」

 もう少しで用水路に落ちるところだった。

 注意しながら進路変更し、再びゆっくり歩き出す。

「お姉ちゃん、どこ行くん? ママどこにいてんの?」

 泣きべそをかいている百華だが、今は『勘』が働いていないことに千華は安心した。

「なんかあったら避難所は新関高校やって、いつもママ言うてたで、そやからそこへ行くつもりや」

「ちゃんと行けてんの?」

「うーん。それ聞かんといて。今、用水路あったからもうちょっとで校門に着く思うけど」

「それ信じてええの? お姉ちゃん方向音痴やんな」

 百華の(あく)たれ口に、ちょっとだけ余裕が出て来たなと安堵しつつ、かつ、注意を怠らないよう慎重に地面を傘で突きながら、千華は「うん」と声を出してうなずいた。

 でも心の中では「ほんまにこっちでええの?」と不安でいっぱいだ。百華の言う通り、千華はひどい方向音痴なのだ。

 きっと不安は表情にも出ているに違いないが、霧のおかげで見えなくてよかったと思った。

 傘の先が柔らかいものを突いた。

 地面辺りの霧を拡散すると、新関高校の制服を着た男子の抜け殻があった。一人だけでなく、女子も混じった数人が折り重なっている。

 目的地への方向が間違っていなかったのは証明されたが、すべての抜け殻の空ろな黒い目の穴に改めて恐怖を感じた。

 祖父やジャックの抜け殻は怖くても家族のものだったから。

 あの時は何も考えられなかった。母の行方が気になっていたし。

 祖父もジャックももうこの世にいないのだと、今頃になって千華の目頭が熱くなった。

「こわいよ。お姉ちゃん」

 急に百華が(すが)りついてきた。

 そうや。わたしお姉ちゃんや。泣いてる場合やない。妹守らんと。

 抜け殻を踏まないように注意して、歩を進める。

 ぐわぁぁぁぉぅぅぅ

 遠くで何かの声が響いた。

「な、なんの声?」

「お姉ちゃん――こわい」

 ますます百華がしがみついてくる。『勘』のない千華でも霧の中に何かの気配を感じた。

 もし対峙したらすぐ逃げられるよう、その際慌てて用水路や田畑に落ちないよう、視界を開くために傘を振り回していると、拡散された霧の向こうに新関高校の銘板の(はま)った門柱が見えた。

 だが、門の中はグラウンドも校舎も真っ白に隠されていて、人々が避難しているようにはとても見えない。

 中に入るか否か、千華は逡巡した。

 そうこうしているうちに、数メートル先の霧が大きく動いているのがわかった。ゆっくりと左右に流れ、薄くなった中心に見えるぼんやりとした影が段々近付いてくる。

 百華は何も言わず、千華にしがみついて影を見ていた。

 声も出せやんくらい怖いんや。

 千華は自分も怖くて仕方なかったが、百華を守らねばと傘を構えた。こんなもので戦えるかどうかわからないが、歯を食いしばり握った手に力を込める。

 影の輪郭が明瞭になってくる。

 ふわりと目前の霧が左右に流れた瞬間、千華は傘を思い切り振り下ろした。

「うわっ」という叫びと共に傘が受け止められた。

「ちょっ危なっ、何すんやお前っ」

 背が高く体格の良い男子高校生が大声を響き渡らせて千華を怒鳴りつけた。

 徐々に霧に隠されていく男子高校生の顔に一瞬目を瞠り、名札で『小木原』と確認したところで、お互い白く包まれてしまった。

 大粒の涙がぼろぼろと千華の目から(こぼ)れ落ちた。百華に見えなくてよかったが、我慢しきれず嗚咽が漏れてしまった。止めようにも、どうしても止まらない。

「お姉ちゃん、泣いてんのっ?」

「うっ……えぐっ……大丈夫、大丈夫やから……」

「よくもお姉ちゃん怒鳴ったなっ!」

「あ、えっと……ごめん。いや別に泣かんでも……えぇどうしよ」

 声とともに霧が揺らぐと、大きな手が千華に伸びて頭を撫でる。

「あ、だ、大丈夫で……す」

「ももはゆるさへんでっ!」

「そやから、ごめんて」

 百華が握りこぶしを振り上げて、小木原が立っているであろう霧に向かってぽかぽか殴った。

「ちょ、痛っ、地味に痛いんやけど……」

「ぜったいゆるさへんからな」

 二人の間に割って入りたいが千華は動けなかった。

 涙と嗚咽も止まらない。

 だが、それは百華がいう小木原のせいでは決してなかった。


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