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井神   作者: 黒駒臣
第一章 現
12/44

           

  

 十月十二日水曜日 午後一時三十分

 新関地区方面主要道・隣地区境界


 新関地区が濃い霧状のものに覆われ、住人と新関高校の教師や生徒が閉じ込められるという奇怪な事件が発覚して二時間が過ぎた。

 午前十一時頃、農業用品を購入しホームセンターから帰って来た農家の男は、乗っていた軽トラで濃霧の中に突入した。

 だが、しばらくして()()うの(てい)で霧の中から徒歩で戻って来た。

 入ってすぐ視界不良でタイヤを溝にはめ車を捨てたという。一応そこから徒歩で帰宅を試みたが、進むことができなかったと男はひどく怯えていた。異臭を放つ濃厚な霧の中で不気味な咆哮と動く異様な影を目撃したらしい。

「おかん一人、家に居んのに……」

 男は頭を抱えて座り込んだ。

 警察、消防関係車両が多数到着したが、いっこうに晴れぬ濃霧になす術がなく、とりあえず規制線を張り、霧の中への立ち入りは禁止となった。

 ヘリコプターが新関地区の上空を飛行、猪狩山を中心に渦を巻いた霧が地区を覆っていると報告が入る。調査の結果、気象とは無関係で原因は不明。

 自治体は警察、消防隊と協力し近くの畑地にテントを張り対策本部を設置した。

 住民たちの救助、霧への対策が最重要事項だが、野次馬の規制も重視しなければならない。

 現に、地区に無関係の人間が多数押し寄せ、スマホで写真や動画を撮影しSNSにアップしている。そのせいでさらに野次馬が増加していた。

 新関も管轄する隣地区の交番所長・宮原は規制線の十数メートル手前でバリケードを築き、応援に来た警官たちと共に野次馬を制していた。

 人々の中に加野範夫の顔が混じっていることに宮原は気付いた。

 新関地区に住む二児の父は以前、次女が遊びに出たまま帰ってこないと、交番に駆け込んできたことがあった。あの時はすぐ発見され、大事に至らず胸を撫で下ろしたのを今も記憶している。

 加野は宮原を認めると、野次馬をかき分け目前まで来た。

「お巡りさん、うちの子、見かけませんでしたか」

「新関地区の小中学生はみな学校で待機してる言うで」

「いやそれが……ニュース見てすぐ学校に連絡したんやけど、登校してすぐ妹の具合悪なった言うて姉と一緒に帰宅した言うんです。家の電話は繋がらんし」

「自分は十一時過ぎにここへ来たんで見てへんわ。それまでに家へ帰っとったら……」

 宮原が霧に包まれる新関地区を振り返った。

 険しい表情を浮かべた加野がバリケードを越えようとする。

「行っても無駄や。霧が濃すぎて前に進めん」

 宮原は謎の影や咆哮の情報を受けてはいたが、この父親のために伝えないほうが賢明だと判断し、言わなかった。

 加野が(すが)るような目で見つめてくるが、宮原にはどうすることもできない。


 風に揺れる黄色い規制線が、うっすら煙り始めた白い霧に隠されかけているのを、そこにいる誰もまだ気づいていなかった。


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