惑
校門の外まで逃げることができた三上たちだが、邪櫃神社へと行く右側の道はさらに濃い霧が先を阻んでいた。
危険のない場所まで早く避難しなければならないがどうすればいいのか。
左側を見れば、右よりも霧の濃度が若干薄い。この先を行けば小木原の家、一海寺だ。
そこに避難するしかない。
「小木原君、一海寺に行こうと思うのですが――小木原君? 小木原君は?」
見回しても姿が見えず、応答もない。
そばにいた日野や村島ほか、クラスメートに訊ねてみたが、みな首を傾げた。
「あ、そういや逃げる時から見やんかったで」
村島が思い出したように言うと、日野も「全然気づかんかった」と声音が沈む。
霧の中に向かって何度か呼んでみても、小木原から返事はない。
「どこにいるんだ?」
三上は焦りながら独り言ちた。
「おい、こっからどうするんや。はよせなあれ来るで」
背後にいた聖徳が近づいてきた。
「一海寺に避難させてもらおうと思ったんですが、小木原君の姿が見えません」
三上の返事に「なんやてっ!」と聖徳が慌てた。
背後からの異形もんの気配も姿もないのは救いだが、逃げた獲物は霧の網に閉じ込めている――つまり、今は逃げ遅れた生徒や教師たちをじっくり味わっているということなのだ。
まさかその中に小木原が?
次に異形もんが目前に現れた時、小木原の身を纏っていたらと考え、三上の胸がぎゅっと痛んだ。
「お、おいっ、三上っ」
聖徳が濃霧に包まれた邪櫃神社への道を指さしている。
霧の中に人影のようなものがぼんやりと浮かび、それが段々はっきりした形を取る。
女子たちが小さな悲鳴を上げて、男子たちの後ろに隠れた。
「新関の生徒か?」
人影が声を放った。
父の光悦の声だ。
三上はほっと胸を撫で下ろした。
文様入りの紫袴を履いた光悦が霧を纏わりつかせながら、ぬっと現れた。
「おっ、優光か。いったい何がどうなってるんや」
蜘蛛の巣をかき取るように両手を振って近づいて来る。
「異形もんに学校が襲われました」
「異形もん? そうか、これはそういうことやったか」
「神社に避難しようと思ったんですが、そちらへはもう行けないですか?」
「大人数でこの霧の中、神社まで危ないな。息できんくらいの濃霧で一寸先も見えん。女子もいてるし、無理せんほうがええ。
この変な霧に囲まれ出した時に羽中はんが神社の外へ様子見に行きかけたんや。そやけどなんも見えんし進んも無理や言うて、で、わしがいっぺん見て来ちゃるて、ここまで来たんやけどな……」
「羽中さんは?」
三上は神社の事務全般を受け持ってくれている、いつもにこにこした顔の男性を思い浮かべた。
「社務所で待機してもうとる。異形もんは神社に入れん思うで大丈夫やろ思うわ……
みなで神社に避難できたらええんやけどなぁ」
霧がますます濃くなり、光悦のぼんやりとした輪郭と声しか聞こえない。聖徳や生徒たちの姿も同じ。早く移動しないと襲われたらひとたまりもない。
「お父さん、一海寺に避難しようと思います。あっちはまだうっすら道が見えています」
父に見えたかどうかわからないが、三上は左側の道を指した。
「よしわかった。そうと決まれんば、早よ行かな、あっちも濃うなってくるで」
光悦が動くと濃密な霧が拡散されて袴の紫色が見えた。
「先生、先頭をお願いします。この道まっすぐですから。みんな手をつないでください」
三上に促され聖徳を先頭にみな手をつないで前進した。三上と光悦がしんがりを務める。
しばらく歩くと、霧の中にうっすらと路側帯の白い線が見えた。これなら一海寺に辿り着けると安心した。
「そやからわしはあん時言うたんじゃ。こないなことになったんは絶対あいつのせいや。この責任どう取らしたろ」
光悦が唸るように文句を垂れる。
「どういうことですか?」
「寺に着いたら話したるわ」
そう答えると、光悦は眉を顰めて黙り込んだ。