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flos〜修理工の僕とアンドロイドの君との微かな恋の物語〜

作者:

 今日も壊れたラジオから君の歌が聞こえる――――――



「また、ガラクタを拾ってきたのか、キラ? そんなんだから、女子に相手にされないんだぞ」


 僕は伸びた黒髪をかき上げ、声を尖らせて悪友の言葉に反論する。


「だから、ガラクタじゃなくて、お宝だ! それに、女子は関係ないだろ」

「壊れて動かないなら、ガラクタだろ。しかも、そこら辺にいっぱい転がってる。あと、女子にモテない人生は寂しいぞ」

「転がっているけど、転がってないんだよ。女子にモテようとするぐらいなら、寂しい人生でいい」

「そんな壊れた機械なんて、道を歩けばいくらでも転がってるじゃないか。それと、オレたちの人生はこれからだぞ」


 AI暴走による機械と人との大戦のあと、世界は廃材だらけとなった。人工知能による世界統制。気候さえも自在に操れ、自然は消え、動植物はすべて管理下に。

 史上空前の繁栄を遂げた人類。


 しかし、それはAIの反乱によって呆気なく壊れ去った。


 人類の繁栄がすべてを亡ぼすとAIが判断した結果だという。


 かろうじて人が勝利したが、その傷は深かった。人口は半分以下になり、かつての栄華は見る影もなく。


「あ、ヤバい。雨だ」


 悪友の困った声につられて顔をあげれば窓がポツリ、ポツリと濡れ始めていた。

 防弾ガラスに反射して映った自分の黒い目から逃げるように依頼品と傘を手にする。


「これ、直しといたから帰ってから動くか確認して。あと、これぐらいの雨なら、この傘でしのげるよ」

「おまえ、傘なんて持ってたのか?」

「君が言う元はガラクタだよ。ちゃんと修理すればガラクタはガラクタじゃなくなるんだから」

「へい、へい。おまえのお得意の技術だろ? 頭が悪いオレにはわからないんだよ。じゃ、借りていくな」


 軽い声を遮断するように重い鉄の扉が閉まる。


「……また、新しい傘を探さないとな」


 たぶん傘は返ってこない。


 僕は窓の外に映る鉛色の空を見上げた。



 良く晴れた日だった。曇りでもなく、濁ったガスもなく、澄んだ青が空を覆いつくしている。こんな日は滅多にない。

 それだけでガラクタの山を登る足が軽くなる。


 ここは通称、ごみ捨て山。大戦時に壊れた機械が山積みになっている。


「使える物が見つかるといいな」


 AIに裏切られたとはいえ、人類は機械なしに生活はできない。生活をするのに必要な機械はこうしてゴミ山から発掘して、修理して再び使えるようにするのが僕の仕事。

 元々は祖父が教えてくれた技術だった。物心がついた時には親はおらず、偏屈で有名だった祖父に育てられた。

 人付き合いが苦手で機械と正面から向き合っていた祖父。その腕は確かなもので、修理の依頼が多くあった。


「そのおかげで僕も生活ができているから、いいけどね」


 修理に必要な部品もここから見つける。モノクロの世界に少しだけ色が付く瞬間。宝探しのようなウキウキした感覚。


 けれど、今日は……


「あー、ダメだぁ」


 茜色に染まった空の下、僕はガラクタ山の山頂で大の字になって寝転んだ。


「ここまで収穫がないなんて」


 探している修理部品も、使えそうな機械も、見つからない。いつもなら一つや二つはあるのに。


「……帰るか」


 日が落ちれば真っ暗闇になり、動けなくなる。そうなる前に帰らなければ。


 体を起こして立ち上がろうとした僕は不意にバランスを崩した。


「……え?」


 一瞬の浮遊感のあと、全身を打つ痛み。世界がまわり、あっという間にガラクタの山から転げ落ちた。


「いてて……」


 頭を起こすと周囲には一緒に滑り落ちた廃材たち。


「もう、今日は厄日かなぁ」


 祖父がよく口にしていた言葉がつい出てくる。あまり良くない言葉だと知っているから、普段は言わないようにしていたけど。


 ジットリと睨むように転げ落ちた山を見上げると、その途中に白いナニかが突き出ている光景が目に入った。


 夕陽が眩しくて目を凝らす。見慣れない物体が何なのか、僕の頭が理解するのに数秒かかった。


「手ぇぇぇ!?」


 それは、正確に言うと手でなく腕だった。


 四つん這いに近い状態でガラクタの山を駆けあがる。その勢いのまま、僕は突き出た腕の周辺を急いで掘った。



 ――――――そして。



 出てきたのは人型精密機械(アンドロイド)だった。


「…………っ」


 言葉にならない声を呑み込む。


 モノクロのガラクタに埋もれた象牙色の肌。人ではありえない、青にも緑にも見える長い髪。閉じた瞼から伸びる長い睫毛。形が良い鼻に可憐な唇。それが小さな顔におさまっている。


 それから、僕は日が暮れても手探りで掘り続けた。ガラクタの山が崩壊しないように慎重に。暗闇の中を手探りで彼女(・・)を少しずつ掘り出していく。


「やった……」


 全身が現れた時、空はうっすらと白くなり始めていた。


 朝日が彼女の長い手足を弾く。旧時代の服を纏い、足にはブーツ。外見的には目立った損傷はない。


「エネルギー切れか、中が壊れているのか……持って帰って調べないと分からないか」


 僕は彼女の腕を掴んで背負った。


「……軽っ!?」


 それ相応の重さを想像していた僕は足を踏み外しかけた。




 早朝の人気(ひとけ)がない通りを急ぎ足で抜ける。

 戦争が人間の勝利で終わったとはいえ、AIの象徴である人型精密機械(アンドロイド)を憎む人は多い。


 僕は自分の家に駆け込み、重いドアが閉まると同時に鍵をかけた。


「はぁぁぁ」


 安堵とともに腰が抜ける。その場に座りこんだ僕の背中から彼女が滑り落ちた。


「あ、ごめん!」


 床に倒れた彼女に思わず声をかける。それから、プッと噴き出してしまった。


「なんで謝ってるんだ、僕は。お腹が空いたし、軽く食べて、ひと眠りしよう」


 立ち上がった僕はそのままキッチンへ行こうとして、床に倒れている彼女をつい見てしまった。




 結局、修理台……ではなく僕のベッドに彼女を寝かせて、僕は軽い食事と仮眠をとった。ちなみに寝床は修理室にある仮眠ベッド。


 彼女と添い寝なんてしていない!


 誰が見ているわけでも、誰に指摘されるわけでもないのに、なぜか言い張ってしまう。

 どうも彼女を拾ってから調子がおかしい。


「うーん……」


 黒い髪をかきながら改めて修理台に寝かせた彼女を観察する。

 初めて見る人型精密機械(アンドロイド)は一見すると人間と変わらない。これで髪の色が金や茶だったら見分けがつかないだろう。


 僕は修理装置に彼女を接続して壊れている箇所を探した。


「伝達経路が何か所か断絶しているのと、エネルギー切れか。これなら、ここにある機材で直せるな」


 幸い、急ぎの依頼もなく、時間はある。

 僕は彼女の修理に没頭した。



「あれ? おまえ、花なんて何処で手に入れたんだ?」


 依頼品を受け取りにきた悪友がテーブルに飾られた花を目ざとく見つける。小さな白い花が丸く集まり、枝の先に咲いている。

 一輪……というわけではないけど、細い瓶に刺さった一枝の花。


 大戦のあと、植物は姿を消した。地面はガラクタと鉄くずで埋め尽くされ、土がない。そのため、花どころか草も生える場所がないのだ。


「あー、それは造花(レプリカ)だよ。いつもの機材集めをしていたら、見つけたんだ」

「そうだよな。花なんて咲いてるわけないし。けど、よくできてるな」


 花に顔を近づけようとした悪友を遮るように依頼品を渡す。


「ちょっと、これから手がかかる仕事をしないといけないから、悪いけど動作確認はそっちでやってくれないか?」

「えー。最近、サービスが悪くないか?」


 愚痴りながらも悪友が軽く依頼品をチェックする。


「割れていた場所がわからないぐらい綺麗に直ってるな。じゃあ、ちゃんと動くかはこっちで確認しておく。おまえの仕事だから大丈夫だろうし」

「頼むよ」


 悪友を送り出すと、重いドアを閉めて鍵をかけた。それから息を一つ吐く。


(あるじ)、何か問題がありましたか?」


 十代半ばの少女の声。目を閉じていれば人の声だと思うだろう。いや、目を開けていても人の声と思うか。


「あの、今度から花は修理室に飾るようにしてくれないか?」

「わかりました」


 感情の色が見えない、青から緑に変わる不思議な瞳。髪と同じ色の目は、大きく宝石のように煌めいていた。

 人ではありえない髪と目の色は、一目で人型精密機械(アンドロイド)だと分かる。いや、美しすぎる顔と、整いすぎた体だけでも、十分わかるが。


 彼女を拾って修理をした結果、再起動に成功して、今は僕の手伝いをしている。


 武器や危険物は所持しておらず、個人データも残っていなかったため、製造者や用途は不明。ただ、命令には従順なため旧時代の人に使われていたのだろう。


 とはいえ、AIの象徴でもある人型精密機械(アンドロイド)


 他の人に存在を知られるわけにはいかない。

 依頼人が来る時は修理室に籠って姿を見せないように命令をしていたが、まさか花から怪しまれるとは思わなかった。


 僕は命令を待つように立っている彼女に声をかけた。


「この花はどこから持ってきたの?」


 悪友には造花(レプリカ)と言ったが、これは正真正銘の本物の花。…………たぶん。

 だって、僕も本物の花は見たことがないのだから。


 僕は、この花を始めて見た時のことを思い出した――――――


 彼女をいろいろ調べた結果、エネルギー源は月光だと分かった。最初はなんて非効率なんだと呆れたが、少しの光で一週間ほど稼働できるという優れもの。

 太陽の光だと強すぎるし、人工灯だと何故かエネルギーは溜まらず。


 そのため、彼女は天気が良い夜は月光を浴びに一人で外へ行く。真っ暗で道が見えないのではないか? と聞けば、センサーで感知するから問題ないという。


 夜なら独特な髪色も目立たない。念のために帽子を被せ、他の人に姿を見られないように命令はしたが。


 こうして何度目かの月光浴をした、ある日。家に戻ってきた彼女は小さな白い花が咲いた枝を持っていた。


 無言で渡され思わず受け取る。鉄くずとは違う触感と、微かに香る甘い匂い。検索をしたらDaphneダフニーという花だと分かった。


「……で、これはどうしたらいいんだ?」


 修理室で花を持て余していると、彼女が細い瓶に水をいれて持ってきた。


「その瓶を、どうするの?」

「花を活けます」

「活ける?」

「花を水に入れることで長く鑑賞することができます」

「鑑賞? 花を? 花が芸か何かするの?」


 手の中で沈黙している花に視線を落とすと、すぐに彼女が否定した。


「いえ。花は何もしません」

「じゃあ、鑑賞って?」

「花を見るだけです」

「……それって、面白いの?」


 顔をあげた僕に淡々とした声が答える。


「私の基本データの中にある情報なので、感情については判断しかねます」

「つまり旧時代の人たちは、水を入れた瓶に花を挿して鑑賞していたってこと?」

「はい」

「……そういうものなのかな」


 僕は呟きとともに彼女が持っている瓶に花を入れた。そして、彼女がそれをリビングのテーブルに置く。


「どうして、そこに?」

「花は食事をする場所や玄関に飾る、という情報があります」

「……そういうものなのか」


 この行動にどういう意味や効果があるか分からないけど、とりあえず彼女の好きにさせるようにしてみた…………が、それが仇となり悪友に見つかった。

 これ以降、花は修理机の上が定位置となる。



 彼女は花が枯れる頃になると新しい花を持って帰るようになった。

 毎回、違う花で必ず一輪か一枝。


「それにしても、いろんな種類があるんだな」


 IrisアイリスMaackiaマーキアLythrunリスラムMyricaミリカSabiaサビア…………色も形も大きさも様々で、花の多種多様性に驚く。


 殺風景な修理室の机の上にポツンとある花。枯れる前に変えられ、常に彩りを飾っている。


「飲み物をどうぞ」


 ちょうど休憩しようとしていたところにコップが差し出された。顔をあげれば青から緑に変わる瞳と目が合う。


「ありがとう」


 慣れた光景に僕は湯気があがるコップを受け取った。手から伝わる温もりに、凝り固まっていた肩の力が抜けていく。

 彼女が家事やこまごまとした雑用までこなしてくれるので、仕事が以前より格段に捗るようになった。


 僕は甘く味付けされたお茶を飲みながら、ふと思い出す。


「えっと……こういうのを、メイドって言うんだっけ?」


 呟きを素早く拾った彼女がテキパキと回答する。


「メイドとは『清掃、洗濯、炊事などの家庭内労働を行う女性の使用人を指し、狭義には個人宅で主に住み込みで働く女性の使用人』とデータにはあります」

「……その通りだった。旧時代の人はみんな人型精密機械(アンドロイド)をメイドとして持っていたの?」

「そのデータはありませんので回答しかねます」


 淡々としているはずなのに、彼女の瞳が少しだけ曇って見えた。その表情にチクンと心が痛む。


「そっか。データがないなら仕方ないね」


 僕は逃げるようにコップに口をつけた。



 また別の日。


 ガシャーン。


 リビングから音が響く。僕は慌てて修理室を飛び出した。


「申し訳ありません」


 青にも緑にも見える髪が大きく揺れる。

 視線をずらせば細い瓶が床に落ちて割れていた。じんわりと広がっていく水と、その近くに転がる一輪の花。


「力加減を間違えて落としてしまいました」


 彼女の声に軽く頭を叩かれたような衝撃が響く。


「……力加減を、間違え、た?」


 人型精密機械(アンドロイド)はプログラムで完璧な動きができると思っていた。

 まさか、こんな()のような失敗をするなんて。


「はい」


 頭をさげたまま彼女が答える。

 失敗をしたためプログラムに従って謝っているだけ。それだけなのに、なぜか彼女が小さく震えているように見えて……


「えっと……怪我はなかった?」

「ありません」

「なら、よかった」


 僕は割れた瓶を片付けるために手を伸ばした。


「いけません。私が片付けます」


 彼女が僕の指に触れる。その瞬間、反射的に手を引っ込めてしまった。


「なにか、ありましたか?」

「い、いや。なんでもないよ。じゃあ、片付けはお願いするね」


 修理室に戻った僕は椅子に座って大きくため息を吐いた。胸がドキドキ、バクバクと早鐘を打つ。


「な、なんなんだ?」


 初めて触れた手。いや、彼女を拾った時も、メンテナンスの時も何度も触れた手。ただ、稼働している時に触れたことがなかった。


 シワ一つない白く細い手。ただ、その指に熱はなく。


 その冷たさが彼女を人型精密機械(アンドロイド)だと認識させる。その瞬間、物悲しいような乾いた風が駆け抜けた。


(……この熱を分けることができたら)


 できもしないことに僕は頭を振った。



「え? 本当に切るの?」

「はい。目に入る危険があります」


 無造作に伸びたボサボサの黒い髪。

 目の前にはハサミを片手に迫ってくる彼女。最近は少しだけど感情っぽい色が見えてきたかなぁと思っていた目が据わっている。


 シャキーン、シャキーンと刃を動かす姿は旧時代の資料にあったホラー映画を彷彿とさせる。


「えっと……髪を切るデータはあるの?」

「はい。データにないことはできませんので」

「そ、そうだよね」


 ホッとした僕は彼女が準備した椅子に腰をおろした。

 どこから持ってきたのか、彼女が広げた大きな布を僕の首に巻く。


「苦しくありませんか?」

「苦しくはないけど……どうして布を巻くの?」

「こうすることで服に切った髪が付くのを防ぎます」

「それも旧時代のデータ?」

「はい」


 僕が通っている髪切り屋は頭の近くに吸引機があり、切った髪がそこに吸い込まれる仕組みになっている。

 どちらが効率がいいのか分からないが、とりあえず髪を切るデータはちゃんとあるようだ。旧時代のものだが。


 僕は大きく息を吐き、目を閉じて覚悟を決めた。こうなったら、丸坊主でも、ガタガタでも、悪友に笑われてもいい。とにかく無事に終われば……


「では、始めます」


 熱のない指が髪に触れる。丁寧で繊細な動き。僕に気を使っているのがよく分かる。


(いつもの髪切り屋より、ずっと上手くないか?)


 真っ暗な視界の中でシャキシャキと小気味よい音が響く。まるで子守歌のようなハサミの音。

 心地よい空間はいつの間にか僕を眠りの世界に誘い……


「終わりました」


 その言葉に寝ぼけ眼を開ける。

 微睡みが残る目をこすって、必死に覚醒を促す。すると、彼女の白い手が鏡を差し出した。


「いかがでしょう?」

「……へ?」


 そこには長すぎず、短すぎず、理想的な髪の長さになった僕がいた。違和感はどこにもなく、まるでこの髪型で生まれてきたかのよう。

 僕は鏡を手にとって自分で角度をかえて確認をした。


「すごい、すごいよ! これなら、髪切り屋になれるよ! 僕が行ってる髪切り屋より、ずっと上手だ!」


 興奮混りに称賛する。僕としては正真正銘の本音で、忖度なしの絶賛だった。

 ただ、彼女からの反応がない。いつもなら、すぐに礼を言うのに。


 不思議に思って鏡越しに彼女を確認すると、青から緑に変化する瞳に戸惑いの色が浮いていて。


「……ありがとうございます」


 僕の頭に、はにかんだような笑顔をむけていた。そんなはずないのに。彼女に感情なんてないのに。


(きっと、僕の見間違えだ)


 そう分かっているのに、なぜか顔が熱くなった。



 修理室の机に花があることが当たり前になってきた頃。

 僕はとある問題に直面していた。

 花を挿している入れ物は水が入ったコップのため、間違えて飲みそうになること数十回。


「他に丁度いい入れ物がないしなぁ。今度、ゴミ山に行った時に探すか」


 検索したら、旧時代では花瓶という花を飾る専用の容器があったという。せっかく花があるなら、専用の物を使ったほうがいいだろう。

 そう考えるぐらいに次の花を楽しみにしている自分がいた。


「旧時代の人たちが花を観賞していた気持ちが少しだけ分かる気がするなぁ」

「それは、どのような気持ちですか?」


 修理室の掃除をしていた彼女が質問する。

 僕は椅子に座ったままコップに挿さった青紫の花に視線を移した。中心から細長い花弁がいくつも広がっている。一輪だけだけど、存在感がある。

 確かFeliciaフェリシアという種。


「なんか、ホッとするんだよね。修理で行き詰った時とか、ボーとしたい時とか、いつまでも見ていられるから」

「その感情はデータにないので、わかりかねます」

「だよね」


 思わず苦笑いが漏れる。人型精密機械(アンドロイド)はデータが基本。そこになければ理解できない。


(それでも、少しぐらい分かってほしいと思ってしまった)



「久しぶりだなぁ」


 僕はゴミ山を登っていた。空は眩しいほどの晴天。

 彼女を家に一人で残すのは少し心配だけど、必要な機材がないと修理もできない。


「さっさと見つけて帰ろう」


 家に待つ人がいる。それだけで、活力が沸いてくる……のだが。


「まさかの空振り……花瓶だけは見つけたけど」


 どれだけ活力があっても機材が見つからなければ意味がない。


「こうなったら」


 僕は賭ける気持ちで彼女と出会った山へ向かった。太陽は真上から下へ傾きかけている。

 彼女と出会った山は僕が滑り落ちた時、埋もれていた物が表面に出てきた。あと、彼女を掘り出すために、かなり掘り起こしている。


「あの時は暗かったから分からなかったけど、もしかしたら貴重な材料があるかも」


 滑り落ちた山に到着する。彼女を掘り出した穴もそのまま。まるで時が止まっていたかのように変わっていない。


 僕は彼女が埋まっていた場所を覗いた。すると……


「うわぁぁ」


 感嘆の声が漏れる。見たことがない機材ばかり。でも、全部壊れているからガラクタ。

 けど、僕にとっては宝の山に等しい。


「コレと、コレと……あ、コレもいいな!」


 僕は時間を忘れて漁りまくった。


 自分の影が長くなり、手元が暗くなる。顔をあげると太陽が沈みかけていた。


「しまった!」


 すぐに鞄を背負って山を駆け下りる。

 ここはゴミ山の中でも奥地。走ったとしても、明るいうちに家まで戻れるか微妙な距離。

 暗くなれば道を歩くのも難しいほどの闇に包まれる。


「急がないと!」


 転がるように、ひたすら走る。何度もガラクタに足を取られつつ、何度もコケそうになりつつ、それでも走り続ける。

 だけど、太陽は無情で。


 明るかった空が藍から黒へと色を変えていく。


「……しまっ!?」


 薄暗く見えなくなった足元。何かに思いっきり足を取られて地面に顔を突っ込んだ。

 あとは斜面を転がり落ちるだけ。


「いててて」


 ようやく落下が止まった体を起こす。太陽は完全に姿を隠し、あるのは暗闇だけ。とてもじゃないけど、動けない。


「ここで陽が登るまで待つか……」


 ざわざわと風の音が耳につく。少しの物音にもビクリと肩が跳ねる。


「あの時は平気だったのに」


 この前は彼女を掘り起こすのに必死で、気がついたら夜が開けていた。

 でも、今回は違う。何もすることがないので、時間が経つのが遅い。


 僕はガラクタの影で隠れるように膝を抱えて座っていた。額を膝につけ、腕で耳を塞ぐ。それから、一生懸命に他のことを考えて気を逸らした。


(今日、手に入れた機材と、あの機材を組み合わせて……あ、あのパーツも使えるかも。それに、これをくっ付けて……)


 ガタッ。


「ヒッ!」


 どれだけ他のことを考えても少しの物音で現実に戻ってしまう。少しの物音でも拾う耳。全身がビクビクと跳ねる。


「見えないだけで、こんなに怖いなんて……」


 見慣れた場所が黒い山となり襲い掛かってきそうに感じる。


 ジッと息をひそめていると、風と違う音が聞こえたような気がした。


(え? なに?)


 こんな暗闇の中でゴミ山を歩く酔狂な人はまずいない。そもそも、夜は真っ暗なため家の近くでも出歩かない。

 だから彼女が月光浴に行けたのだが。


(一人で待っているのかな……)


 暗い家で佇む彼女の姿が浮かぶ。

 この時間は温かな夕食をテーブルに置いて食べ始めている頃。食べるのは僕だけだけど、向かい合って座って食事をとる。


 最初は無表情だった彼女。だけど、僕が美味しいというと、ほんのりと口元を緩めるようになった。

 その顔が見たくて、僕はどんどん料理を褒めるように。


 ぐぅぅ……


 彼女が作った料理を思い出すだけでお腹が鳴る。それ以上に待たせている彼女が心配で。


「頑張って、帰るかな……」


 少しだけ頭をあげて周囲を確認する。四つん這いのままなら手探りで進めるかも。

 そう考えて腰を浮かした、その瞬間。


 ザリ……ザリ……とナニかを引きずるような音が耳を撫でた。


「ヒゥ!」


 叫びそうになる口を両手で押さえて耐える。心臓が内側から爆発しそうなほどバクバクと体を叩く。


 足音とは違う、聞いたことがない不気味な音が徐々に近づいてくる。


(な、なんの音だ……?)


 必死に息を殺して存在を消す。緊張で首が絞まり、自然と息ができなくなって……


(あるじ)?」


 聞き馴染んだ声。月光を弾く長い髪。大きな目がホッとしたように覗き込む。


「ど、どうして、ここに?」


 腰を抜かしていた僕は声を出すだけで精一杯だった。



 彼女に助け起こされた僕は手を引っ張られてガラクタ山を歩いた。


「右足の二歩先に穴があります」

「う、うん」

「左足の三歩先にコードがありますので、少し高めに足をあげてください」

「わかった」


 彼女の案内でコケることなく歩いていく。繋いだ手は冷たいけれど、心強い。

 僕は慎重に歩きながら訊ねた。


「あの、僕は家で待っているように命令したのに、どうしてここに?」


 それまでスムーズに歩いていた彼女の足が止まる。その様子に僕は慌てて言葉を続けた。


「別に怒っているわけじゃないんだよ。むしろ、助けに来てくれてよかったし。あのまま一晩、あそこで過ごすのは無理だったから」


 ゆっくりと彼女の髪が揺れる。青にも緑にも見える独特な色の長い髪。この暗闇の中で、唯一の色。


(あるじ)、空が見えますか?」

「空?」


 促されるまま僕は彼女と手を繋いだまま空を見上げた。


「え?」


 黒一色だと思っていた空は小さな灯りで満ちていた。足元を照らすほどの光ではないけれど、一つ一つは小さいけれど、しっかりと輝いている。


 そして、その中心には大きな満月。


「こんなに綺麗だったんだ」


 僕の声に彼女の声が重なる。


「私はいつか一緒にこの空を見たいと思っていました」

「え?」


 視線を前に戻すと、大きな目が嬉しそうに細くなっていた。でも、それはすぐに消えて。


「先程の質問の答えですが、命令違反だと理解していましたが、それよりも(あるじ)の身に危険が及んでいるのでは、という判断により動きました」

「あぁ、人命を優先したんだね」


 実に人型精密機械(アンドロイド)らしい。いや、わかっていたこと。


 そこで僕はふと気がついた。

 彼女が現れる前の音。何かを引きずるような音は彼女の足音だったのではないか。

 主人が危険な状態になっている可能性があるとしても、それは予測の範囲内。命令違反をしてまで動くには弱い。

 だから、彼女の(ボディ)は反発して動きが悪かったのではないか。それでも、彼女は僕を探しに来てくれた。


 その健気さに胸がキュッとなる。


「たとえプログラムの優先順位に従った結果でも、君が僕を探してくれて嬉しかったよ」


 月光の下。手を握って向き合う二人。静寂と柔らかな風が包む。

 僕は膨れ上がる愛おしい気持ちを抑え、笑顔で言った。


「ありがとう。これからも、よろしくね」


 その言葉に、青から緑へ変化する瞳から雫が流れ落ちた。


「涙? どうして……」


 彼女の全身が内側から輝き、体が宙に浮く。突然の連続に理解が追いつかない。


「え!? どういうこと!?」


 まるで月に吸い込まれていきそうな光景に、僕は慌てて彼女の手を引っ張った。


「待って! 行かないで!」

「そこまでだ!」


 全方位から重量のある音がむけられる。足元をほんのり照らすライト。そこに浮かび上がったのは武装した集団だった。

 一斉にむけられた銃口。戦争を知らない僕でも分かる、ピリッとした鋭い空気。


 僕は彼女を守るため、壁になるように立った。


「撃たないで!」


 武装集団の一人が片手をあげて制する。銃口は向けられたままだが、少しだけ空気が緩んだ。

 片手をあげた隊長らしき人が僕の方へ歩いてくる。


「私たちに彼女を攻撃する意思はない」

「え?」

「むしろ、この銃口は君にむけられている」

「なっ!?」


 僕が息を呑むと同時に背後にいる彼女の気配が変わった。今まで感じたことがない、強く怒りに満ちた気配。


(あるじ)]を攻撃するのであれば、私は全力で抵抗します」


 その言葉に隊長らしき人が声を低くする。


「それは、あなた次第です。あなたが協力するのであれば、彼の安全は保障します。その意味をあなたはプログラムされて(知って)いるはずです」


 そっと振り返ると、彼女は宙に浮いたまま、悲しげに微笑んでいた。


「どういう、こと?」

「……お別れです、(あるじ)

「え?」


 隊長らしき人が僕に説明する。


「君は彼女を見つけ、開花させることに成功した。それ相応の報酬が渡される」

「見つけた? 開花? 待ってください! 僕はそんなものはいりません! それより、彼女はどうなるのですか!? 彼女は何者なんですか!?」


 僕の声が虚しく響く。


「時間だ」


 低い声に彼女が宙に浮いたまま動いた。


 このまま彼女と逃げたい。でも、そんなことをすれば、きっと彼女も無事ではすまない。

 それなら、せめて……


 僕は彼女に叫んだ。


「最後に一つ、教えてくれ!」


 周囲の気配が鋭くなり、銃口がより正確に向けられる。


 それでも、僕は聞きたい。他ならぬ君の口から。


「名前を……君の名前を、教えてくれ」


 彼女がフワリと笑った気がした。

 それから、僕の耳に花弁のような唇を近づけて。


「私の名は――――――」



 次に目を覚ました時、僕は自分の部屋にいた。夢だったら良かったのに、すべては現実で。


 彼女がいない家。


 修理机には枯れた花。


 それでも、やってくる毎日。


 僕は無気力な毎日を過ごした。

 悪友は顔を見せなくなったが、修理の依頼は適度にあり、口座には見たことがない金額のお金が振り込まれていた。


 そんな、ある日。


 街中のあらゆるスピーカーから歌が流れた。それは、どれだけ壊れていても、スピーカーの形をしていれば音がした。

 誰も聞いたことがない歌詞とメロディー。だけど、自然と耳に馴染んで。


 そして、その音楽に応えるようにガラクタの隙間から植物が生えてきた。

 FicusフィークスThymusサイマスRibesリベスAbeliaアベリアSedumセダムOchnaオクナLychnisリクニスなど。様々な草花がすざましいスピードで成長して、モノクロだった街が、緑の葉とカラフルな花に埋もれた。

 それは、旧時代より古い時代の光景で。


 僕は修理をしながら、夜空を見上げた。


「愛を教えてくれて、ありがとう。(キラ)



 今日も壊れたラジオから(flos)の歌が聞こえる――――――



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