天馬深叉冴の好物(掌編)
天馬深叉冴の好物はリンゴである。
ジュースも丸かじりもアップルパイも好きだ。青りんごも好きだが、やはり、赤い方がテンションが上がる。
周りの景色を映すほどつやつやとしている表面を撫でれば、自然と笑みがこぼれてしまう。指の腹でなぞってみれば、キュッと小気味よい音がする。
キュッキュキュキューッ。
指を押し付けて音楽を奏でていると、呆れたと言わんばかりの溜め息が聞こえた。
「ミサ、そのリンゴの表面にはワックスが付いているので、しっかり洗ってから食べてくださいね」
「知っておる。しかし、今の儂はそんな事を気にせずとも良い体だからな! このまま食す!」
もとより、農薬もワックスもいちいち気にした事がない。何故なら、虫などにリンゴを先取りされるなど許し難いし、ワックスでつやつやになったリンゴを見ると幸せすら感じるからだ。
友人は「ああ、そうですか」と。もう話題を終わらせるのかと思いきや……「そういえば」と、下げかけた顔をまた上げ直した。
「駅前に、期間限定で焼きリンゴのお店が出来ていましたよ。冬ってカンジがして良いですよねぇ。で、そこに――」
全て言い終える前に、深叉冴の姿はこつぜんと消えていた。
「……リンゴパンも売られているから、ついでに買ってきてもらいたかったんですけど……。ミサはせっかちですねぇ」
黒尽くめの友人は、笑いながら涙を流している。
すぐに戻ってきた深叉冴に驚かれ、かくかくしかじかと情に訴えたところ、深叉冴は快く、再び焼きリンゴ屋へと向かったのだ。




