お面の管理人さん(倫)
天馬倫。
元々、兵庫県の尼崎市にてストリートチルドレンとして生きていた青年。退魔師を生業としている天馬家に引き取られ、現在はこの家の次男として生活をしている。次男と言っても、家主は嫡男である、三男だ。倫は天馬家内の家事手伝いをしている。
一方で、天馬家の敷地を一部使って建てられたアパートの管理も任されている。こちらがメインとなる仕事だ。
食事の買い出しへも行くし食事は天馬家へ行くが、基本的に、倫の生活の中心となるのもこのアパートになる。
住人たちからの苦情や要望をいつでも聞けるように、常に携帯電話も持ち歩いている。それは、天馬家に居る時も例外ではない。
プルルッと機械音が着信を報せれば、作務衣のポケットから携帯を取り出して対応する。いつもの事だ。
「もしもし、倫です」
『ああ、倫ちゃん! 切り干し大根のはりはり漬けを作ったから、後で寄ってちょうだいね!』
御年九十五歳にしてスマートフォンを使いこなす住人、鶴さんからだった。
「ありがとうございます。十分後に伺います」
電話を切ったとほぼ同時に、またプルルッ。
「もしもし、倫です」
『倫さん、すみません。食料を切らしてしまって……カップ麺とかありますか?』
画家のミチル (活動名)だ。一日中絵を描いていて、よく食事をすることすら忘れている。
「後で届けます。……そうですね、二十分後に伺います」
『たすかります!』
元気に礼を言い、ミチルは通話を切った。
「サバ缶も一緒に持って行こうかな」
メモ帳にペンを滑らせながら、ひとりごちる。
アパート用の日持ちのする食料はアパートの三階に置いてあるから、鶴さんの所へ寄ってから……。そんなことを考えながら携帯電話を作務衣のポケットに戻そうとした時、またプルルッ。
「もしもし、倫です」
『倫さぁーん! 蛍光灯切れちゃった!』
「どこのですか?」
『アタシの部屋ー!』
「わかりました。台を置く場所だけ空けておいてください。四十分後に伺います」
『りょー!』
女子大生のユミの部屋はなかなかの汚部屋だ。ゴキブリやネズミが集まっても困るので、たまに倫が片付けに行く。下着もその辺に抛られているので初めの頃は戸惑ったが、今となっては慣れたものだ。
踏み台と蛍光灯とゴミ袋を三枚と……。と倫がメモをしていると、また着信があった。
こんなに電話が鳴るのも珍しい。
「もしもし、倫です」
『あ、倫さん。今日の買い物は僕が行ってきますから、倫さんは管理人のお仕事がんばってくださいね』
どこかで見ているのかと疑いたくなるタイミングで、義兄からの電話。
盗聴器でも仕込まれているのかと訝しんでしまう。
「ありがとうございます。じゃあ、お願いします。あ、翔さんの靴下に穴が開きかけていたので、新しいものを買って来てください」
『わかりました。では、失礼しますね』
通話を終えると、倫は交換用の蛍光灯と踏み台を取りに、天馬家の倉庫へ向かった。
◇◆◇◆
「タイミング、わざとらしかったですかね」
とは、倫の義兄の独り言――否、向かいには倫の義弟も居る。
「でも、あんなに声が聞こえてたらねぇ」
癖毛の義弟はオレンジジュースをストローで吸い上げながら、肩を竦めた。視線の先は天井裏だ。
倫は天馬家の中を移動する時、大抵天井裏を使う。癖のようなものらしい。二人には理解が出来ないが、呼べばどこからともなく来てくれるので、ありがたい存在だ。
「さて。僕は買い物へ行ってきます。翔様はどうしますか?」
「たまには俺もついて行こうかな」
「鶏肉ばかりカゴへ入れないでくださいね」
買い物セットを持った長男と、釘を刺されてふてくされている三男坊は二人揃ってお昼からの大特価セールへと繰り出した。




