鈴木鈴音の理解
世の中には、バレンタインというイベントが存在する。恋人たちが愛を誓いあう日だ。
それが、日本では好きな男性にチョコレートを贈る日となっている。
「日本ってほんと、イベント内容を改変して商戦利用するのが得意よね」
「ま、企業が儲かればハッピー、国民は騒ぐ口実が出来ればハッピーってカンジだしね。元々宴会やお祭りが好きな国民性だもの」
それに、女の子は恋バナが大好物……でしょ? と、黒髪を腰まで流している美少女がしたりと口角を上げる。チョコを渡す相手はいないが、目の前でレモンティーを飲んでいる友人が意中の相手に何をどう渡すのか気になって仕方がないといったところだろう。
発光しているような金髪の美少女は、チョコレートで埋まっているチラシを眺めながら嘆息した。
「そんなに期待に満ちた目で見たって、何も特別な事なんてないわよ」
「そんな事ないでしょ。おおかた、家に居る全員にチョコを渡して、天馬君のだけ特別仕様とかなんでしょ?」
図星だったようだ。
金髪の中にある顔が、僅かに強張った。ポーカーフェイスを気取っているのだろうが、実に分かりやすい反応をしてくれる。
「にしてもアンタ、実家で作るの? 天馬君の家ってお兄さんたちが台所占拠してるんでしょ?」
「家に帰ったら、またお父さんにグチグチ文句言われるわよ」
彼女の家事情は複雑だ。親の所為ではなく、この金髪美少女の身勝手の所為で。
男ばかりが四人生活している家に、転がり込んでいるのだから。親としては心配で仕方がないだろう。母からの理解は得られているが、父親は納得していない。
黒髪美少女――鈴音も、光の父に同情してしまう。
友人である光の行動は、小学生の頃から一緒に居る鈴音にも理解しがたいものがある。だが反面、光の事が羨ましくもあった。
そこまでして一緒に居たいと思える相手が、鈴音にはまだいない。家族以外で、光以上に好きな人物と出会えていないのだ。
(あーあ、妬ましいわ)
と思ってしまう。
勿論、妬みの標的は目の前に居る光ではなく、その意中の相手。鼻ぺちゃでちんちくりんな男だ。
あぁもう、何であんなのが……。油断をすると口から零れ出そうになる言葉を呑み込む。それを言葉にした人がどうなったのか、鈴音は一番近くで見てきたのだ。口を滑らせてしまえば、親友の自分ですら恨まれることは必至だろう。
見目が良い、運動神経が良い、優しい、頭が良い……そのどれにも当てはまらない人物に陶酔している事が、鈴音は信じられないでいた。
鈴音は面食いだった。
少女漫画に出てくるような、長身でスポーツ万能で成績もいい、そんな異性に出会えることを、漠然と夢見ている。まぁ、大抵の少女というものはそうなのだろう。
「光って、初恋が天馬君なのよね」
「そうよ。後にも先にも翔以外ありえないわ」
きっぱりと断言された。
いつもそうだ。他の男など、眼中にない。
同年代の少女たちが、学年で一番スポーツの出来る男子や、長身で顔面偏差値の高い男子に黄色い声を飛ばす。そんな年齢で、生涯を共にしたいと思う相手に出会っているのだ。この、東光という少女は。
『初恋は実らない』そんな言葉も存在するが、彼女はそれすら跳ね退け、長年想いを寄せてきた相手と同じ屋根の下で生活している。
(ただ、まだ“片思い”継続中なのよね……)
鈴音は光の意中が、食うか寝るかしているところしか見たことが無い。運動神経も良いとは言えない。いつも自信なさげにしている。というか、常にボ─────っとしていて、何を考えているのか分からない。
光は「そこがまた良いんじゃない」と言うが、理解不能だ。
それでも、一番の友人が恋に一生懸命生きているのだ。はたから見れば奇怪な関係だが、親友としては応援するしかないだろう。
「アンタの事だから、ウチでチョコ菓子を作らせろってんでしょ」
「Ja, das stimmt!」
「その代わり、『怖じ気づいて渡せなかった』とか言わないでよね」
光の表情が明らかに緊張したが、気付かない振りをする。この“分かりやすい顔”も鈴音の好物だ。いじらしい友人のため、今日も鈴音はひと肌脱ぐ。
たとえ、光と一緒に作るのが自分用のチョコだとしても。