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個人的お気に入り

ゆるゆる戦隊 セイシュンジャー


 紅井アカイが愛剣『ブルーム・ソード』の長い刀身を小脇に抱え、目をつむった。


「見よ、あかき炎の怒りの声……」

 なんか変な言い回しだと思ったけど、誰もツッコまなかった。

「『炎の型、一號プリメーラ……』


 かっ! と紅井の目がひらく。


「火炎槍術・ガト・ツー!」


 紅井のロングスカートが、はかまのように揺れた。

 紅井の剣が、なぜか途中からやりに変わり、直線を描いて飛んで行く。

 それをこれから受けるブルーノ・マーキュリー・アクマうさぎは、余裕の笑みを浮かべている。


「甘いわッ!」


 ブルーノが両腕を胸の前に組み、バリアを張った。


「ぱきーん!」

 黄嶋キジマが言った。


「どかっ!」

 桃崎モモザキが言った。


「どーん!」

 最後に私が爆発っぽい効果音をつけ加えた。


 同時に私たち3人は揃って飛び出し、ブルーノを包囲する。


「はははは!」

 高笑いしながらうさ耳を揺らすブルーノ。

「やられたわ!」


 どっさりと倒れたブルーノを取り囲み、私たちは勝利のポーズを決める。


「「「「正義は勝つ!」」」」


「いや、ちょっと待ってちょっと待って」

 私はようやくここでツッコんだ。

「誰が書いたんだっけ、この脚本?」


「イッツ・ミー」

 倒れていたブルーノがすいっと手をあげる。

「何か問題でも? 翠川ミドリカワ?」


「すまんが、私も問題ありだと思う」

 紅井が手にしたホウキを床に立て、真剣な顔つきで言った。

「セリフに変なところありすぎだし、展開がまるで茶番だ。何よりなぜブルーが敵の怪人なんだ?」


「斬新だろ?」

 ブルーノが被っていたうさぎ怪人の覆面を脱ぎ捨て、主張する。

「スーパー戦隊のメンバーに怪人がいるなんて、凄いアイデアだろーが?」


「いくらでも前例あるみたいよ」

 桃崎がスマホで検索しながら言った。

「斬新でもなんでもない」



 私たち仲良し女子5人組は、文化祭のステージでスーパー戦隊ショーをやるため、毎日稽古をしていた。

 偶然みんなの名前に色がついていたし、みんなプリキュアよりはスーパー戦隊のコスプレのほうが恥ずかしくなくていいと意見が一致したので、やろうということになったのだ。

 でもこれじゃ悪い意味で笑われるだけだ。脚本は茶番レベルだし、アクションも演出もひどすぎる。


 何より問題は──



「とりあえず今日は終わりにして、帰りにみんなで盛旬堂せいしゅんどう寄ってこーぜ〜」

 黃嶋が言った。


「おー」

「行こう、行こう」

「あたし今日は大判焼き食う」


 私はため息をひとつつくと、言った。

「私、ラーメン食べたい」




 盛旬堂せいしゅんどうは古い文房具屋さんがその二階でやっている食べ物屋さんである。

 お客はほぼウチの高校の生徒ばっかりだ。安くて、美味しくて、なんでもあって、何より学生さんメニューの数が半端ない。

 こんなところに食堂があるとは気づかない人がほとんどなんじゃないだろうか。ウチの学生だけは代々先輩から聞いて存在を知っていた。


 メニューは大判焼き、ソフトクリーム、たこ焼き、ところてん、ラーメン、スパゲッティーナポリタン、クリームソーダ、ミックスジュースその他と、店内の雰囲気も合わせてなかなか昭和の趣きがある。


 私たちが階段を上がって入ると、5席ある大きなテーブルにはもうウチの生徒たちがたむろしていた。周囲を本棚が囲っていて、そこのマンガを一人で読みに来ている生徒もよくいる。


 私たちは畳の席に上がり、荷物を置いて足を伸ばした。


「おじさーん! 大判焼きふたつー!」

「あたしフライドポテトー!」

「ホットコーヒー、ブラックでお願いします。それとカップ入りのソフトクリームを」

「ら、ラーメン……ください」

 がっつりした食べ物を注文したのは私だけだったので、声が小さくなってしまった。


 厨房にはおじさん一人だ。顔は怖そうだが、口数が極端に少ないおじさんなので、生徒たちからは密かに『調理マシーン』と呼ばれ、意外に親しまれている。

 仕事はまじめで決していい加減なものは出さないが、何しろ一人なので注文したものが出てくるのには時間がかかる。それもまた、ゆっくりとした空気を演出してくれてるみたいで、かえって居心地がよかった。


「とにかくだな」

 紅井遥香アカイハルカちゃんが、ブラックコーヒーの中にソフトクリームを浮かべながら、言った。

「私は本番ではホウキではなく、ちゃんとした小道具の剣を使うのだ。剣で槍の技を出させるな」


「それも斬新さを狙ってるんだけど?」

 ブルーノこと青野泉アオノイズミちゃんがフライドポテトをつまみながら自分の脚本を弁護する。

「わからんかな、この、剣だと思ってたら槍の必殺技出たー! みたいな意外性」


「意外すぎてダメ」

「意外すぎて支離滅裂」

 黃嶋瑛華キジマエイカちゃんと桃崎モモザキももちゃんが仲良く大判焼きを手に声を揃えた。


 私はラーメン(250円)をすすりながら、うつむいていた。

 言おう、言おうと思いながら、口から言葉が出てこなかった。

 問題はそこ以前にあると思うのに、引っ込み思案な性格が邪魔をして、それを発言することができない。


「ジュンコちゃ〜ん」


 そう言いながら、突然後ろから抱きついてきた女の子がいた。

 ラーメンの中に顔を突っ込みそうになったが、なんとか食い止めた。

 振り向くと紅井さんだった。いつもの真面目な優等生のノリではない。まさかソフトクリームで酔っぱらったのだろうか。


 耳元で紅井さんが囁いた。

「ねぇ、翠川ミドリカワ潤子ジュンコちゃん、何かみんなに言いたいことあるんじゃない?」


 私はうろたえた。

「えっ……? いや……、ないっていうか……その……」


「帰りに翠川ミドリカワ、寄っていい?」


「えっ? ……うん」


 嬉しかった。顔では『べつにいーよ?』みたいに振る舞いながら心ではめっちゃ嬉しかった。





 紅井さんのスカートは長い。

 ウチの高校の制服は上下紺色だ。スカートは基本的に短くない。が、紅井さんのは特別長い。

 昭和の不良がこんなだったと聞くが、彼女は逆に真面目さをアピールするためにそれを穿いているという。


「この部屋へ来るのは3回目だな」

 楽しそうに私の部屋を眺め回し、紅井さんは言った。

「いつもながら目を奪われる」


 私の部屋には天井から壁まで、アニメや仮面ライダー、スーパー戦隊モノのポスターが貼りまくられている。

 初めて見られた時は恥ずかしかったが、もう慣れた。


 ちなみに私のこの部屋に遊びに来たことがあるのは、仲良しメンバーの中では彼女だけである。


「楽しいか? 戦隊の稽古」

 小さなテーブルを挟んでブラックコーヒーを飲みながら、紅井さんが聞いてくれた。

「誘ってよかったみたいだな」

 うなずいた私を見てにっこり笑う。


 文化祭でスーパー戦隊ショーをやるメンバーは元々4人だった。そこへ紅井さんが私に声をかけてくれ、参加することになったのだ。

 私は引っ込み思案だから、友達がいない。『仲良し5人組』とか自分で言ってしまったが、正しくは『仲良し4人組+私』だ。

 紅井さんはぼっちの私とある共通の趣味があり、それで前々から付き合いはあったが、友達と呼ぶのは私としてはもったいないような人だった。


 私、翠川潤子ミドリカワジュンコの小学生の時のあだ名は『みどりうんこ』だった。

 紅井さんは同情で私なんかと付き合ってくれているのだ。


「さて……」

 紅井さんは『話がある』と言ってやって来たので、本題に入ったようだった。

翠川潤子ミドリカワジュンコちゃん。言いたいことがあるなら私が聞こう。私一人が相手なら言えるだろう?」


「わ……、私、そんなに何か言いたそうだったかな……?」


「露骨に」


「そっか……。うん」


 私はほんとうに言いたいことがあったので、すくっと立ち上がると、踊るようにアクションしはじめた。


「エイッ! 星を守るは戦士の定め! 私、グリーン星からやって来た宇宙人! 宇宙人アタックだ! 地球を守ってやるぞ!」


 一切照れることなく、紅井さんの飲んでいるコーヒーのカップは壊さないよう気をつけながら、全力で見得を切るポーズを披露した私に、紅井さんがパチパチと拍手をしてくれた。


「ハジケてるね。動きが派手でかっこいい」


「みんなテレがありすぎるよ!」

 私は勢いをつけて、言いたかったことを言った。

「やるならもっと本気でやろうよ! プロのスーツアクターみたいに! 動きにキレがなさすぎる! あれじゃ『ごっこ』だよ!」


「すまん」

 紅井さんが正座して頭を下げた。

「本気じゃなかったか、私。本気のつもりだったが、まだまだだったようだ」


「あっ! 紅井さんは違うよ?」

 慌てて取り繕った。

「紅井さんだけは動きもキレッキレだし、カッコいいよ? でも、あのユルい場の雰囲気の中じゃ、ちょっとそれに流されてる感じは、確かに、するけど……」


「みんな『たかが文化祭』って思ってるからな。一番本気なのは翠川ミドリカワかも」


「私、このステージ本気でやりたい。でも、こんなこと、私一人が言っても、反感買うだけかなって、思って……」


「それで言えなかったんだね」

 紅井さんが微笑んでくれた。

「明日、みんなの前で言ってみようよ。私が援護するから」


 仲がよければ言うことも出来るだろう。

 でも、私は紅井さんと同じ趣味を持つだけの関係で、みんなとは紅井さんのひっつき虫だから仲間に入れてもらってるだけの関係で……。


「我こそ紅の剣士!」

 いきなり紅井さんが真剣な表情で、座ったまま、剣を構えるポーズをした。

「……! えーと……まだ何レンジャーにするか決まってなかったな」


 くすっと笑ってしまった。

 私を勇気づけるために、私を守るヒーローに変身してくれようとしているのだ。


「同じコスプレ仲間として応援するよ」

 にっこり笑って言ってくれた。

「一緒に名古屋までコスイベに参加しに行った仲間じゃないか。私だってコスプレを愛する者として、このステージ最高のものにしたい」


 そう、私と紅井さんはコスプレが趣味の仲間。

 私が主に衣裳を作る役。スタイルのいい彼女がそれを着てくれると、私の衣裳は生き生きと光り輝く。


「うん」

 私はヒーローに勇気をもらった。

「明日、勇気を出して、みんなに言ってみる!」





 次の日の昼休み、みんなで昼食をとりながら、ゆるゆるな話題になった。


「プリンシパルってどういう意味?」

「『主な』『主要な』」

「プリン食べたい」

「なんでどっからプリンシパル出てきたの? テストに出んの?」


 私はいつものように頭の中で言いたいことをぐるぐると呟き続けていたが、紅井さんと見つめ合うと、意を決して、立ち上がった。

「みんな! 聞いて!」


 みんながびっくりして私に注目する。


「スーパー戦隊ショーのことなんだけど……その。今日の放課後の稽古から、本気でやってみない?」


「ん? なんて? 翠川ちゃん」

 ブルーノこと青野さんの顔が怖くなった。

「ウチらが不真面目だって言いたいのかな」


 紅井さんが表情で応援してくれる。私はブルーノに答えた。


「不真面目っていうより、本気度が足りない。ノリが悪いと思う。テレが入りすぎてて、動きにキレがなくて……」


「だってあんまりノリノリでやったら恥ずかしいじゃん」と、黄嶋瑛華ちゃん。

「うんうん。たかが文化祭の出し物にそんなに本気になることないよー」と、桃崎ももちゃん。


「私は本気だぞ?」

 紅井さんが言ってくれた。

「やるからには本気でやらんと楽しくないだろ」


「つまりぃ……、やっぱりあたしの脚本と演出に文句があるってことか?」

 ブルーノに睨まれた。

「文句があるならやめれば?」


「青春は一回しかないんだよ!?」

 私は負けなかった。

「最高のステージにして、最高の思い出にしたいじゃん!」


「「青春って言ったー!」」黄色とピンクが声を合わせてケラケラ笑う。


「ほらっ! これ見て!」


 私はスマホで動画を再生して見せた。人気の高校生ユーチューバーたちの動画で、まるでプロみたいに本気でキレッキレのダンスを披露しているものだ。


「これみたいにさ、みんなが見て面白いと思ってくれるようなの、やろうよ!」


「青春て、ゆるゆるしたもんじゃね」

 ブルーノが嘲笑う。

「その人ら、プロみたいなもんなんだよ。プロ指向。あたしらプロ目指してるわけじゃねえんだから、自分らさえ面白けりゃいーんだよ。何熱くなってんの。はずかしー」


「面白いって、観てくれるみんなに言ってもらいたいだけなの、私は! 自分らで面白がるばっかりじゃなくて」

 私は目から涙がぽろぽろこぼれていた。顔は真っ赤だったに違いない。


「あーあ。批判的なやつだったか、翠川。そういうやつだったか。うぜぇ」

 ブルーノは対照的に冷めきっていた。

「ほんとうはあたしの脚本と演出に文句つけたいだけなんだろ? はっきり言えよ」


 ハラハラした表情をしながらも、紅井さんは何も言わなかった。見守ってくれた。私は、頑張った。


「ま、まあ、それもある! もっと脚本も演出も練ったほうがいい! 今のままじゃ、斬新さを狙う以前の問題!」


「言ーったな!?」

 ブルーノが立ち上がった。

「あーあ! やる気なくしたよ! そんじゃおまえが脚本書けばいいだろ!」


「私は衣裳作る役! 脚本も演出もブルーノさんの役だから、頑張ってほしい!」

「じゃ、文句つけんなよ! おかげでやる気なくしたんだよ、こっちは! てめーの作る衣裳にもダメ出ししてやろうか!?」

「何のためにやってんの?」

「面白いからに決まってんだろ! てめーのせいで面白くなくなったけどよ!」

「誰が面白いの?」

「あたしらだよ! てめーがいなけりゃ面白く出来てたよ!」

「面白がるんだったらもっと本気でやろうよ!

みんなも面白くさせるぐらい!」


「おい!」

 ブルーノがみんなを見回して、聞いた。

「今のままだと面白いの自分たちだけだと思うか!? 自己満足レベルだと思うか!?」


 するとみんなが口を揃えて言った。

「確かに茶番ではある」

「オ○ニーレベル〜」


 ようやく口を挟める隙間を見つけて紅井さんが言った。

「私も翠川の意見に賛成だ。ブルーノも斬新なものを作ろうって気概には溢れてるじゃないか。だったらもっと、完成度の高いものを目指さないか? 斬新さを求めるのはそれからでも……」


「何だよ!」

 ブルーノが頬を膨らませた。

「あたしが邪魔なら最初からそう言えばいいじゃねーか!」


 ばん! と机を倒す勢いで蹴ると、教室から出ていった。


 私は『やっちまった……』と思って机に顔を埋めた。

 でも、そんな私の視界外から、次々と優しい声が降り注いだ。


「いや、よく言ったよ、翠川。見直したかも」と、黄嶋さんの声。

「ブルーノふざけすぎだったからさ、いい薬になったと思うよ。あたしもじつは誰かにツッコんでやってほしかったから、スッキリしたかも」と、桃崎さんの声。


「あとは私に任せろ」

 紅井さんがそれだけ言うと、私の肩をぽんと叩いて教室を出ていった。





 青春は、ゆるゆるだ。

 ゆるゆると時は流れ、べつに今が特別な時だなんて思うことは少なく、だらだらとした毎日が続いていく。

 そんな中にも、本気で燃え上がれる一瞬は、あるはずだ。

 私はみんなと一緒にそんな一瞬を作りたかった。ただそれだけだった。

 ブルーノこと青野さんとも、そんな一瞬を共有したかっただけなのだ。

 彼女を傷つけるつもりなんて、なかった。





 放送部の竹田さんによるアナウンスが流れる。


『それではこれより2年C組の5人による、スーパー戦隊ショーの開幕です。題して【ゆるゆる戦隊、セイシュンジャー】、お楽しみください』


 幕が上がる。

 私たち5人は緊張しながら、この時を迎えた。

 照明を落とした客席のみんなが、私たちに注目する。


「やあ、みんな!」

 紅井さん演じるセイシュン・レッドが、真っ赤なコスチュームに身を包み、大袈裟なアクションとともに声を出した。

「青春してるか!?」


 続けて黄嶋さんと桃崎さんがオーバーリアクションでウケを狙う。

「私たちは『ゆるゆる戦隊セイシュンジャー』!」

「毎日ダラダラゆるゆる青春してるよ〜……!」


 客席からどっと笑いが起きた。いい反応だ。


 私のセリフがやってきた。自信たっぷりの身振りで、大きな声でそれを口にする。

「でも、戦う時は本気だよっ!」


「……そう!」

 紅井さんが素早く私のセリフを受け、勇ましい声で流れを引き取る。

「私たちはこのへんに悪の怪人がいると聞きつけ、そいつを倒しに来た。……どこにいる?」


「こっこでぇーす!!」


 舞台袖から青いラメのうさぎの着ぐるみに身を包んだ怪人、ブルーノ・マーキュリー・アクマうさぎが、ファニーなポーズで飛び出してきた。


「出たな、ブルーノ!」

「いや、それ、あたしのリアルの愛称だから。やめて!」


 客席からくすくす笑いが起きる。


「ブルーノ! 以前はあたしたちのメンバー『セイシュン・ブルー』だったあんたが、なぜ怪人に?」黄嶋さんがブルーノに指を突きつける。

「ブルーノはダラダラした青春を送りすぎて怪人に堕落したのよ」桃崎さんが解説する。「ね? ブルーノ?」


 大丈夫だ、脚本を書いたのは本人だから、いくら『ダラダラ』とか『堕落』とか言っても誰も傷つかない。


「だ・か・ら、ブルーノって言うなあ!」

 ブルーノが駄々をこねる。


「じゃ、なんて呼んだらいい?」と、私。


「クククよくぞ聞いてくれた」

 ブルーノはノリノリで言った。

「『あお魔兎マト・地獄のケルベロス』と呼んでもらおうか」


「ケルベロスって地獄の番犬……。犬だぞ」

 黄嶋さんと桃崎さんがツッコむ。

「お前、ウサギだろう」


 紅井さんとブルーノが掛け合いを始める。

「うそ! ケルベロスって犬なの!?」

「とにかくブルーノ……。貴様はゆるゆるだらだらしすぎだ」

「毎日、盛旬堂せいしゅんどうで、ポテト食べたらいけないっていうのかよ!?」

「それはいい」


「私も食べたい」

 黄嶋さんと桃崎さんがうなずく。

盛旬堂せいしゅんどうっていいよね」


 客席から「いいよね〜」と声が揃う。


 紅井さんが再びブルーノに指を差す。

「それは私たちもするからいいとして、貴様は普段だらけすぎなのだ! たまには何かやる気を見せてみろ!」


「フッ……。こうなったら仕方がない。私の真の姿を見せてやろう」


 そう言って、ブルーノがうさぎの着ぐるみを脱ぎ捨てた。

 うさぎの頭の部分がくるくるとめくれ、ピンク色の麦わら帽子にあっという間に変化する。この仕掛けは私の自慢であり、今回最も苦労した部分だ。

 中から姿を現したブルーノは、ブルーノマーズっぽいポーズを決め、ブルーノマーズっぽい笑顔を見せた。

 そう、青野さんがブルーノと呼ばれるのには理由があった。名前が青野ということもあるが、笑うとそっくりなのだ、顔が、ブルーノ・マーズに!


Ah.(アー、)yeah!(ゲェーィ) オレ、ブルーノ・マーズ」


 踊るようにブルーノ・マーズの物真似をしたブルーノに大爆笑が起こった。


 ここまでのコントはもちろん『掴み』にすぎない。ここからが、本番だ!


「かかってこォ〜い、ファッキン・レンジャーども」

「いくぞっ!」


 アクションが始まる。

 私と黄嶋さん、桃崎さんは後ろを動き回るだけで、メインは紅井さんとブルーノの二人だ。

 運動神経がよく、高身長でスタイルのいい二人は見栄えがする。


 何より、二人はこの数週間、本気でアクションを磨いてきたのだ。


「燃えよ、紅蓮の炎! 受けてみよ、必殺・コバルトファイヤー!」


 紅井さんの必殺技名はブルーノが考えた。正直、赤いのか青いのかよくわからない技名叫びだったので、議論になったが、紅井さんが気に入ったため採用となったのだ。


 紅井さんが舞うように剣を振った。紅井さんの本気の太刀筋を読み、ブルーノがそれをギリギリでかわす。

 まるで二人で高難度の危険なダンスを踊っているようだった。

 黄嶋さんがパソコンで作った効果音がスピーカーから派手に鳴り響く。


 ブン! ビュオッ! ガシッ! ドガアッ!!


 ブルーノの蹴りが紅井さんの腹にめり込んだ。本当にめり込んだようにしか見えない、迫真の演技だった。


「ぐ……うっ……!」

 紅井さんが倒された。


「キャーハハハ! 弱い! 弱いぜぇーっ!」


 倒れた紅井さんを放って、ブルーノは振り返ると、今度は私たち3人に襲いかかる。


 ガンッ! ドシッ! バキッ!


 再び効果音が鳴り響き、ブルーノの攻撃を喰らって私たちも倒れた。


「ひえぇっ……!」

 そんな悲鳴を上げて私もハデに倒される。


 ブルーノが私たちに背を向けた。客席のほうを向き、ブラックミュージックっぽい手つきを加えながら、歌うようにセリフを言う。


「ハーハハ、ハッ! Ah.(アー、)yeah!(ゲェーィ) オマエラ凡人なんだからさー、大人しくしとけよ、平凡極まりない日常を送って、青春とか口に出すんじゃねーよベイビー、お笑いさ! ハハ! お笑いさ! ゆるゆるしようぜ、オレと! ダラダラしようぜ、オレと! ハー、ハハ、ハッ!」


 ステージ上の照明が暗くなり、スポットライトが当たる。

 スポットライトの中に、ピンク色の戦隊スーツに身を包んだ桃崎さんが歩み出て、祈るように手を前に組み、客席に向かってお願いをした。


「みんな……! あたしたち、このままじゃ、全滅しちゃう! お願い! みんなの力を貸して!」


 客席がしーんとした。


「みんなが声を揃えて『セイシュンジャー!』と応援してくれたら、きっとみんな立ち上がるわ!」


「俺らお子様かよ」と、笑う声が客席から聞こえた。


「行くよ? あたしの言うセリフを繰り返してね? セイシュンジャー! 立ってー!」


 小さな声で3人ぐらいが「せいしゅんじゃー、たってー」と棒読みで言うのが聞こえた。


「だめ! 声が小さいわ! このままじゃやられちゃう! お願い! 力を貸して! もう一度、セイシュンジャー! 立ってー!」


 今度は10人ぐらいが声を出してくれ、さっきよりは大きくなった。しかしまだまだだ。


 ここで紅井さんがヨロヨロと立ち上がる。台本通りだ。剣で身体を支え、血を吐きそうな声で、客席に言った。


「お願いだ……! 君たちの力を貸してくれ! 悔しいが、私たちの力だけではどうにもならない強敵なのだ。よもやよもやだ。スーパー戦隊として不甲斐なし。穴があったら入りたい!」


「煉獄さーん!」と、客席から黄色い声が飛んだ。どうやら何かのセリフのパクリのようだ。……ブルーノめ。


 しかし紅井さん効果は絶大だった。女子からも男子からも、人気絶大な紅井遥香ちゃんのためなら、客席は動いたのだ。


「せーの!」

 桃崎さんの声に紅井さんが声を重ねる。

「「セイシュンジャー! 立ってー!」」


 セイシュンジャー! 立ってー! と、大きな声が客席から沸き上がった。


「まだだ……っ!」

 紅井さんがノリノリで喀血かっけつする演技をしながら、客席を煽った。

「君たちのひとつになった声を私にくれ! せーの……!」


 爆音が響いたかと思った。


 男子も、女子も、観客の多くが立ち上がって、叫ぶような声をみんなでくれたのだ。


 そこで照明が再びつき、私たちは勇ましく立ち上がった。


 紅井さんが大声で見得を切る。「紅き炎の剣士、セイシュン・レッド!」

 黄嶋さんもカッコよくキメる。「雷撃の魔術師、セイシュン・イエロー!」

 私もオーバーなほどの動きで、「深き森の鞭使い、セイシュン・グリーン!」

「みんなー、ありがとー!」桃崎さんが目に涙を浮かべて手を振った。「愛のピンク色、セイシュン・ピンクだよっ!」


「「「「アホは我らが滅する!」」」」


「『悪』じゃなくて『アホ』かよ!?」

 ブルーノは心外そうな声を上げると、ファイティングポーズをとった。

「往生際の悪いやつらめ、次の一撃でまとめて倒してくれるわ、ハーッハッハ! Ah.(アー、)yeah(ゲェーィ)!」


「紅井さーん!」

 客席から声が飛んでくる。

「遥香ちゃーん! 頑張れ!」


 私たちの攻撃がブルーノに炸裂する。

「とう! イエロー・マジック!」

「ピンク・ラブリー光線!」

「やあっ! グリーン・ウィップ!」


「ふごっ! あうっ! げぼっ!」

 ブルーノが派手に身悶えた。


「今よ、レッド!」

 ピンクが叫ぶ。

「とどめを刺して!」


「アホを倒すは正義の努め!」

 紅井さんが私の作ったカッコいい大剣を、振った。

「受けてみろ! 炎の型、最終奥義……!」

 ステージ上が照明で真っ赤に染まる。

「『煉・獄』!」


 落雷のような、黃嶋さんの作った効果音が派手に響いた。なぜ炎の技なのに雷なのかはツッコまないでほしい。


「うぎゃああああ!!!」


 ブルーノが真っ二つになった。これも黃嶋さんによるエフェクトだがどうやってるのかはわからない。


 真っ二つになって倒れたブルーノを背に、私たちはポーズを決め、声を揃えた。


「「「「正義は勝つ!」」」」


 そして最後に紅井さんが、私がブルーノの脚本につけ足したセリフを言う。


「みんな! 青春はダラダラしてもいいんだ! だが、時には本気で燃え上がろう! 好きなことがあるなら、全力で好きになれ! 好きな人がいるなら、迷わず気持ちを伝えろ! 一瞬にすべてを燃やし尽くそう! 我らゆるゆる戦隊セイシュンジャーが応援している! では、さらばだ!」





 ステージを終えた私たちは、控室代わりの体育用具室に降りると、マットの上にみんなでどさっと倒れた。


「はあ……」

「疲れた……」

「でも、やりきったね」

「ああ……」


 がばっと起き上がり、みんな笑顔で手を合わせた。


「大成功だ!」


 外では客席からの鳴り止まない拍手がまだ続いていた。





「でもさ〜、一時はどうなるかと思ったよ」

 チョコレートケーキ(80円)を口に運びながら、黄嶋ちゃんが言った。

「ブルーノがへそを曲げてさ、やる気なくしちゃった時、出演キャンセルしないといけないかと思った」


「すまんこ」

 ブルーノがフライドポテト(50円)を手に、おちゃらけて謝った。

潤子ジュンコと紅井に言われて反省した。確かにあたし、ふざけすぎてたもんね」


「でも、あれでかえって本気でやるつもりになったんだよね」

 桃崎ピンクちゃんがクリームソーダ(100円)のストローをいじりながら、にこっと笑う。

「こういう時なんて言うんだっけ? 『雨降って地固まる』?」


「あのステージの大成功は潤子ジュンコの功績だ」

 紅井さんが私の顔を見て微笑んでくれた。

「みんなを本気にさせてくれたのは潤子ジュンコ、おまえのお陰だ。ありがとう」


 私はラーメン(250円)を啜る口を止めて、照れくささにうつむいた。顔は真っ赤だったかもしれない。




 あのステージ、有名高校生ユーチューバーに比べればお遊戯みたいなものだったかもしれない。でも、私たちは自分たちの本気を出して、やりきった。それに客席のみんなも応えてくれた。


 照れることなく、本気で燃え尽きた私たちは、ほんとうの『仲良し5人組』になれた。私も含めて、ほんとうに仲良くなれた。


 盛旬堂せいしゅんどうの畳の席で、最高の想い出になったあのステージを話題に、私たち5人はそれぞれの学生メニューをつまみながら、今日もゆるゆるとした楽しい時間を過ごしたのだった。



キハ様、お題をありがとうございましたm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 「火炎槍術・ガト・ツー」が好きです。 悪・即・斬のあの方が脳裏に浮かびました。
[良い点] 初めは不協和音が生じていたグループが、 腹を割って話し合った結果まとまったのがよかったです。 作中にあるように青春というものはダラダラしたもので ドラマのような熱い青春イベントはそうそう…
[一言] 甘酸っぱくて可愛いくてとっても楽しい!! 私には書けない世界だから 読み専を堪能させていただきました<m(__)m>
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