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「 ―人間兵器化計画被験者の現状と今後について―
第二十四回調査報告書
第二資料等秘匿保管所の現状について記述するものとする
内部状況、経年劣化による保管設備等の破損が著しく重要資料等は早急に移管の必要性が有り
資料等保管状況、保管設備劣化による僅かな破損有り、保管資料目録へ記載された第二の一から第二の十二までの資料の蔵置を確認
次回調査、新西暦六年後期に第三等資料秘匿保管所の調査を実施但し現在、当保管所はエヴェルソルによる制圧下にある為予定を早める可能性有り
調査員について、現在調査にあたっている二名については次回の第二十五回調査をもって処分する事とする
以上をもって第二十四回調査報告とする 」
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宿に戻った俺はサイディルから渡された『書類』に目を通していた……内容の理解に苦しむ『資料等秘匿保管所』『人間兵器化計画』……唯一理解できるとすれば『第三資料等秘匿保管所』と記載された場所がエヴェルソルの制圧下に有るという事程度だ
理解に苦しむ書類を何度か読み直している内にサイディルからの『私の部下以外には他言無用だ』その言葉を思い出し、伝えられた居住区内の酒場へと向かった
賑わいを見せる商業地区を横目に向かった居住地区付近では何やら物々しい雰囲気を感じる――――――
「――――――おーい、食い逃げだ!誰かそいつを止めてくれ」
遠目に見える酒場の店主であろう人物から怒号が響く、それを気にも留めず人混みをかき分け此方へ向かって来る人物が一人――――――
「――――――っ」
俺は咄嗟に逃げる様に此方へ向かってきた人物を地面へと組み伏せる
「クソッ、離しやがれ」
依然として逃亡を図り暴れるその男に対し俺は、無意識のうちに剣へと手を掛けていた――――――
「唯の食い逃げだ、剣は収めてくれ」
剣を抜きかけていた左腕を一人の男が押さえつけ呟く、俺はその言葉で我に帰る
「店主、捕まえたぜしっかりと払って貰いな!」
その男は……いや、正に筋骨隆々といったその大男は食い逃げ犯の首元を片手で軽々と持ち上げ、酒場の店主へと引き渡し今度は振り返り俺の方へと手を伸ばす
「兄ちゃん、助かったぜ……ほら、遠慮するな」
「……あぁ、こっちこそ助かった」
俺は差し出された手に捕まり立ち上がり少し乱れた服装を整えながら礼を言う
「足は大丈夫か?」
少々、困惑している俺に男は続ける
「取り押さえたときに右足を庇っている様に見えたんでな……」
「あ、あぁ大丈夫だ」
正直、自分でも庇っていたつもりなど無かったので少し驚きを隠せないままで返答する
「そりゃあ良かった……そうだ、名前聞いてもいいか?俺はクルダーだ、兄ちゃんみたいな正義感のある奴は中々いねぇからな」
「リアムだ」
クルダーと名乗る男に名前を告げると驚いた表情を見せる
「兄ちゃんが、最近ギルドに入ったって言うリアムか支部長から話は聞いてるぜ、もっと暗い奴だって聞いてたからな全然気づかなかったぜ」
何処か聞き捨てならない様な言葉があった気がするが……
「……じゃあ、あんたサイディルの?……」
「そうだ、じゃあ改めて自己紹介させてもらうか、俺は『シアンズ・クルダー』バーキッシュ支部で副長を務めさせて貰ってる者だ改めて宜しくな」
「サイディルから部下と一緒にと仕事を頼まれたんだが……」
俺は例の仕事の件についてクルダーに尋ねる
「あぁ、俺の事だろう……まぁ、此処で話すのもあれだな……俺の家が直ぐ近くだ其処で話そうか」
「あぁ、分かった」
俺とクルダーはその場を後にし、居住地区のはずれに佇む一軒の家へと訪れ促されるまま室内へと上がる
「よし、早速詳細を伝えようか――――――
近頃、此処から北東へ半日ほど行ったところにある村でエヴェルソルによる略奪が頻発しているとの報告が入っている、加えて付近には野営地の様な物も確認されているとの事だ、恐らくこの野営地を拠点とし付近の村へと略奪行為を行っていると思われる、今回はこの野営地の制圧を目標としている……と、こんなところだ」
「――――――そうだな……敵の人数は?」
「村人の証言によると襲撃に来た時の人数は三人だそうだ……それ以上と想定しておくのが妥当だな」
正直、今回も情報不足が否めないが今後の被害も考えると僅かな情報をもとに動かざるを得ないのだろう
「分かった、それと俺の事情で悪いんだが……今、装備品が無くてな……完成まで二日かかるんだが」
「二日か……分かった、俺は先に村へ向かっているから装備品が完成したら合流してくれ、俺は兄ちゃんが到着するまで付近の村の警護をしているから合流でき次第、野営地の制圧へと向かう……これでいいな?」
「迷惑をかけるな……」
「気にするな、そもそも怪我をしてる中無理をさせてしまってるのは此方の方だからな」
少々、心苦しそうな表情を此方に向けているクルダーに俺は例の『書類』の件について切り出す
「あと、最後にこれの件だが……」
俺が例の『書類』を手渡すと不可解な面持ちで自分の手元と俺の顔へと交互に目を向ける
「サイディルから書類の内容を部下に共有してほしいとの事でな」
俺が補足を加えると書類に目を通し始める――――――
僅かに沈黙が流れ、クルダーへと目を向けると次第に顔面の血の気が引いていくのが映る、確かに理解し難い内容ではあったが
クルダーの浮かべる表情は理解出来ないと言った様にはとても見えない
「どうかしたか?」
ただならぬ様な表情が気掛かりになり声を掛ける
「……兄ちゃん、これは何処から持ってきた?」
「坑道での任務の後にサイディルから渡された物だ、何処から持ってきたかは……言ってなかったな」
暫し、間を置いてクルダーが再び口を開き少し震えた声で問い掛けてくる
「書類読んだか?」
「あぁ、だが全くと言っていい程理解できなかったがな……」
恐らく、クルダーは『書類』の内容について思い当たる節があるのだろう
「……書類の内容……思い違いかもしれないが、以前俺と支部長が行った『旧王立図書館』の調査報告と酷似している……他に書類の内容を知ってる者は居るか?」
焦りが混じる様な口調でクルダーが問い掛けてくる
「いや、恐らくサイディルと俺とあんたの三人だけの筈だ……サイディルからもあんた以外には他言無用だと言われている……」
「そうか……兄ちゃん、悪いことは言わねぇ……この件からは手を引け」
突として出された提案に驚きながらも問いかける
「どういうことだ?」
「以前行った『旧王立図書館』の調査だが――――――本部……もとよりギルドマスターからの提案で行われている……
これで分かるか?」
本部からの提案そして『資料等秘匿保管所』とクルダーの発言……何か明るみに出てはいけない情報を隠蔽するであろう『資料等秘匿保管所』そしてそれ等の調査を提案したギルドマスター、更に『書類』には次回の調査で調査員を処分するという旨が記載されている
――――――明るみに出てはいけない情報……いや、出ていない情報
『王の死の真相』
真っ先にこの言葉が頭に浮かぶ、そして「設立が政府の関係者」サイディルと出会った日に彼の放った言葉……思考が加速する――――――
『王の死の真相』は出ていないのでは無く、出ない様になっていたのではないか
政府が隠した情報を政府関係者が設立した組織で秘密裏に調査……いや、管理するそして定期的に調査員と称したギルドに所属する兵を処分し入れ替える事により外部に漏れることを防いでいる……だとしても全てを隠しきることは出来るだろか?
単独とは言え六年間『王の死の真相』について何も情報を得られなかった――――――
更に加速する思考を遮るようにクルダーが呼びかける
「――――――どうした?黙り込んで」
俺は少し興奮気味な口調でクルダーへと尋ねる
「調査に行った時の資料の内容は覚えているか?」
訝し気な表情を浮かべながら口を開く
「……いや、資料の文字は外国の言語での記述……もしくは暗号化されていて読み解くことは出来なかったんだ」
――――――そういう事か外国の言語、暗号、だとすれば仮に隠蔽された資料が『王の死の真相』の物だとしても、情報として出回らないのは納得できる
「おい、さっきからどうした?様子がおかしいぞ」
再び呼びかけられ、ふと我に帰る
「――――――あぁ、すまない……さっきの手を引けとの提案だが悪いが飲めない」
俺が一呼吸、自らを落ち着かせクルダーを真っすぐに見つめ先程の提案を拒否すると、同じく俺の目を見つめ口を開く
「――――――まぁ、そう帰って来るとは思っていたがな……本気の眼だ無理に止めはしねぇよ……だが、熱くなりすぎるなよ……
兄ちゃんの事は支部長から聞かされてるからな……常に冷静で居ろ、じゃねぇと『目的』には辿り着けずに死んじまうぞ」
つい先日も感情に呑み込まれ我を失い衝動のままに行動していた事を思い出しその言葉に胸を締め付けられる感覚になる
「あぁ、頭に焼き付けておく」
「そうしてくれ……じゃあ、今日はこんな所か」
席を立ち、家を後にしようとした時にクルダーが思い出した様に俺を呼び止める
「――――――そうだ、明日……アロウの葬儀があるんだ……もしよければ、兄ちゃんも出てやってくれねぇか……バーキッシュの教会で執り行われるから……まぁ、無理にとは言わないがな」
「……分かった……考えておく……じゃあ、邪魔したな」
俺はその言葉だけを返し家を後にした
ふと空を見上げると既に日が傾き月がその姿を覗かせている、都市を護る防壁の上部からまだ僅かに顔を覗かせ辺りを朱に染める夕日に目を奪われ先程まで、一朝一夕の如く巡っていた思考は次第に平静を取り戻す、それと同時に自分の腹の虫が喚くのを感じる――――――
「そういえば、朝から何も食べてなかったな……」
少し離れた商業地区から漂う香ばしい香りに釣られ呟きながら俺は食事を求め歩き始めた
人混みを掻き分けようやく中心部の付近までたどり着いた所で一際大きな人だかりが目に留まりそちら向かう
香ばしい香りの正体であろう厚みのある肉が乳白色のパンに乗せられ次々に人々へ手渡されている、肉汁の滴るその見た目と空腹を
刺激する香りに釣られ、何も考えることなく店主へ貨幣を手渡しそれを手に入れすぐさま人混みを離れ、大きく頬張る、
一口、二口、三口とあっという間に平らげる
「……ぁあ……感謝しないとな……」
空腹を満たせるという事への思いでそんな言葉が漏れる、それと同時に彼への罪悪感や『書類』への疑念など
平静を取り戻した思考が再び覆いつくされそうになるのを抑え込み三度、宿へと向かった
寝床へ腰を掛けた記憶を最後に俺の意識はそこで途切れていた――――――