side妹 ー 6
【黒瀬月】
母との胸糞悪い会食を途中退室した後、私は改めて兄の今後を憂いた。
「兄さんは世間知らず過ぎますね。女とは所詮、母であっても女ですよ」
すでに兄のスマホに登録された知らない女(相馬蘭)のmainは入手した。
兄は、私に無防備な姿を見せてくれる。
スマホをテーブルに置いたままお風呂に入ったり、寝ている部屋に鍵もかけないで眠りに着いたり。
本当に私は心配になってくる。
もしも、ここがタワーマンションの上層階で無ければ、兄の下着は泥棒され放題になっていたことだろう。
もちろん、私は洗濯前の兄の下着を毎日交換しながら愛用している。
「お兄。ちょっとお願いがあるんだけど」
私は、いつもの親しみを込めた呼び方で兄に甘えるようにすり寄る。
中学の時は、私に対して怯えたような顔をすることが多かった兄。
最近では私が近づいて甘えると顔がニヤけて喜んでる顔をする。
「おっ! どうしたどうした? お兄ちゃんに言ってみろ」
ふと、昔を思い出せば、昔から兄は私を可愛い可愛いと言ってくれていた。
だから、中学のときは怯えていたのではなく、どう接すればいいのかわからなくて戸惑っていたのかもしれない。
今の兄は、昔の兄と同じように私を可愛がるような態度をとるようになった。
「うん。ちょっと夏用の服を買いに行きたいんだけど。一緒に来てくれない? 荷物持ちをしてほしいの」
ソファーに座る兄に、床に座った状態の私が見上げるようにお願いする。
この世に兄を荷物持ちに使う妹など存在しない。
だが! あえて私はそれをする。
だって
「なんだなんだ? ツキは甘えただな。全然いいぞ。可愛い妹の頼みだからな」
兄さんはそれを喜んでくれるから。
「じゃあ、明日はどうかしら?」
「明日? うんいいよ。夏休みに入って時間は余裕があるからな」
二つ返事で承諾してくれる兄。
「兄さん。ありがとう。明日はよろしくね」
「おう、任せろ」
私は、兄の承諾をもらったことでmainの画面を開く。
「兄が承諾してくれました。それでは予定通り、明日よろしくお願いします」
一通のメッセージをmainに打ち込む。
「これで明日が楽しみね」
私は少しだけ失敗をした。
兄を守る存在を、家族や幼馴染に頼ったことだ。
ハッキリ言って私は兄を愛している。
愛してはいるが、独占したいと思わないようにした。
それは兄が幸せになってくれるならばという前提が付く。
その中に私も混ぜてもらえれば構わない。
だって、兄を独占しようと思うなら、もう家に閉じ込めて自由を奪うしか方法がないのだから。
そうしたとき……兄はきっと私を愛してはくれないだろう。
「愛とはままらないものね」
兄は完璧でカッコ良すぎた。
大人になってゆく兄を放っておく女はいないだろう。
「それでも兄のことを一番知ってるのは私」
私は中学生にしては大人っぽいカジュアルな衣装を手に取り明日の準備を整える。
いったいどのような女性が来るのか、今から楽しみで仕方ない。
兄に相応しい女なのか見定めてやる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
兄は某有名チェーン店のカジュアルコーデ。
私も兄とお揃いの店に売られているカジュアルコーデ。
「うん? それって俺と同じ店」
「そだよ。お兄が着てていいなって思ったから」
「そっそう? へへへ」
兄は褒められたことが嬉しいのか、照れ笑いを浮かべる。
とても可愛い。
私は連絡した相手を知らないので、待ち合わせ場所まで兄と手を繋ぐ。
「お兄、人が多いから手を繋ごうよ」
「おっおう。いいのか?」
戸惑う兄の手を強引に掴んで歩き始める。
こうやって手を繋いでいれば、他の女たちへの牽制にもなる。
無防備な兄の事だ、すぐにナンパされて連れ去られてしまう。
「えっ?」
兄さんが何かに気付いて驚いた表情を見せる。
待ち合わせ場所には、白を基調としたスポーティーな衣装に身を包んだ、
モデルのように美しい人が立っていた。
自分が負けているとは思わないが、その辺に歩く有象無象とは一線を隔す存在感を放っていた。
「やっ、やぁヨル。久しぶりだね」
女性はぎこちなくはあるが、偶然を装って兄に声をかける。
「ランさん! どうしてここに?」
「ちょっとね」
相馬蘭さんは一瞬だけ、私へ目くばせをして言葉を濁した。
「ヨルこそ、今日はこんなところでどうしたんだい?」
「俺? 俺は今日は妹の荷物持ちで駆り出されたんです」
兄さんは一瞬手を放すか思考したようだが、私がギュッと握り締めると諦めて手を繋いでいることをランさんに見せた。
「そうか、兄妹の仲が良くていいな」
「お兄。この人は誰?」
「こちらは俺の友人で、相馬蘭さんだよ。ランさん、俺の妹で黒瀬月と言います」
「ツキです。いつもお兄がお世話になっております」
「相馬蘭です。よろしくね」
モデルさんのように美しく。
芸能人のような存在感。
引き締まった身体は何か運動をしている節がある。
「じゃっじゃあ私は」
「ねぇお兄。ランさんってモデルか何かしているの?」
「そうだよ。やっぱり分かる?」
「うん。凄く綺麗だから、ランさんもしよかったら、今日お時間あるなら一緒に服を選んでくれませんか?」
私の意外な提案に兄が戸惑い始める。
「おっおい。ランさんも予定があってここに来てるんだ。迷惑かけちゃダメだろ」
「いや、今日は休日で一人でどうしようかと思ってたんだ。いいよ。私で良ければ付き合うよ」
ランさんは私の申し出を快く引き受けてくれた。
「えっ良いんですか?」
兄さんはランさんといられることが嬉しいのか口元がニヤけている。
ちょっとイラっとするが、今日は元々の予定通り行動するだけだ。
「じゃあお願いします。お兄に荷物持ちは頼んでいたのですが、女性の服を選べるセンスがあるのかわからないので」
「おいおい、ひどいな。俺だって服ぐらい選べるぞ」
「ほう~服ぐらいね。モデルである私への挑戦かな?」
「そっそういう意味じゃ」
ランさんが兄さんをからかうような会話をする。
年上の余裕と言うべきか、ランさんの対応は私にとっても好印象に思えた。
「なら、二人で私の服を選んでください。楽しみです」
私は本当に今からの時間が楽しみで仕方なかった。