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公園散歩

 男子応援団の部室を出た俺は、タエが運転する車の後部座席に座って外を眺めていた。


「皆さんと集まるまで、もう少し時間がありますから、少しドライブでもしますか?」


 ノスタルジックな気持ちになっていた俺の顔を見て、タエがドライブを提案してくれる。


「うん。少しだけいいかな?」

「もちろん。時間になったら会場に向かえば問題ないと思います」

「ありがとう」


 いつも通っていた帰宅路から逸れるだけで、景色は全然違う物に変わってしまう。

 それだけでも、自分が住んでいた街が別の街になったような気がして小さな発見が出来てしまう。


 三年間、通っていたはずなのに通う場所は限られていて、行き慣れたファミレスや学校から近いコンビニ、行ったことがある場所に嬉しくなる。


「ヨル……学校は楽しかったですか?」


 不意にタエから問いかけられた言葉に、思案するように景色を見つめる瞳を閉じる。


「ああ。とても楽しかったよ」

「ふふ、それはよかったですね。どんな思い出があるんですか?ヨルがどんなことをしてきたのか聞きたいです」


 タエと過ごした時間は、彼女たちの中で一番長い。

 それでもタエから見る景色と、俺が見る景色は違うのだろう。


「そうだな……意外かも知れないけど……教室で授業を受けている時間が一番楽しかったんだ」

「えっ?本当に意外ですね」


 本来の俺は病気で学校に行くことも出来なかった。


 ツララ君のように病院で過ごす毎日で、20歳で死を迎えた。

 目が覚めると、教室にいて普通に状況を聞いている。

 それがどれだけ大切なことなのか、俺だけが知っている大切な時間だった。


 神崎先生の授業は面白くて、教室で女子も男子も黒板に向かって真剣な顔をしている。

 その中で、眠そうな子。退屈そうな子。全然興味なさそうな子。


 進学科に在籍していても、それぞれ顔があって……その空間が凄く楽しかった。


「うん。タエは全国大会がやっぱり思い出に残っているの?」

「そうですね。全国大会で優勝したことは、私にとって自信になっています。印象的で一番の思い出だと思います」


 タエは思い出を語るときカッコイイ顔になる。

 きっと、タエにとって誇らしいことを語るからなのだろう。


 だけど、俺は笑みが出てしまう。


 隣の席にセイヤがいて、前の席にツユちゃんがいる。

 教壇には神崎先生がいて、休み時間にはセイヤやツユちゃん、アスカやヨウヘー、ハヤトと話をして、放課後は男子応援団で集まって会議をする。


 当たり前のようにしていたことが、一つ一つ今まで出来なかったことで、全てが輝いて見える。


「楽しそうですね」

「そう?」

「ええ。ヨルは学校のことを思い出すと楽しそうに笑っています」


 タエが誇らしいように、俺は楽しかった。


「ねぇ、タエ」

「はい。今日までありがとう。タエが俺を守っていてくれたから安心して学校生活をすることが出来たよ」

「それを言うなら私ですよ」

「え?」

「三年前の私は新人で初めての仕事でした。

 緊張して、仕事が一人前に出来る状態ではありませんでした。

 それでもヨルは私を選んでくれた。

 そして、側にずっといることを許してくれた。


 私の方こそありがとうございます。ヨル、あなたに出会えてよかったです」


 タエと二人で浜辺に降りられる海運公園に車を止めて少しだけ二人の時間を作る。


 彼女と初めてあったのは公園だった。


 一緒に痴漢を撃退して、警察まで連れて行ったんだ。



「おっ男!!!」



 タエが突然、俺を見て大きな声を出す。

 ふと、言われた言葉で理解する。


「うん?誰?」

「なっなんて!メンコイ、ミステリアスイケメンだべ!」


 当時のタエは訛りがキツくて何を言っているのかわからなかった。


 初めてあったときは色白美人だったけど、最近は外の警備も担当しているので、小麦色の健康的な大人の美人に成長した。


「えっと……何か御用ですか?」


 あのときのことを思い出して身構える。


「わっワタスは森多恵モリタエといいます。人生で初めて男性を見ました!なので、お願いがあります!」


「なんですか?」


 互いに迫真の演技で唾を飲む。


「あっあんたの」


「僕の?」


 貞操概念逆転世界に来たか!!!美人痴女に襲われるのか?


「手を!握らせてください!!!」


「……はっ?」


「ワタス、男性にあったら手を握らせてもらいたかったです。

 男性の手は女性と違って、ゴツゴツだったり、固いって聞いてずっと触ってみたかったんです」


 そう言って手を差し出すタエ。


 俺はその手を握って抱き寄せた。


「今なら、手だけじゃなくて俺の身体の全てに触れて良いよ」


「そっそれはワタスもまだ恥ずかしいよ」


 恥じらうタエが可愛くて、顎を持ち上げてキスをする。

 鍛えられているのに、胸と唇はどうしてこんなにも柔らかいのだろう。


「タエ、これからも側にいてくれ」

「はい。喜んで!」


 ムードある雰囲気を作ったつもりだけど、タエの元気な声で笑ってしまう。


「ふふ、ありがとう。嬉しいよ」

「えっえっ?どうして笑うんですか?」

「うん?嬉しくて。幸せだなぁって思ってね」

「それならいいですけど」


 しばらく、タエと公園を歩いて過ごした。


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