世界を手にするの?
アポを取るのは難しいことではなかった。
目の前に座るオシャレな女性は、表参道のカフェでゆっくりと雑誌に目を通していた。
「待たせた」
俺の言葉に美女が顔を上げる。
「ノープログラム」
サングラスをずらして、ブルーの瞳を覗かせたクイーンが応える。
今日は、寒いはずなのに彼女の周りだけは暖かい雰囲気すら感じる。
俺は黒いコートにマフラーを手放せないぐらい寒い。
「ふふ、日本人なのに寒いのかしら?」
「ああ。寒い」
ホットコーヒーを片手に向かいの席へ座る。
こうしてアポを取るまでに色々あった。
どうしても個人的なスマホはダメだと反対も多かったので、レイカが用意してくれたスマホでクイーンのIDを登録することになった。
登録時も何かあってはいけないと、タエや暗部の人達だけでなく、アフィーたち裏社会の者達も同じ建物内で監視を行っている。
「じゃ連絡するぞ」
全員が息を呑む中で、俺はmainにメッセージを送る。
『初めて連絡をさせてもらいます。黒瀬夜です。一度会ってお話がしたいのですが?ご予定はいかがですか?』
ちょっと固いかな?そう思うが初めてメッセージするんだからこんなもんだろ?
『OK。明日、表参道のカフェで……時間は13時」
相手からは軽い返事が来た。
意外にも何もなかったことに全員が安堵したところで、普通に何もないと思っていたのでそこまで心配する理由が理解できなかったけど。これでみんな安心してくれるだろ。
「わかったわ。明日の表参道ね」
レイカにメッセージの内容を見せると彼女たちは一斉に立ち上がる。
「えっ?どうした?」
「大丈夫よ、ヨル。あなたには絶対何もやらせない。必ず私たちで決着をつけてくるから」
八人の彼女たちはどこか決意を込めた目で互いに頷き会う。
「大丈夫。私プロ」
「私も世界チャンピオンです」
ヒナタとタエがもの凄く殺る気になっている。
「ちょっと待ってくれみんな。アフィー達にもいったが、クイーンとは俺が話をつけてくるからみんなは黙って見守っていてくれ」
俺の発言にテルミとツユちゃんが困った顔をする。
「ヨル。ダメだよ。きっとこの人はヨルを遠いところに連れてっちゃう。私にはわかるんだ」
光を失った瞳でユウナが俺を抱きしめて否定を口にする。
「ヨル。私も今回はヤバいと思う。相手は世界一の頭脳と財力を持つなんだ。一回、つけ込まれたらヨルが私たちの前からいなくなるんじゃないかと思うんだ」
ランは自分の身体をギュッと抱きしめるように不安を口にする。
「……ヨル。あなたの気持ちはわかっています。彼女に惹かれているのも……だからこそ、私たちは恐いのあなたを失うかもしれないって」
レイカもランと同じように不安な瞳で俺を見る。
「……ツキは?」
俺が残された一人に意見を求める。
「兄さん。私は兄さんが選ぶべきだと思っています」
ツキの言葉に彼女たちの視線が注がれる。
「ユウ姉さん。前に、私は言いましたね。勘違いするなと」
ビクッとユウナの身体が震える。
「私たちは選ばれる側の人間です。選ぶのはあくまで兄さん。兄さんに選ばれるために私たちは自分を磨くのです」
次にランさんレイナを見る。
「失う?失うなら取り戻せばいい。兄さんは誰にも縛られない」
ツキは一人一人の顔を見る。
そして、最後に俺へと視線を向ける。
「兄さんはどうしたいですか?明日、彼女に会って……彼女と共に世界に出たいと思いますか?」
不思議なものだ。
貞操概念逆転世界に転生してきてヨルになってから……俺はどこかで家族への甘えがあって、それをもっとも破壊してきたのはツキだった。
男性が減少して重宝されると思っていた。
それなのに俺がこの世界で最初に言われた印象的な言葉は「ドっドモるとかマジキモイ」だった。
本当に思っていたのは違う世界だ……
「何?楽しそうね」
ふと昨日の出来事を思い出していると、クイーンに声をかけられる。
「ああ。彼女たちのことを思い出していてね」
「まぁ、あなたのワイフが居る前で他の女のことを思い出しているなんてヒドイ人ね」
「君はまだワイフではないからね」
冷め始めたコーヒーに口をつける。
口の中に暖かさが伝わって気持ちいい。
「ねぇ、あなたは世界を手に入れたいと思ったの?」
彼女から発せられた突飛な質問に冷たい風が吹きつける。
「どうしてそう思ったんだ?」
「だって、あなたは世界を動かしたじゃない」
「俺が世界を動かした?」
「ええ。あなたがライブ中継をした日。私の心は震えたわ。
きっと私だけじゃない。世界中の女性があなたを求めて心を振るわせたんじゃないかしら?」
彼女は決して孤独ではない。
他の女性の気持ちも考えている。
それに、女性に負担にならない受精方法も開発した。
「君は俺を求めているのか?」
コーヒーを飲んだ口から白い息が漏れる。
「……ふふ、あなたは直接的に聞くのね」
どこか余裕のある態度を崩さなかった彼女は、初めて視線を逸らした。
「わっ私は今まで手に入れたいと思ったモノは全て手に入れてきたわ」
「……そう」
「だけど……あなたは手に入れたいんじゃない。隣に……側にいてほしいの」
恥じらうように……目の前にいたのは年相応の少女だった。
「俺には彼女が他にもいるが、それでもいいのか?」
「……本当は私だけのワイフでいてほしいわ」
彼女がテーブルに肘をついて、顔を寄せてくる。
「だけど、さっきも言ったでしょ。あなたは世界を手に入れたいのかしら?」
「そうか……君が聞いた質問の意味がやっとわかったよ」
俺もテーブルに肘をついて彼女との距離を縮めて額を当てる。
「俺は……」
彼女だけに聞こえる声で俺は彼女に応えた。




