side友人 ー 2
《白金聖也》
クリスマスの日から、少し経って学校生活が始まり、ヨルと過ごす日々は僕に楽しさを取り戻してくれる。
そんなある日、いつもとは違う雰囲気をしたヨルに気付いた。
たぶん、他の人は気付かない程度の些細な変化だと思う。
「ヨル……何かあった?」
それは本当に些細で、いつも横にいるから気付いただけだ。
ヨルの雰囲気に余裕を感じられる。
「えっ?ああ、ちょっとな。別に大したことじゃないぞ……まぁセイヤだからいいか」
それは僕にとっては衝撃的な告白だった。
ヨルが彼女を抱いた。
そういうことは結婚してからだって思っていた。
誘拐されて女性へ恐怖心を持ってもおかしくない出来事の後だから、余計にそんなことはできないと思っていた。
考え方が理解できない。
「ねっねぇヨルは……怖くないの?」
「怖い?」
僕の質問の意味すらわからないと言う顔をする。
僕の悩み。
僕の憤り。
僕の想い。
その一つ一つがヨルに伝わらない。
それがもどかしくて、そしてそれが悲しくて……僕はどうすればいいのか分からなくて……
「ねぇヨル」
「うん?」
「最近、道場で身体を動かしてる?」
男子応援団を立ち上げたとき、ハヤトを鍛えるために何度かヨルと訪れた道場。
ムシャクシャする気持ちを体を動かすことで誤魔化したくて聞いてみた。
「そういえば、最近は行ってなかったな。男子応援団も休止して活動してなかったしな。たまには体を動かすのもいいかもな」
僕の誘いに乗ってくれたヨルと共に、やってきた道場の空気はどこか甘ったるい匂いを感じる。
普段は女性だけがここで練習をしているのだろう。
今日は、僕とヨルの二人だけ。
畳が敷かれた道場内で道着を着て向かい合う。
互いに道着の下は何もつけていない。
「こうやってセイヤと向かい合うのは初めてじゃないか?」
「そうかもね。僕は体力にはそこそこ自信があるし。
昔からなんでも上手く出来たからハヤトほど不器用でもなかったしね」
「だな」
向かい合って、感じるヨルから受ける圧は強い。
「ルールはどうするんだ?」
「相手に大怪我をさせなければなんでもありでどう?」
「へぇ~面白いな」
獰猛な笑みを浮かべるヨルに僕の背筋が身震いする。
だけど、今日はヨルに全て受け止めてもらう。
このムシャクシャ気持ちを……
「いくよ」
「おう」
ヨルの身長は僕よりも頭一つ大きい。
力も強いし、動きも早い。
女子の大会とは言え、全国大会で優勝するタエさんが一度も柔道で勝てたこともない。
僕が勝てる相手じゃない。
だけど……
「はっ!」
僕は真っ直ぐにヨルに向かって突進する。
小細工はしない。
ボクサースタイルで、ヨルの顔面を狙ってパンチを放つ。
掌底で弾かれるが、休まずに放ち続ける。
ヨルが前に出ようとしたタイミングで前蹴りを放って距離を取る。
そう、見せかけて屈んで脛に一発。
不意打ちを受けたヨルの顔面に一発。
いいのを入れることが出来た。
「マジか……くくく、正面から崩されるとは思ってなかったぞ」
ヨルは殴られてよろめいたのに楽しそうに笑っている。
頑丈な身体も持っているのだから手に負えない。
本当にヨルはズルい……ああ、そうか。
僕はヨルをズルいと思っていたんだ。
「ヨルはズルいね」
「俺がズルい?」
ズルいなんて言われたことがないんだろうな。
「そうだよ!!!
強い体も……
男らしい容姿も……
女子を怖がらない性格も……
何ににも興味がないフリして、色々なこと成していっちゃう行動力も。
全部!全部ズルい!僕はヨルにはなれない!!!」
僕の叫びにヨルは困ったような顔をする。
どうして怒らないの?こんなにも理不尽なことを言っているのに……
「俺はさ……高校に入って……お前が主人公だって思ったよ」
「何それ?主人公?」
意味がわからない。
主人子って物語とかゲームじゃないんだ。
「ああ。
誰よりも綺麗な容姿をした男で。
女子に対しても分け隔てなく優しくてモテまくり。
そのくせなんでも知ってて、なんでも簡単に出来ちまう。
女子へのトラウマを持っているはずなのに、それでもそれを乗り越えて相手に接するお前は凄い奴だって思ってた」
ヨルが僕のことをそんな風に思っているなんて知らなかった。
「僕はそんなんじゃない!僕は主人公になれない!だって……うわぁぁぁぁ!!!」
僕は自分の想いを告白する勇気が無くて、ヨルへ向かっていく。
先ほどの攻防で僕でもヨルと戦える。
だから全力でぶつかり合う。
どうして女子を抱くことが出来たの?
どうして僕が一番ヨルの側に居ちゃいけないの?
どうして……僕はこんなことを思うの?
「ハァハァハァハァハァハァ」
床に押し倒された僕の上にヨルがいる。
ああ、僕はヨルに投げ飛ばされたんだ。
蛍光灯の明かりが眩しい。
「スッキリしたかよ?」
「えっ?」
「なんか、最近は色々思いつめていたみたいだからな。
さっき、俺への不満を吐き出しただろ?だからスッキリしたか?」
あ~はは。ヨルは全部わかっていたんだ。わかって受け止めてくれていた。
「ねぇ、ヨル。僕の気持ちを……悩みを聞いてくれる?」
「おう!俺らは親友だからな!なんでも言えよ」
差し出す手を掴んで起き上がった。