side《邪神様》の信者 橙 ー 1
《相馬蘭》
大学に入学してから、私の人生は変わり始めた。
高校時代は、超高校級と言われて陸上界で有名になり取材も受けたことがある。
一人のランナーとして、長距離を極めることも考えた。
だけど、山を走る駅伝選手を見た時。
彼女たちのように山を走ってみたいと思った。
そう思った私は駅伝で有名な大学へ進学をすることを決めて、今日まで厳しい練習に挑んできた。
同時に大学費用や今後のことを考えて始めたモデル業との併用は自分のプライベートを削り、時間を作ることさえ難しい日々だった。
だけど、ずっと彼が私の心を支えてくれた。
大学が始まる前に出会った少年。
彼への思いを打ち消すために大学初期は練習と仕事に全てを注いでいた。
ゴールデンウイークに再会した彼は成長を遂げて、カッコ良くなり私を虜にするほど魅力的になっていた。
そんな彼の横に並ぶため、より一層モデルに力を注いで綺麗になろうと頑張った。
夏休み前から夏休み明けにかけて、彼の心境の変化の相談役となり、私は彼の彼女になることが出来た。
彼を引っ張るお姉さん。
そんな風に思われているかもしれないけど。
全然違う。
私は弱い。
彼がいたから私は色々なことを頑張ることが出来た。
彼に出会ってから私の心は彼一色なのだ。
彼無しの時間などもう考えられない。
今日は、その全てをぶつける。
「第三走者が向かっています。準備をお願いします」
我が大学は三位でタスキを繋いでいる。
ここで私が逆転できれば、先輩たちは私よりも凄い人ばかりなんだ。
「いきます!」
気合を入れて私はタスキを受け取るためにラインに並ぶ。
「ラン!!!頑張れ!!!」
私がタスキを受け取り走り出すと、誰よりも大きな声で彼の声が聞こえる。
彼は高々と腕を突き上げて拳を私に向ける。
胸がギュッと締め付けられて、勇気とやる気が体中に漲っていく。
彼が私のためにここにいる。
それだけで十分だ。
私は誰にも負けない!
「おおっと!第四区の相馬選手速い!一年生ながら、高校時代は長距離選手として有名な選手でしたが、今年から駅伝選手へ転向して活躍できるのか危ぶまれていましたがこれは凄い。一位との差、1分をものともしない」
今までの中で一番体が軽い。
足が動く。
苦しくない。
「これは本当に早いですね。13分を切るペースで走っていますよ」
「一年生でこの速度はさすがの一言ですね」
今までで一番の自分を彼に見せることが出来る。
私は風を切って自分の全てを出し切る。
きっとゴールで彼が待っていくれるから……
12分。それは私にとっての壁。
13分なんて目標にしていない。
「ここに来てペースが上がった!」
「これは!」
残り一キロ。もう誰にも追いつかせない。
気持ちいい。
ああ、もうすぐ終わってしまう。
短い。
もっと走りたい。
「相馬選手ゴール!!!なっなんと12分30秒ジャストだ!これは凄い記録が出ましたね」
「ええ。相馬選手はまだ一年生、これからの三年間が本当に楽しみですね」
私はタスキを繋いだ先輩を見送って、大学にテントへと戻る。
そこには彼の姿はなく、私と同じく彼女となった最上照美ちゃんが待っていてくれた。
「ヨルは?」
私のガンバリを彼に褒めてほしい。
彼がスタートで応援してくれたから今までよりも力を出すことが出来た。
「ランさん。ごめんなさい。ヨル君はここにいません」
「えっ?」
ヨルは約束した。
私がゴールしたとき、ゴールで待っていると……いくら私が速くても車には勝てない。
ヨルは車に乗って先に来ているはずだ。
「ヨル君は……誘拐されました」
「……えっ?」
あまりにも意外で、あまりにも聞きなれない言葉に意味を理解できない。
「誘拐?」
「はい。人ごみに紛れた者達が護衛をしていたタエさん、ツキちゃん、SPを分裂させて、ヨル君を」
私はヨルの存在がいなくなるという恐怖で全身から力が抜けて座り込む。
「どっどうして?ヨルが誘拐されるの?確かにヨルは素敵な男性だけど。
誘拐なんて、こんなご時世でそんなことすればすぐにバレてとんでもないことになるじゃない」
「すみません。私達も状況は詳しくわかりません。
車の渋滞が予測されたので私達は別の車両でこちらに来ました。
ヨル君たちとは別々で、私達も先ほどツキちゃんから連絡が来て知ったんです」
テルミさんも聞いたばかりの情報を私に伝えるために待っていくれた?
彼女も動揺はあるのだろう……それでも気丈に立っている。
「さっ探しにいかなきゃ」
私が立ち上がろうとすると、テルミさんが腕を掴む。
「すでに、神奈川県警には連絡を入れています。
ヨル君のお母様には、身代金などの交渉がないか自宅待機もしてもらっています。
ヨル君のスマホは誘拐される際に落としたようで発見されました。
ヨル君自身が持っていないのでGPSも感知できません。
東堂家の力をお借りするためにレイカさんには連絡を取っていますが、未だに繋がっておりません」
掴まれている腕が痛い。
テルミさんは歯を食いしばり出来ることを全てやり終えている。
「ごっごめんなさい。テルミさんに全て任せてしまって」
「いえ、ヨル君を絶対に取り戻します。ご協力お願いします」
「もちろん!」
年下であり、一番頼りなさそうに見えていたのに自分は人を見ていなかったのだろうな。
彼女は気丈にヨルを救い出すために動いている。
自分が動揺していてはいけないんだ。
「テルミさん。ありがとう。ヨルのために迅速に動いてくれて。私のためにここで待っていくれて」
私は気丈に振る舞い続ける彼女を抱きしめた。