青葉祭は派手に ー 7
レイカさんと分かれた後は、約束した場所へと足を進める。
階段を上がり屋上に到達すると、その人物はすでに到着していた。
「ツキ。お待たせ」
「兄さん……それほど待ってはいません。
でも、初めてですね。兄さんが私を呼び出すのは。
兄さんが後夜祭前に話がしたいから屋上に来てほしいだなんて」
告白してくれたみんなに答える前に、俺はツキとの話に決着を付けなければならない。
「ああ。ツキは言ったよね。【あなたは誰?私のお兄ちゃんをどこにやったの?教えなさい!!!】って」
「……」
ツキは俺の言葉に耳を傾けるように何も語らない。
「ツキだけは気づいたんだって思った」
「気づいた?」
「ああ。俺はヨルであって、ヨルではない」
「お兄は兄さんじゃない……やっぱり」
ツキは確信していたのか、それほど驚いた表情を見せることはなかった。
「気づいていたのか?」
「あのときも言いましたが、違和感を感じていました。
ですが、確信したのは兄さんが自分のことをツキのお兄ちゃんだよ……と言った時です」
何がヨルと違ったのか理由を聞いてもわからない。
「お兄は私を女として見ていました」
!!!
それは記憶にもないヨルの感情……俺では知りえない情報。
「どうやら知らなかったみたいですね……お兄をキモイと言い始めたとき。
それは子供心にお兄を守らなければいけないという気持ちだったと思います。
ですが、それと同時に潜在的な意識で感じていました。
お兄が私を女として見始めている……別にそれは嫌なことではありませんでした。
私もお兄を愛していましたから」
!!!
兄妹で愛し合っていた?
「ああ、勘違いしないでください。別に男女の関係ではありません。
お兄は本当に気弱で優しいだけが取り柄の人でした。
小学生だった私は大好きなお兄が、私を女として見ていることに二つの感情が湧きました」
記憶には刻まれていない。
ヨルとツキだけの思い出。
ずっとツキからキモイと言われ、ユウナに止めを刺されたと思ってきた。
だけど……その原因を作ったのは……
「一つは戸惑い。もう一つは……嫌悪でした」
嫌悪と言われて、胸が急激に締め付けられる。
この感情はユウナにキモイと言われた時よりも強い。
ふと……タケミちゃんの言葉を思い出す。
「だって兄妹になったら好きになっちゃうじゃないですか!」
どこかの研究で兄弟や親子は、趣味嗜好が似るので好き同士になりやすいという文献を読んだことがある。
だけど、現在の教育で家族や兄妹と子供を作ってしまうと奇形の子が生まれ、遺伝子がおかしくなるため兄妹で結婚しなくなったと聞いたことがある。
でも、数百年前では兄弟姉妹、親族で結婚することは多かったそうだ。
「……嫌悪?」
「はい。私は自分の中に生まれた感情が信じられませんでした。
大好きなお兄に嫌悪感を抱く。
誰にもお兄を渡したくない。
二つの気持ちに戸惑いました。
でも、自分の心に生まれた感情を無視することも出来ない」
だから、キモイと言って距離を取ったの?嫌うために?
「中学のとき、兄さんにヒドイことを言ってごめんなさい。
もう遅いかもしれないけど。後悔しています」
ツキは深々と頭を下げる。
先ほどよりも強い感情が胸を締め付ける。
「……ヨルじゃなくなったんだよ。僕は……」
それは俺が発した言葉じゃなかった。
胸の内から漏れるように零れた言葉。
「はい。ですから違和感を覚えました。
今の兄さんにはまったく嫌悪感を感じません」
星母さんに似た強い眼差し。
それを持つツキから発せられる言葉は、真っ直ぐで淀みがない。
「むしろ、お兄と同じ匂い。お兄と同じ顔、身体、お兄に昔つけてしまった傷を持っているのに昔とは違うキモイお兄ではない……私が思うのは……今の兄さんが大好きだと思うことだけです」
今まで、様々な感情が渦巻いていた。
ツキにヨルはいなくなったと伝えること。
ツキがキモイと言ってヨルを殺したと言ってやろうと思っていた。
それはヨルからツキへの復讐であり……一つの完結を迎えるはずだった。
だけど、それは意味があるのだろうか?ツキは中学時代のことを謝罪した。
「ふっふざけるな!僕は……僕はずっとツキを!」
それは俺が思っていない言葉……きっとヨルである俺が発した魂の叫び。
「お兄。マジでキモイ!私は今の兄さんが好き。あなたじゃない」
だけど……ツキはハッキリと拒絶を口にする。
「今日、兄さんから呼び出されたことで、私は告白をしてもいいのだと思っていました」
「告白?」
「はい。青葉祭の伝統は有名ですから……でも、違ったことは少し残念です。ですが、改めて言わせてもらいます。
兄さん。中学時代……私がしたことはとてもヒドイことでした。ごめんなさい。
でも、今の兄さんを男の人として大好きです。
お側にいさせてください。妹としてではなく兄さんの……ヨルの女として」
胸をずっと締め付けていた痛みがスッと引いていく。
だけど、そこには僕はいなかった。
いるのは……
「俺でいいのか?」
「兄さんがヨルがいいのです」
深々と息を吐く。
思っていた結末とあまりにも違い過ぎる。
「答えはまだ出せない」
「わかっています。今から兄さんに告白したい女性がやってくるんですよね?」
「わかっていたのか?」
「もちろんです。兄さんは私一人でおさまる器ではありません。世界を狙える人ですから」
どれだけ俺を深く愛していてくれたのだろうか?
俺は一生……ツキには勝てないと思う。