余命五百年、この出会いは運命です
私アリス・ルゴールは、本日十八歳の誕生日を迎えた。
この国では十八歳の誕生日に、ある儀式を神殿で行うしきたりがある。『成人のお告げ』といって、必ず当たる予言を一つ神官様から授かるのだ。当たり前だけれど、予言される内容は人によって違うらしい。
貴族の娘である私は、王都の神殿でこの儀式を行うことになっていた。家族と共に神殿までやってきて、神殿の中には私一人で入った。案内役の女性に導かれて踏み入れた部屋の内部は、暗幕に覆われて真っ暗だ。数本置かれたロウソクだけが、部屋の光源だった。
部屋の中央に佇む神官様の前に立ち、私は一度深呼吸をした。儀式では言わなければいけない言葉が、あらかじめ決められている。
「未来への道標にありがたきお言葉を」
神官様の口から無機質な声が発せられた。
「…………アリス・ルゴール、……貴方の余命は五百年です……」
「……はい?」
何だか違う意味で怖い予言を聞かされて、私の声は裏返っていた。
「素晴らしきお告げに感謝の言葉を」
何とか決められたセリフを絞り出し一礼してから、私は部屋を退室した。
聞き間違いではない。確かに余命五百年と言っていた。余命五百年と聞き間違えるような言葉は、さすがに無いと思う。私は困惑と共に、神殿の外で待っていた家族の元へと戻った。
「この日を迎えられて良かったわ」
「そうだな」
「アリスぅ」
私が無事成人できて、両親と姉は感極まっていた。片や私は不可解な予言のことで頭がいっぱいだ。告げられた予言は、人に言ってはいけない決まりになっている。首を傾げ続ける私に気付いても、両親と姉は何も聞かないでいてくれた。
その日の夜家族との晩餐を終えた後も、私の混乱は尾を引いていた。
私の余命が五百年? 眠れない私はベッドの中で、何度も何度も自問自答を繰り返す。成人できるかどうかさえ、危ぶまれていた私が?
でもいつまでも思い悩んでいたって仕方がない。長く生きられるならそれでいい。ここはポジティブに考えよう。
すぐに死なないのなら、私だって姉みたいに結婚して幸せな生活を送りたい。でも普通の人では駄目だ。余命五百年だと相手に先に死なれて、一人の時間の方が長くなってしまう。何度も再婚するのはちょっと嫌だ。
どうせなら長く一緒に居られる存在と一緒になりたい。寿命の長いものと……。
「そうよ! ドラゴン!」
ドラゴンあるいは竜。永きを生き、人には無い強き力を持った存在。基本的にはドラゴンの姿でいるけれど、人の姿を取ることも可能で、人を嫁に娶ることもあるらしい。
そしてこの国には一匹のドラゴンが長年住みついている。彼に特定の相手がいるという話は聞いたことがない。私のやるべきことは決まった。
翌朝私は両親に、保留にしていた誕生日プレゼントを何にするか伝えた。
「ドラゴンに会いたいです」
プレゼントは物か何かだと考えていたであろう両親は、ものすごく驚いていた。身体が弱い私が長旅などもってのほかだと、両親には当然反対された。それでも最近はめっきり倒れていないし、身体の調子が良い間にと説得して、私はドラゴンに会いに行く旅を何とか勝ち取った。
そんなこんなで護衛や世話役の人々と共に、私は何週間もかけて、彼が住んでいるという深い森の中にやって来た。
同行してきた人々には離れた場所で待機してもらい、私は黒きドラゴンと一対一で対峙する。
「ルカ様、私と結婚してくださいませ!」
「初対面で自己紹介も無しに、いきなり求婚してくるのは僕どうかと思う」
真っ黒で見上げる程に巨大なドラゴンは、そんなことを言いながらも、身をかがめて私に視線を合わせてくれていた。
黒きドラゴンことルカ様がいる場所は、そこだけ木々が全く生えていなかった。どうやらルカ様はいつも同じこの場所で、穏やかに時を過ごしているらしい。
「私はアリス・ルゴールと申します。ルゴール伯爵家の次女でございます」
私はルカ様に向かって頭を下げた。ルカ様もそれに合わせて、頭を下げた気配がした。
「君が僕の名前を知ってるのはまあいいとして、僕と結婚? 人間なら普通に、人間と一緒になっときなって」
「普通の人では駄目なのです。寿命の長い方でないと」
「そんな理由で求婚してくるのも、僕どうかと思う」
事情を知らなければ、私はだいぶ頭のおかしい娘だ。夫となってもらいたいルカ様には、きちんと説明しなければいけない。
「私は先日の成人のお告げで、余命五百年のお告げをいただきました。そういうことなら、永きを生きる方と結婚したいと思い、ルカ様の元に参りましたわけです」
「あのお告げは人に話してはいけないものじゃなかったっけ? あと普通の人間が五百年も生きられるわけなくない?」
私はうっかりお告げの内容を漏らしてしまったわけではない。ちゃんとその辺りも考えた上で話している。
「ドラゴンである貴方に話しましたので、人ではありません。現に何の罰も起きていません」
ルカ様は大きなため息を吐いた。呆れられているような気がしないでもない。
「今日はもう遅いし、とりあえず街まで送る」
「私の実家まで送っていただいて、そのまま滞在してくださっても良いのですよ?」
「君の酔狂につき合わされてる人たちも可哀想だし、いいよ、分かった。皆まとめて君の屋敷まで送る」
声が聞こえないぐらい離れたところから私を見守っていた人々の存在も、ルカ様は分かっていたようだ。さすがはドラゴン。
地面に伏せていたルカ様は起き上がると、黒くて巨大な翼を広げ空へ飛び立った。行きは何週間もかかった道筋が、ほとんど一瞬だった。実際は一時間ぐらいかかっているけれど、私の体感的には一瞬だ。
私はルカ様の手の上に乗せて運んでもらった。他の人達は宙に浮かされて、空を飛んでいるような状態だった。屋敷に到着すると腰が抜けた人多数で、中々に悲惨なことになってしまっていた。
庭に降りたったルカ様を見て、屋敷の外に出てきた私の家族は全員驚いていた。まさか私がルカ様に求婚しに行ったとは思っていないだろうし、ルカ様を連れて帰ってくるとは思っていなかっただろうし、当然の反応だ。
ルカ様の手の上から地面に降ろしてもらった私は、足元が少しふらついて軽くルカ様にぶつかった。ルカ様にとって今のはぶつかった内に入らないらしく、ルカ様はノーリアクションだ。
「こういう時は当主に挨拶するべきか。今人間の姿になる」
そう言ってすぐに光に包まれたルカ様は、黒髪の青年の姿に変化した。ルカ様はドラゴンの姿も恰好良かった。人の姿になっても、その恰好良さは変わらない。
ルカ様は私の両親に近寄ると、恭しく礼をした。
「お嬢さん達は送り届けましたので、僕はこれにて失礼させていただきます」
手早く私の両親に挨拶を終わらせると、ルカ様は踵を返してしまう。私は急いでルカ様を呼び止めた。
「ルカ様! 帰ってしまうのですか!?」
「屋敷に送るとは言ったけど、滞在するとは一言も言ってないから」
それは確かに言っていなかった。
「待ってください! 帰らないでください!」
ルカ様にすがり付いて帰るのを阻止しようとした。何が何でも帰らせるものか。
「あ……」
「え!? ちょっと君!?」
ルカ様の声が遠くに聞こえて、私の目の前は一気に真っ暗になった。
次に私が目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。たぶん倒れてから一晩経って、今は翌日の昼だ。ベッドの横にいる誰かが、私の手を握ってくれていた。
「君すごく病弱なんだって? 君の家族から聞いた」
私の手を握ってくれていたのは、ルカ様だった。ほわほわとどこか暖かい。
「僕あまり回復系の魔法は得意じゃないんだ。でも何もしないよりはましだから」
「ルカ様は優しいですね。私のことなんて放っておいても、ルカ様は困らないのに」
私が倒れている間なら、私に泣きつかれることもなく、平和にここを発てたはずだ。でもルカ様はそれをしなかった。
「困らなくても、寝覚めが悪い。あと元々人間は嫌いじゃないから、僕が気まぐれでやってるだけ」
「急に倒れて驚かせましたよね。昔から体は強くなくて、成人できるかも怪しいと言われていました。体調は最近良かったんですけど、長旅は駄目でしたね」
この体調の悪さは久しぶりだ。怠くて身体に全く力が入らない。無理に起き上がればめまいに襲われるだろう。これだけ体調が悪いと、これからどれだけ寝込んでいればいいのか、私自身にも分からない。
「その病弱ぶりで五百年はやっぱり無理じゃない? 何かの間違いとか?」
「でも確かに余命五百年と言われました」
あれは聞き間違えようがなかった。でも私はこうしてベッドで寝込んでいる。どういうことかと考える私の手を、ルカ様が離した。
「行ってしまうのですか?」
帰らないでほしかった。また何週間もかけて会いに行かないといけなくなる。別の場所に行かれたら、居場所を探すところから始めないといけない。
「心配しなくても、しばらくここにいるよ。僕が帰ったら、君また無理して倒れそうだし」
ルカ様は優しい。食事しに行ったらしいルカ様は、しばらくして私の元に戻って来てくれた。
私が寝込んでから一週間が経った。ルカ様は帰ることなく屋敷に滞在して、毎日私に会いに来てくれる。私の傍らに来て手を握って、苦手だという回復魔法をかけてくれる。
そして今日も会いに来てくれた。
「この一週間考えてみたんだ」
「何をですか?」
倒れた直後に比べれば、体調はだいぶ良くなった。きっとルカ様の回復魔法のおかげだ。上半身ぐらいなら起こせそうだったけれど、ルカ様に起き上がらないで良いと止められた。
「君が五百年の余命を得る理由。あまり大っぴらには言えないことだけど、君には教えるよ。人間と結ばれたドラゴンは、その人間に自分の力の一部を分け与える。その力の一部の中に寿命も含まれるんだ」
もしも私の希望通りにルカ様と結ばれたなら、私はルカ様から力をもらうことになる。今私が病弱なのは変わっていなくて、決して外れない予言は余命五百年といっている。原因と結果が何だかおかしい? だんだん頭の中が混乱してきた。
「あれ? でも……え?」
「今となっては確かめようも無いし、たぶんでしかないけど、君が僕に会いに来なかったとしても、君と僕はゆくゆくどこかで出会って恋に落ちる運命だったんだ。僕と結ばれるから、君は五百年の余命を得るはずだった。僕以外の他のドラゴンの可能性も無くはない。でも君の行動範囲を考えると、出会うのはやっぱり僕だったんだよ」
そうか、出会うべくして、私はルカ様に出会ったのか。
「ならば私がルカ様に会いに行ったことで、出会いをショートカット出来て良かったと考えましょう」
「なにそのポジティブ」
ルカ様が小さく笑う。
「それが取り柄ですので」
「そのポジティブさ嫌いじゃない」
ルカ様が私の手を取った。
ルカ様に手を握られると、ふわふわして幸せな気持ちになる。握った手を離さないでいて欲しい。ドラゴンとか寿命とかそういうのがどうでも良くて、ルカ様のことが好きだと思えた。
「私はもうルカ様に恋に落ちています」
「まだ一週間でさすがに早くない? でも君には何となく世話を焼きたくなっちゃうし、僕が君に恋するのもきっと時間の問題だ」
ルカ様の手に力がこもる。
「早く元気になって、君のこともっとたくさん教えて」
ルカ様が私を見る目はとても優しい。
「はい。ルカ様のことも教えてくださいね」
「今はただゆっくりお休み」
私は目を閉じる。ルカ様とつないだ手は暖かい。
ルカ様に出会えて本当に……良かった……。