5話 乗合馬車
「お、いっぱい馬車がいる! もしかしてあれが乗り場?」
二人で色々と話をしていると、それらしき場所が見えて来た。
大きな馬が何匹もいて、幌に繋がれている。
旅行鞄のような荷物を持った家族連れや、警備員(?)らしき剣を持った人もいて、とても賑やかだ。
「そうよ。あの一番大きい馬車がアタシ達の乗る馬車」
馬車に乗るのは初めてだからワクワクする。
現代の日本において馬を見る機会なんて、競馬を見る時と馬刺しを食べる時くらいだからね。
僕達はスタッフさんにお金を払い、馬車に乗り込む。
すると中には、老夫婦とギャルっぽい女の子が既に座っていた。
「よろしくお願いしまーす」
先客に挨拶をする僕。
これから一週間も一緒に過ごすのだ。変な人じゃなきゃいいな。
そんな僕の挨拶に対して三人は頷きながらこう返答した。
「うむ」
「精進せぇよ」
「へーい」
…………………………。
それぞれおじいさん、おばあさん、ギャルのセリフだ。
いや精進せぇよってなんだよ。
僕は挨拶をしたんだぞ?
決して仙人かなにかしらの達人に会いに来たのではない。
この老夫婦、さては二人共コミュ障だな?
そしてギャルっぽい女の子もコミュニケーションを完全に放棄している。
へーいって……このギャルの前世はヘイガニか?
「ほら、アオ。アンタが早く座ってくれないとアタシが座れないじゃん」
しかしそんなやり取りもリルリアは特に気に留めていない。
挨拶なんていいから早く座れてと僕に促してくる。
うぅ、こんな連中と一週間も過ごせるのか、僕は?
~~~~~~
馬車が出発して一時間が経過。
幌の中から見える景色は、とっくになんにもない平野に変り果てた。
あまりにも代わり映えのしない景色だから、外を眺めているのにも飽き飽きしてきた所だ。
あぁ暇だなぁ。
そう思っていると、御者が突然大声を上げた。
「魔物の群れだ! 魔物の群れが来たぞ!!」
その言葉に狼狽える僕と老夫婦。
「ちょっと、大丈夫なのこれ?」
「大丈夫よ。こういった馬車には護衛として冒険者が乗っているから」
冒険者?
へぇ、この世界には冒険者なんていうゲームみたいな職業があるのか。
僕は冒険したくないからそんな職には絶対につきたくないな。
「げっ、マジ? まさかあーしの出番がホントにやってくるなんてー!」
そう言って立ち上がるのはギャル。
まさか冒険者って君のこと?
「しゃーねぇ、ちょっと行ってくっから皆ここでじっとしてなよ?」
そう言ってギャルは外に飛び出して行った。
武器とか何も持っていなかったけど、大丈夫なのかな?
「うむ」
「精進せぇよ」
老夫婦二人も心配そうに出て行ったギャルを見つめている。
……ていうか二人共それしか喋れないの?
「アオも行って来れば? なんだかんだ強いんでしょ?」
「いや、なんだかんだ弱いよ」
一体どんな魔物がいるのかは知らないが、僕に倒せるような魔物なんてこの世には存在しないだろう。
最弱と名高いスライムですら、僕の力では倒せないかも。
「リルリアだって魔法使えるんでしょ? 行っておいでよ」
「はぁ? アタシが魔物退治なんてそんな野蛮な真似出来るハズないじゃない! アタシは温室生まれの温室育ちで箱入り娘なんだから!」
箱入り娘にしちゃ、僕達が出会った場所は薄暗い牢屋だったよね。……もしや箱って牢屋の事?
そうして二人で話していると、馬車にギャルが戻って来た。
「ふぅ、雑魚しかいなくて良かったぁ。御者のおっさん、もう大丈夫だよ」
えらい早かったな。
出て行ってからまだ数分しか経っていないんじゃないか?
見た目からは想像も出来ないほどこのギャルが強いのか。それとも言うほど魔物は強くないのか。
まぁどちらにせよ、馬車での安全は確からしい。
このギャルがいれば、魔物に襲われて全滅という事態にはならないだろう。
僕は絶対に死なないし傷も負わないが、自分以外が全員死亡となったらかなり心が痛むからね。
もう魔物が出てきませんように!
~~~~~~~
馬車が出発して三時間が経った。
さっきから十分おきくらいに魔物の群れに襲われているせいで、馬車は全く前に進んでいない。
「こんなに魔物に遭遇するものなの? ちょっと頻度が異常じゃない?」
あまりにも魔物の群れにかち合うから、ギャルはさっきから幌の中にも戻ってこない。
馬車に並走しながら、そのまま魔物を殺しまわっていた。
ギャルつえー!
「普通は、もうちょっと安全……かも?」
「かもってなんだよ」
しかしやはりこれは異常事態だったようだ。
そうだよね、こんなに魔物に出会うなら街の外なんて誰も出歩けない。
「実は~、ご主人様にだけ教えて起きたい情報があるんだけど……」
リルリアはそう言って俺の耳に内緒話をするように口を近付ける。
いきなりご主人様呼びして下手に出るとか、嫌な予感しかしない。
「アタシってすっごい運が悪いのよね」
運?
しかし思ったよりもどうでも良さそうな話で、僕はホッと胸をなでおろす。
「運なんて、僕も悪いよ?」
なにせ電車に乗って通学していたらいつの間にか死んだのだ。
これほど不運な事もあるまい。
「いやアタシのは特にヤバいっていうか……半端ないっていうか」
「ちなみにどれくらい?」
どうにも煮え切らない態度のリルリアに、僕は具体的な不運トークを求める。
「アタシの生まれた日は国にドラゴンが襲来したし、外を出歩いて誘拐されたことは十回以上。道を歩けば道路が陥没するし、猫が好きなのに猫アレルギー」
僕は想像以上だったリルリアの不運ぶりに言葉を失くす。
二桁回も誘拐されるって、それもうどうなってんの!?
衛兵さんとかも、あ、またあの子か……みたいな空気になってるんじゃない?
「実はあの牢屋に居たのも、アタシの不運に周囲の人を巻き込まないようにするために自分から入っていたの」
なるほど、それで自分から檻の外に出られたのか。
「アオに付いてきたのもね? 勇者のアンタならアタシの不運をどうにかできるかもって思ったからで――」
オーマイガー。そんな理由で僕に付いて来ていたのかこいつ。
僕にどうにかできる訳がないだろう。
まずそもそも僕は勇者じゃないし、不運なんて僕の専門外だ。……いや専門分野なんて持ってないけど。
「リルリア」
僕はにっこりとリルリアにほほ笑み、告げる。
「お帰りはあちらだ」
幌の外を指差し、暗に歩いて帰れと言い放つ。
「ちょっと! なにアッサリとアタシを見限ろうとしてるのよ! 約束したじゃない! この薄情者!!」
確かに一緒に行動すると約束はしたが、重大な情報を意図的に隠していたのだ。
充分、契約の無効を勝ち取れる材料は揃っている。
「ほら、こんな美少女がメイドさんなのよ? 男としてアオも鼻が高いでしょ!」
確かにリルリアは美少女だが、運が悪すぎるという最悪の属性を持った地雷キャラでもあるのだ。
世の中には美少女は山のようにいる。
なにもリルリアに拘る必要は無い。
「そんなぁ。もう頼れるのはアオしかいないのよぉ~。それにアタシ一人じゃ、ここから生きて帰れない~!」
そう言って俺の腕に縋るリルリア。
傍から見ていると痴話喧嘩にしか見えない。
老夫婦も僕達を見てうんうんと笑顔で頷いている。
「うむうむ」
「精進せぇよ」
だから精進はしないって。
そんなやり取りをしていると、御者さんが再び大声を上げた。
「ドラゴンだぁー!! ドラゴンが出たぞーー!!!」