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真夜中の林

 その夜。布団に寝転がっていた透は、スマートフォンの時間を確認する。

 午前二時。


 起き上がると、珠緒に気づかれないように忍び足で猫屋敷を出た。

 境内へと歩を進める。


『それにわたしは色々あって、仲間の妖怪にも嫌われているのよ。協力してくれるやつもいたけどね』


 珠緒には、味方の妖怪が何体かいるということだ。

 透は珠緒の力になりたい。昼間みたいに、自分のせいで珠緒を辛い目に遭わせたくないのだ。

 珠緒の味方である妖怪に、戦う方法を教えてもらえないだろうか。

 猫神様は本殿にいる。そのため神社に行けば、猫神様に会いにきた妖怪がいるかもしれない。


 林を抜けると、境内に人影があることに気づく。

 近づくごとに、それは透にとって馴染み深い人物であることが分かった。


 そう。

 ――その場にいるはずのない、綾部弥生だった。


「な、何でここに!?」

 狼狽える透の姿を見て、弥生は唇を歪めた。

「どうしてだと思う?」

 上目づかいで透を見て、可愛らしく小首を傾げる。

 後ろで適当に結んだ黒髪。パッチリと開いた瞳。膝上の学校指定のスカート。

 間違いなく、綾部弥生だった。

 だが。


「……綾部じゃないだろ?」

 透は目を細め、弥生を睨んだ。

「どういうこと?」

「綾部はそんな表情をしない」

 はっきりと言い放った透に、弥生――ではない人物が驚いたように目を丸くした。


「ふぅん。流石に一回遠目で見ただけの人に化けるのは難しいな」

 そして、弥生ではなく、彼女に化けていた妖怪が変化した。


 透が瞬きしたときには、弥生の姿は消えていた。

 そして今目の前にいるのは。

 ひょっとこのお面を被った、着物姿の少女だった。


「……妖怪だよな?」

「ああ、そうだ。私は化けるのが得意でな。今は人間の子どもの姿をしている」

 少女の妖怪は、その場でくるりと回った。

「わたしはある動物の成れ果てだ。何か分かるか?」

「狐?」

 すると、少女の妖怪は頭に丸い耳を生やした。

「狸か!」


「そうだ。私の名前は『さわ』。夜にこんなところにいたら危ないぞ。何をしていたんだ?」

「その前に、何で綾部の姿をしていたんだ?」

「ああ、前にお前と二人で神社に来ていただろう? あのとき視認したからな。視認したら何にでも化けることが出来る。今のはほんの悪戯だ。最近は人が全く来ないからな、暇でしょうがないんだ」

 言い終えると、さわは透をちらりと見る。透は口を開いた。


「……俺に、戦い方を教えて欲しいんだ。珠緒の力になりたくて」

「ほう、そういうことか。なんで私が珠緒の味方だと思った?」

「悪い妖怪に見えなかったから……」

「はは、適当だな! まあ、察しの通り、私は珠緒の味方だ。だが」


 さわの顔が、透の眼前に迫る。

「敵だったら、お前なんか喰われていたぞ」

「――ッ」

 シュールだったひょっとこのお面に、言いようのない恐怖を感じる。透は思わず息を呑んだ。


「まあ、お前は幸運だな。この私に出会えたんだからな」

 さわは透の前から退くと、木の幹にもたれかかった。

「珠緒の出自は知っているか?」

「……いや」


「人間が生まれ変わり、妖怪になったのが猫屋敷珠緒だ」

「タマは人間だったのか!?」

「ああ。お前、何にも知らされてないんだな。神様と妖怪の関係性については分かっているか?」

「正直あんまり……、妖怪は神様に仕えるもんだと」

 さわは首を横に振った。

「神様は人間でも妖怪からでも、信仰心さえあれば神力を蓄えることができる。そして、神様は信仰してくれたお礼として、神力を使って厄や災害を除ける。他にも、神力――つまり強い妖力を分け与えてあげる」

「ちゃんと需要と供給が成り立っているんだな……」

「だから妖怪は神様に仕えなくてもよいが、仕えた方が良いことがあるから仕えるんだ」

「猫神様に仕えているんだよな」

「ああ。だが、妖力をもっと効率よく手に入れられる方法があるんだ。してはいけな方法だけどな。何か分かるか?」

 タブーな方法。妖力は神様から分け与えられた神力。


「……神様から、神力を奪う?」

「そうだ。普通は妖怪が神様に敵うことなどない。だが、信仰心を失った神様は別だ」

「そんなことあるのか……」

 確かに効率的な方法ではある。


「私たちは、そんな妖怪から、猫神様を守っているんだ。お前も神社に来て分かっただろう? ほんの二十年前には栄えていたここも、今では人っ子一人来ない。猫神様は、全盛期からほとんどの神力を失っている」


 雑草の生えた地面。苔だらけの手水舎。錆びた鐘。腐った木材。この神社は廃れていた。

 その状態だったのに、なぜ。


「タマを人間から妖怪に転生させたのは、猫神様なんだよな? 何で、神力が少ないのに、そこまで?」

「それは私も分からない。珠緒を転生させたせいで、猫神様は多くの神力を使ってしまった。今は本殿にこもりきりだ。猫神様を信仰している妖怪たちは、珠緒を恨んでいる。だが、私は」


 風が吹いた。冷たい風は夏の夜に心地よい。

「猫神様が、『良いお方』だと分かっているから。きっと、理由があるんだろうと思っている。だから私は珠緒の味方をしているんだ」


 さわのお面の下は分からないが、きっと柔和な表情をしているのだろう。

「お前が来てからは猫屋敷に近づかなかったんだ。何者かよく分からないからな。で、お前はアマミヤだったか?」

「ああ、雨宮透だ」

「アマミヤ、次はお前が話してくれ。ここに来るに至るまで」

「分かった。始まりは、タマを追いかけてこの神社に来てからで――」



 透はさわに全てを話した。

 さわは時節うんうんと頷きながら、真剣に聞いてくれた。話しながら透は、さわの姿も相まってまるで人間と話しているみたいだと感じていた。


 透の話を聞き終わったさわは言った。

「要するに、アマミヤは珠緒のことが好きなんだな」

「はっ!?」

 透は顔を赤くする。

「違う、そういう意味じゃない! タマは……」

 言い訳しようとして、言葉に詰まった。珠緒は透にとって大切な存在である。力になりたいし、珠緒の悲しい顔は見たくない。その大切とは、恋愛的な意味なのだろうか。


「ははははっ、やっぱり人間は面白い!」

 さわが笑い声を立てる。少女の姿に似合わぬ豪快な笑い方だった。

「違うんだぞ、本当に!」

「まぁ、それはともかく。他ならぬ珠緒の為だ。アマミヤに協力してやる。と言っても、私には人を化かすことしか出来ないけどな。こんな私でも良いのか?」

 透は大きく頷いた。

「妖怪に関わるということは、場合によっては命の危険もあるぞ。それでも構わないのか?」

「ああ」

「じゃあ、教えてやろう。私が唯一持つ、幻術を」


 #


 さわは「場所を変えよう」と透を林の奥へ案内した。

 そこは、以前珠緒に結界を教えてもらった場所だった。

 月明かりが差し込む、夜の林。そんな幻想的な場所に立つ妖怪。これは本当に現実だろうかと疑いたくなる程美しい光景だった。だがその分、さわのひょっとこのお面が、少女の姿に合わなくておかしくは感じるが。


 さわは空を見上げて呟いた。

「綺麗だろう」

「ああ、綺麗だ」

「ずっとこの夜空は変わらない。昔と比べて星の数が少なくとも、見る者を魅了する」

 静かな林に響いたさわの声音は、何処か寂しく聞こえた。

 二人は暫く夜空を見上げていた。


 睡魔に誘われて透が目を瞑ったとき。

「そろそろ、教えてやろうか」

 透を起こすように、さわが声をかけた。

 透は目を開くと、さわに向き直る。


「私は狸が死んで妖怪になったから、化ける力がある。化けるのは狸や狐にしか出来ないが、『そう見せる』ことは誰にでも可能なんだ。ようは、それが幻術ってことだ。私は勿論、幻術も大の得意だ。まぁ、『化ける』のも幻術みたいなもんだがな。幻術は、己が持つ妖力を使う」

「妖力? それって、妖怪か神様しか持っていないんじゃ……」


 するとさわは、透の額に手をかざした。

「な、何だ!?」

「一部の妖怪は手をかざすことによってその者の妖力を測ることができるんだ」

「そうなのか……」

「生き物は何でも、微力ながらに妖力を持っている。……アマミヤは人間にしては妖力が多いようだな」

 暫くして、さわは手を下ろした。

「珠緒とアマミヤは、ケンダイと戦うんだな。アマミヤの妖力では子供だましの幻術だ。すぐに見破られる。だから、私の妖力が必要なんだが、何か物はないか? 物にわたしの妖力を少し移したいんだが」

「媒介にする物か……」

 特にこれといった物を持ってきていない。

 悩む透を見かねたかのように、さわが口を開く。

「なんなら、この面にするか?」

 そして、自身の面に手を伸ばした。

「え!?」 

 透は焦る。わざわざ付けているのだから、大事な物ではないのか。

 そしてさわは、面を外した。

 面の下には――。


 もう一つ、ひょっとこの面があった。


「マトリョーシカかよ!」

 静寂に包まれた林に、透のツッコミが冴え渡った。

「ははははっ」

 さわが笑い声をあげる。

「大事なのはこっちの面だ。今外した面は、後から買ったやつだから大丈夫だ」

「そうだったのか……。焦ったー……」

 ため息を吐いた透を見て、さわが怪訝な表情を浮かべる。

「何で焦るんだ? 面の下の顔が気にならないのか?」

「いや、化けている状態なのにわざわざ付けているから、思い出の品とかかなって」

「変なところに気遣うんだな。まぁ、この面で良いか」

 さわは外したお面を両手に持つ。

 すると、さわの手から淡い光が発し、お面を包み込んだ。


「よし、これで妖力を使えるぞ」

 さわがお面を透の顔に括りつける。

「ありがとう。……って何で顔?」

「おそろいだろう?」

「なんだよ、それ」

 顔が見えなくても、彼女が楽しそうにしていることが分かった。透も思わずつられて笑ってしまう。

 前が見えないのは困る。透はお面をずらした。

「よし、まずは私の力を見せてやろう」


 瞬間。

「うわっ!?」

 透の視界に広がったのは、「祭り」だった。

 焼き鳥、うどん、飴細工……。色とりどりの屋台が並び、着物を着た人々が楽しげに笑っている。太鼓の音が聞こえてくる。目の前を踊る人々。

 透はしばらく、その場から動くことができなかった。

 だが。


「!」

 喧騒が消えた。目の前には、ひょっとこの面をかぶったさわの姿。あれほど騒がしかった祭囃子の音はもう聞こえない。

「これが幻術だ」

「すごいな……」

 開いた口が塞がらない。


「相手に見せたいものを想像するんだ。例えば珠緒にキャットフードを見せたいのなら、珠緒の視線の先にキャットフードを想像する。まぁ、実践した方が良いな。私の前に、珠緒を出してみろ」

「タマを?」

「ああ」

 透は、さわの前に立つ珠緒を想像する。

 制服姿の珠緒。巫女服姿の珠緒。そして……。


「うわああああっ!」

 ぶんぶん首を振る。変な珠緒を想像してしまったのだ。

「初めにタマなんて無理だ……、ん? どうした、さわ?」

 さわは微動だにしない。よく見ると、耳がゆでだこの如く赤くなっている。

「……アマミヤ」

 低い声をさわは出した。

 突然のさわの変わりように、透は驚きながらも次の言葉を待つ。


「アマミヤ、おま、珠緒の裸見たのかっ!?」

「すみません一回見ちゃいました!」

 透が最後に浮かべてしまったのは、珠緒の裸体だったのだ。

 あの光景は写真のように、透の心に焼き付いていた。


「……今日はもう終わろう。アマミヤももう寝ないといけない」

「今日はありがとう」

「明日もこの時間に来い。幻術を教えてやる」

 透は帰ろうとするが。

「待て、アマミヤ。私が送っていってやる」

 さわがついて来た。

「いいのか?」

「こんな夜中に人間を一人歩かせるなんてできないだろう。これからは林に入ったら道が分かるよう術を施しておこう」

「ありがとう。さわは優しいな」

「や、優しくなどない!」

 さわはぷいっとそっぽを向いた。

 はじめは不安だったが、こんなにも良くしてくれる妖怪がいた。

 帰り道は暗いけれど、晴れやかな気分だった。

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